そんなのは建前で






サトシたちは近くの広場にいた。
サトシとシンジが2人で昼食を食べた広場である。
何故ここにいるのかというと、ポケモンセンターの裏手のバトルフィールドは工事中だからである。
地面は避け、凍りついているフィールドをそのままにはできず、フィールド修理業者を呼んだのだ。
バトルに誘った自分たちが払うと言ってきかないシンジ、カスミの2人と、大切なことに気づかせてくれたお礼として譲らないイッシュ組。ここは間を取って自分が、と、どこの間を取ったのかわからないサトシでひと悶着あったのだが、仲介に入ったジョーイにより全員で割り勘することになった。
閑話休題。


「シンジ、疲れてないか?」
「大丈夫だ」


サトシに手をひかれ、シンジが木陰に座る。
サトシもシンジのすぐ横に腰を下ろした。


「痛みを感じることもなくなったし、もうすぐ包帯も取れる。何もそこまで心配することはない」
「うん。それでもやっぱり心配なんだよ」


サトシがシンジの紫陽花色の髪をそっとなでる。
するりと横髪をなで、そのまま頬に滑らせる。


「早く安心させてくれよ・・・」


出来るだけ衝撃を与えないように優しく額を合わせる。
焦点が合わないような距離の近さに、シンジが思わず後ずさった。
それにサトシは不満げに唇を尖らせたが、シンジは気にせずに言った。


「怪我のことは私も無茶をしたと思っている。そのことでお前に心配をかけたことも悪いと思っているんだ。でも、仕方ないだろう?思い出してしまったんだから・・・」


シンジはそう言ってわずかに目を伏せた。
思い出したのはきっとかつての自分のことだ。


「それに、」
「それに?」
「体が勝手に動いたとか、そんな理由で危険の中に飛び込んでいくお前に、私をとがめる筋合いはないはずだ」
「う゛・・・」


そう言われてしまえば、サトシは何も言えなくなる。身に覚えがありすぎて、数えきれるものではない。


「お前はいいのに私はだめだなんて、そんなこと言わせないからな?」
「・・・わかったよ。自重します。だから、シンジも無茶はしないでくれよ?」
「善処する」
「・・・おう」


不満を隠そうともせずにサトシはシンジを抱きしめ、その細い肩に顔を埋めた。


「見せつけてくれちゃって」


2人の仲睦まじい様子を見ていたカスミが苦笑しながら肩をすくめた。
サトシとシンジをきょとんとした様子で見ていたり、驚いたような表情でイッシュのトレーナーたちが見つめる。
カスミの隣でカスミに抱かれるルリリをなでていたベルがそっとカスミを見やった。


「ねぇねぇカスミちゃん。もしかしてあの2人って・・・」
「あなたの予想通りよ」
「やっぱり!」


ベルがぱっと頬を赤らめ嬉しそうに破顔する。
そして立ち上がり、今にも飛び跳ねんばかりの笑顔をサトシとシンジに向けた。


「私、サトシくんとシンジってすっごくお似合いだと思う!」
「ホントか!?」
「うん!2人ともお互いが大好きってすっごく伝わってきてすっごく幸せそう!なんだかこっちまで嬉しくなっちゃうの!」
「ありがとう、ベル!」


サトシが顔をあげ、目を輝かせる。
それに負けない輝きで、ベルが大きくうなずく。
するとサトシはシンジに満面の笑みを向けた。


「認められるって嬉しいな、シンジ!」
「ああ。あの女はあまり肯定的ではなかったものな」


シンジの言うあの女とは、シンオウでサトシとともに旅をした少女・ヒカリのことである。
ヒカリはシンジとライバル関係にあることには肯定的だったが、シンジに心ひかれるサトシにはあまりいい顔をしなかった。
こういうこともあって、2人は婚約関係にあることを公にはしていなかった。
そのため2人の関係を知る者は少ない。
今現在2人の関係を知っているのはハナコにオーキド、ケンジにレイジ、タケシにカスミ、シゲルの7人だけだ。


「2人は恋人同士ってわけか!」
「さ、サトシって意外と大人だったのね・・・」


ケニヤンは嬉しそうに、アイリスは呆然とした面持ちで言った。
恋人同士というのはあながち間違ってはいない。
2人は今、結婚を前提とした恋人関係にある。
わざわざそれを訂正するつもりはないが。


「彼女がいるなんてうらやましいなぁ、このこの!」
「からかうなよ」


コテツが少し離れた位置から軽いジャブを繰り出す。
それにサトシが苦笑した。


「それより、このことは言いふらすなよ」
「どうして?」
「どうしてって・・・」


シンジの言葉にベルがたずねた。
ベルに言葉を反芻して、シンジが口ごもる。
どうしてって、サトシはモテるんだぞ。サトシに好意を寄せる女たちに知られてしまえば、きっと自分たちの邪魔をしてくるだろう。
万が一、万が一にもサトシにそんな女たちの存在を知られてしまえば、サトシが関心を持ってしまうかもしれない。そんなことになったら耐えられない。
そんな心情を吐露できるわけもなく、シンジはそれきり押し黙った。


「うん、わかった!内緒にしておくね!」


どうやら恥じらっているものだと勘違いしたらしいベルは大きくうなずく。
周りにいたシューティーたちも微笑ましげな目で了承の意を述べた。
「そうしてくれると助かる」とサトシが言うと、より一層強くうなずかれた。


「まぁ、公表した方が、変な男は寄ってこないんだろうけどな・・・」


熱く燃える炎を瞳の奥に隠しながら呟くサトシの声は、隣にいたシンジにしか聞こえていなかった。

























(ふふ、シンジ顔真っ赤よ。やっぱり恥ずかしかったのね)
(何よ、可愛いとこあるじゃない)
(最初はきつい子かなーって思ってたけど、そんなこともないのね)
(シンジって可愛いのね)
(うるさい!!!)


(そう、シンジは可愛いんだよ。他の子なんか目に入らないくらいに可愛いんだよ!)
((サトシものろけるんだね))
((サトシがのろけるってなんか意外だなぁ・・・))




40/55ページ
スキ