そんなのは建前で






ボールから出されたカイリューとユキメノコは、試合開始の時を今か今かと待ち望んでいる。
ユキメノコは体から冷気を放ちながら涼しい微笑を浮かべ、一方でカイリューは闘志をみなぎらせていた。
ギラギラと好戦的に輝いた目をしている。
これは一方ではなく、両者に言えることだ。

サトシがフィールドの中央ラインに立つと、2匹はより一層その目をぎらつかせた。


「シンジVSアイリス!試合開始!」
「カイリュー!雷パンチ!」


サトシの宣言が終わったと同時に、カイリューが飛び出す。
それに合わせて、アイリスが指示を出す。


「かわして冷凍ビーム!」
「雷パンチを解除してこっちも冷凍ビーム!」


カイリューが雷パンチを解除し、一旦距離を取って冷凍ビームを迎え撃つ。
威力はほぼ互角で、相殺され爆発が起こった。辺り一面が氷で覆われた。


「(なかなかの威力だな・・・)」


レベルだけで言えば、こちらの方が上だ。
しかし、レベルの高いユキメノコと同等の技の威力。
攻撃力が高いのは、それだけでも見て取れる。


「ドラゴンダイブ!」
「かわして冷凍ビーム!」
「かわして!」


カイリューがドラゴンダイブの勢いを使い、冷凍ビームをよける。
的を失った冷凍ビームはされにあたりを凍らせた。


「カイリューが攻撃をかわした!?」


ラングレーが驚きの声を上げる。
デントたちも目を見開き、驚愕している。


「ほう?かわせるようになったのか」
「おかげさまで」


アイリスは不敵に笑った。


「もう一度ドラゴンダイブよ!」
「かわしてシャドーボール!」
「その状態のまま冷凍パンチ!」


カイリューはかわされたドラゴンダイブを解除せずに、その勢いのまま雷パンチでシャドーボールを迎え撃つ。
シャドーボールを砕き、そのまま地面をたたき割った。
その砕けた地面がユキメノコにぶつかり、ユキメノコがよろける。
しかし大したダメージにはならなかったのか、頭を振り、体制を整えた。


「やった!」
「すごい!シンジのポケモンに一撃入れちゃった!!」


アイリスが喜びの声を上げる。
攻撃が当たったことに、カイリューも驚いている。
そんな2人を祝福するようにベルが歓声を上げた。


「カイリュー!冷凍ビームで身動きを止めるのよ!」
「冷凍ビームで相殺しろ!」


冷凍ビームがぶつかり合い、爆発が起きる。
爆発で飛散した冷気が地面を凍らせ、またつららを作り出した。


「今よ、雷パンチ!」
「メノォ!!」


爆発の煙に乗じて冷凍パンチを繰り出した。
煙で視界の悪かったユキメノコは腹部にパンチを受け、吹き飛ばされた。


「すごい、アイリスちゃん!このままシンジに勝っちゃうんじゃないの!?」
「ありえるかもしれないね。カイリューは攻撃力がある。今の一撃でかなりのダメージを負ったはずだよ」
「それはどうかしらね」


ベルの興奮気味な声にデントが賛同する。
けれどもカスミは楽しげに首をかしげて見せた。
そしてフィールドを見つける彼女の視線を目で追うと、そこには頭を軽く振って体勢を立て直すユキメノコがいた。
とてもダメージを負っているようには見えず、コテツたちは目を見開いた。
アイリスもカイリューも、そのことに衝撃を受けていた。


「そろそろ行くぞ、ユキメノコ」
「メノォ!!」


シンジの言葉にユキメノコが大きくうなずく。
何かを仕掛けようとするシンジに、アイリスの顔がこわばった。


「ユキメノコ、吹雪だ!」
「メッノォ!!」
「カイリュー、避けて!!」


ユキメノコが降らせたユキがフィールドを覆う。
けれどもそれはカイリューがよけるまでもないことが分かった。
どうやら、それはカイリューを攻撃するためのものではないらしい。


「(どういうこと・・・!?カイリューの視界を奪うことが目的・・・!?)」


吹雪の勢いが激しい。これではユキメノコもカイリューが見えないのではないだろうか。


「!?」


吹雪からユキメノコに焦点を移そうとして、ユキメノコが消えていることに気づいた。
カイリューもユキメノコを見失ったらしく、きょろきょろとあたりを見回している。


「(ユキメノコはどこ・・・!?)」


吹雪の中、目を凝らす。
そして、アイリスの野生が影をとらえた。


「カイリュー!右斜め前よ!雷パンチ!」
「バウウ!」


カイリューが雷パンチを繰り出す。
確かな手ごたえにカイリューの口元がゆるむ。
しかし、次の瞬間、驚愕に目が見開かれた。

――バキン!

カイリューが殴りつけたものはつららだった。


「つらら・・・!?」


驚いて、それからまた賢明にユキメノコを探す。


「!!今度は左よ!」


カイリューの左側に一瞬かすめた影にアイリスが指示を出す。
しかし殴りつけたのはやはりつららだった。
よく見ると、フィールド全体にかすかな影が見える。


「本物のユキメノコはどこ・・・!?」


アイリスもカイリューもどれがつららで、どれがユキメノコかわからない。


「そうか!シンジはこれを待っていたんだ!」
「え?」
「フィールドにつららが出来るのを待ってたのよ!雪隠れの特性を生かすために!」


ラングレーが興奮気味に言った。
ラングレーの言葉を受けてシューティーははっとした。


「雪隠れ・・・。そうか、雪隠れだ!吹雪で疑似的なあられ状態を作り出して、特性を発動させ、更につららで自分の位置をかく乱させたんだ!」
「あの子、特性を使うのがうまいわね・・・」
「でも、何が1番うまいのかっていうと、それを悟らせずにこの展開に持ち込んだことだよな」


ラングレーやシューティーに続いて、カベルネやケニヤンも称賛の声を上げる。
こんな展開になるなんてだれも予想していなかった。
一時はアイリスの勝利すら確信していたのだ。それが特性を使うというだけで、こうも追い込まれてしまうとは。


「これじゃどこにユキメノコがいるのかわからない・・・!!」


アイリスに焦りが生じる。
アイリスの焦りがカイリューにも伝わったのか、その顔はせわしなくあたりをも回すのに使われている。


「こうなったら手あたりしだいに攻撃をしてユキメノコをあぶり出すのよ!カイリュー、火炎放射!」
「冷凍ビームでとどめだ!」


吹雪の中、突然現れたユキメノコにカイリューは驚きに目を見開く。
そしてアイリスの指示通り、火炎放射を放とうとしたが、その前に冷凍ビームが放たれる。
まともに技を食らったカイリューは吹き飛ばされ、効果抜群な技を受けたこともあり、そのまま地面に倒れ、目を回した。


「カイリュー!」
「カイリュー戦闘不能!よって、勝者シンジ!」


吹雪が収まり、カイリューが倒れている姿を見たアイリスは、慌ててカイリューに駆け寄った。
サトシの宣言にしばし呆然としながらも、カイリューのそばに膝をつき、カイリューの体をなで、目を伏せた。


「カイリュー・・・お疲れ様・・・」


カイリューをボールにしまい、アイリスは立ち上がる。
アイリスがユキメノコをねぎらうシンジに近寄った。


「ありがとう、シンジ。あなたを馬鹿にしたような態度をとっていた私のバトルを受けてくれて・・・」
「構わん。私もカイリューとはまともなバトルがしてみたかったしな」


そう言ってユキメノコをボールにしまう。
シンジの言葉に、アイリスは眉を下げた。


「・・・まともなバトル、出来たかなぁ・・・」
「最初よりはましだ。だがまだまだ甘い。パワーはあるがスピードが足りない。そして攻撃が大振りすぎる。当たれば大きいが当たらなければ意味がない」
「そっか・・・。ありがとう、シンジ。もっともっと修業して、今までよりずっと強くなって見せるわ!」
「その意気だぜ、アイリス!」
「うん!」


シンジのアドバイスにアイリスの顔に笑みが浮かぶ。
そして意気込みを語ると、サトシも嬉しそうに笑った。


「それから、カスミ。今よりももっと強くなってあなたのドラゴンタイプに認めてもらって、絶対バトルしてもらうんだから!」
「楽しみにしてるわ」


アイリスの言葉にカスミがうなずく。
そして、アイリスが肩に乗るキバゴを見つめた。


「その時はキバゴ。あなたでバトルするわよ」
「キバッ!?」
「あなたは確かに強くなった。でも、まだまだ経験不足。私があなたを甘やかしてきた結果だわ。でもね、キバゴ。あなたは決して弱くない。これからもっとたくさんバトルして経験を積んで、今よりもっと強くなろうね!」
「キバキバ!」


いきなりバトルに出すと言われ、驚いたものの、キバゴはすぐに嬉しそうにうなずいた。
そんな2人の様子を見て、ラングレーは嬉しそうに笑った。


「そう言えば、カイリュー、ちゃんと技をよけるようになったね!」
「どうやったんだい?」
「うん。シンジに言われたようにカイリューに説明したの」


ベルとデントの質問にアイリスが頬をかく。
少し迷ったのち、アイリスはゆっくりと話し始めた。

アイリスは技をよけることの必要性を説いたという。
何故技をよけるのか。それは次の技を出すために必要な“間”を作るため。
技を受けてから攻撃するのではどうしても後手に回ることになる。
カウンターが決まればいいが、先手を打たれれば負ける。
確実に技を当てていくためには、時には避けることも必要だと、そう説明したのだ。


「私・・・キバゴのことも、カイリューのことも、何もわかってなかったんだな・・・」
「それがわかっただけでも進歩よ」


アイリスの呟きにラングレーが肩をたたいた。


「今までのあんたなら、きっとポケモンたちの言葉に耳を傾けなっただろうし、一方的に自分の考えを押し付けるだけだったと思う。でもあんたはポケモンたちとちゃんと話しあったんでしょ?それでわかったはず。ちゃんとポケモンたちと向き合えば分かりあえるってこと。あんたは今までできなかったことが出来た。ちょっとは成長できたんじゃない?」
「そうかな・・・?」
「ま、まだまだアイリスの子供であることに変わりはないけどね~」
「ちょっと、ラングレー!?」


ポケモンと話し合って分かりあうのはトレーナーとポケモンの関係において当たり前のこと。
けれどもそれはとても難しい。
人と人でも難しいことをトレーナーとポケモンで行うのは、さらに困難だ。
だからこそ常に分かり合おうとする気概が大切なのだ。
そしてアイリスは、その大切さを改めて知った。
とてもとても小さな一歩だけれども、アイリスは確実に前に進むことが出来た。


「(人間の本質はそう簡単には変わらないし変えられない。でも、ちょっとずつでいいから、いい方向に変わって言ってくれるといいな)」


アイリスとラングレーのじゃれ合いを見ながらカスミが目を細めた。
アイリスはまだ子供。”アイリス”の子供だ。
まだまだ蕾なのである。
けれども、美しい”アイリス”の花が咲き誇るのは、そう遠くない未来のことなのかもしれない。




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