そんなのは建前で
勝負が決した後も、ジョーイは呆然としていた。
負けたことにショックを受けたというわけではない。いい小説を読んだ後のような、夢見心地が続いているのだ。
ラングレーたちの歓声が、どこか遠く感じる。
「ラッキ~・・・」
「!!ラッキー、お疲れ様」
よく頑張ったわね、とねぎらいの意味を込めて頭をなで、ボールに戻した。
「ツタージャ、よく頑張ったな!」
「タジャ!」
「ドンカラス、よくやった」
「ア゛アー!」
ツタージャとドンカラスが主にほめられ嬉しそうな声を上げる。
しかしドンカラスは嬉しそうに羽根を広げ、それからぺそりと地面に倒れた。
「!?ドンカラス!?」
シンジが慌ててドンカラスに駆け寄る。
ドンカラスは眼を回していた。
ツタージャもペタリと座り込んでいる。
バトルはサトシたちが勝利を収めたものの、双方ともダメージは大きかった。
「・・・よく頑張ったな」
そう言って、シンジが優しくドンカラスの羽毛をなでた。
そんなシンジを、サトシは優しい笑みで見つめていた。
そんな2人に、ジョーイが声をかけた。
「サトシくん、シンジさん」
「!ジョーイさん」
「とても楽しいバトルだったわ」
「いえ、こちらこそ」
「俺たちも楽しかったです!」
「よかったわ。私はそろそろ仕事に戻らないと。ツタージャとドンカラスをお預かりしますね?」
「「よろしくお願いします」」
2人がツタージャとドンカラスをボールに戻し、ジョーイに渡す。
ジョーイは2人からボールを受け取り「またあとで」と言ってポケモンセンターに戻って行った。
「・・・僕の選択はやっぱり間違ってなかったんだ」
「天狗になってた自分が恥ずかしいや・・・」
シューティーやコテツが苦い笑みを浮かべる。
こんなにも身近に、こんなにも強いトレーナーがいるなんて気づきもしなかった。
実力もさることながら、その戦術や戦略も、自分では考えつかないものばかりだった。
相手の実力も測れないで、戦局も読めないで、それなのに自分が人よりも優れていると思いあがっていた。
相手が彼らでよかった。彼らでなかったら、きっと心が折れていただろう。
そんな様子を見て、カスミがこっそりとほほ笑んだ。
そんな中、ラングレーだけが暗い表情をしていた。
「・・・アイリス」
ラングレーが小さくつぶやく。
自分のライバルは、まだ戻ってこない。
彼女は立ち直れなかったのだろうか。それとも反省することすらできなかったのだろうか。
やりきれない思いが、ラングレーの胸を締め付ける。
「(早く戻ってきなさいよ)」
ぱたぱたぱた。
こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえてきた。
その音に、ラングレーが顔を上げた。
「シンジ!」
息を切らせてアイリスがシンジの前へと駆けてくる。
シンジもアイリスを見た。
アイリスの目は先ほどまで宿っていた自分を見下すような色は消え、別の色が宿っている。
サトシと同じ、挑戦者の目だ。
「シンジ。もう一度私とバトルして!」
「・・・また先程のようなバトルをするつもりじゃないだろうな?」
「いいえ、あんなバトルにはしないわ」
アイリスはきっぱりと言った。
「私、気付いたの。私、負けちゃうのが怖かっただけなんだって」
アイリスがうつむく。
シンジは彼女の言葉を無言で待った。
「私たち竜の里の民にとってドラゴンタイプは神に等しい至高の存在。その存在を脅かす氷タイプが、神の敗北が怖くて逃げてただけなの。私はもう逃げない。氷タイプだろうと何だろうと、負けることを恐れずに戦うわ!」
「・・・ふん」
シンジが口角を上げ、ボールを構えた。
それを見て、アイリスの目が輝く。
「絶対勝つわよ、カイリュー!」
「ユキメノコ、バトルスタンバイ!」
今、2度目のバトルの幕が上がった。