そんなのは建前で






アイリスはまだ帰ってこない。
デントたちがたがいに心配そうな顔をして、所在なさげにあたりを見回しているが、この場を離れる気はないらしい。
彼女を見つけられる自信はないというのもあるし、探しに行ってとしても、入れ違いになる可能性だってある。
そして何より、どうやって説得すればいいか、わからないから。
自分の考えで、自分の意思で戻ってこなければ、意味がないと思ったから。
それならばと、皆はフィールドで待つことに決めたらしい。


ふと、聞き慣れない足音が聞こえてくる。
誰だ、とそちらを見て、目を瞬かせた。


「あれ?ジョーイさん?」


最初にその姿を視認したのはデントだった。
自分に気付いたことが分かると、彼女はにっこりと笑った。


「どうしたんですか?」
「シンジさんの容体を見に来たのよ」


ベルの問いかけに笑顔でこたえ、ジョーイはシンジの前にしゃがんだ。


「気分はどう?シンジさん」
「問題ないです」
「よかったわ」


ジョーイがにっこりと天使のような笑みを浮かべた。


「あ、あのっ!ジョーイさん!」
「何かしら?」
「あの・・・痕とか、残りませんよね・・・?」


サトシが心配そうな、不安そうな表情でジョーイを見つめる。
何故彼がこんなことを聞くのだろうか?とジョーイは眼を瞬かせた。
普通本人がきくことではないだろうか。
けれどもその本人は自分と同じように不思議そうな顔をしていて、傷跡が残ることになど頓着していないようだった。
もう一度目を瞬かせてサトシを見つめる。
あまりに真剣なその表情に、ジョーイの頭に、ある一つの考えが浮かぶ。


「(もしかして・・・?そうだったら、素敵ね)」


ジョーイが笑った。


「大丈夫よ。そんなに深いものではないし、傷がいえるのと同時に痕は消えるわ」
「よかった・・・」


いっそ大げさなほど安心したように息を吐く。
そんなサトシに、シンジが何とも言えない表情を向けた。


「別に傷が残るくらいかまわないんだが・・・」
「まーた、そういうこと言って。もっと自分を大事にしろよ」
「そっくりそのままお前に返す」
「か・え・す・な!まったく、シンジは女の子なんだぞ?」
「・・・そんなことはわかっている」


拗ねたような声音でシンジがそっぽを向く。
やれやれと呆れたように肩をすくめ、それからサトシは優しげな瞳でシンジを見つめた。
サトシは気付いていないようだが、ジョーイからは見えるのだ、赤くなったシンジの頬が。
ああ、やっぱり、と自分の予想が的中したことをジョーイは悟った。
胸が暖かくなるような思いで、ジョーイは初々しい2人を微笑ましげに見守った。


「あ、そうだわ。シンジさんも大丈夫そうだし、約束のバトルをしてくれないかしら?」
「あ、そう言えば約束してましたね!」
「いいですよ」


ジョーイの問いに2人がうなずくと、3人の会話に、周りのトレーナーたちが驚いた。


「えっ、ジョーイさんってバトルできるんですか?」
「ええ。これでも、もとはリーグ上位者よ」


茶目っ気たっぷりに答えれば、イッシュ勢は眼を見開いた。
彼らのジョーイへの認識は、ポケモンを治してくれる白衣の天使なのだろう。
けれど、それだけではないことを、サトシたちは知っている。


「サトシくん、シンジさん。タッグバトルでお願いできるかしら?」
「いいですけど・・・ジョーイさんは誰と組んですか?」
「私は1人でバトルするわ。一度、あなたたち2人とのバトルを独り占めしてみたかったの」
「そう、なんですか?」


ええ、と力強くうなずくジョーイに、2人はぱちぱちと目を瞬かせた。


「俺は別にかまいませんけど、」
「私もかまいません」
「よかった。さっそく頼めるかしら?」
「「もちろんです」」
「じゃあ、審判は私がやりますね」


カスミの言葉に、ジョーイはお願いね、と言ってフィールドに入った。


「・・・ジョーイさんがリーグ上位者・・・」
「ジョーイさんってあんまりバトルするイメージないからびっくりしたわ」
「サトシくんたちは驚いてなかったね」
「・・・今までにも、何人かいたってことかな・・・」


シューティーの言葉に、デントたちが沈黙する。
そうして痛感するのだった。
嗚呼、世界は広いな、と。

彼らの知る世界は、まだまだ狭い。

































「シンジは誰で行くつもりなんだ?」
「私はドンカラスで行こうと思っているが、」
「そっか。俺はツタージャで行こうと思ってるんだ」
「こちらの地方の初心者用ポケモンだな。どうやら、お前は初心者用ポケモンに縁があるらしいな」
「みたいだな~」
「ぴかっちゅ」


2人の会話にピカチュウが同意するようにうなずく。
サトシがピカチュウをなでているとジョーイから声がかかった。


「出すポケモンは決まった?」
「はい!」
「決まりました」
「じゃあ、そろそろ始めるわよ~?」


出すポケモンが決まったとわかると、今度はカスミが声をかける。
それに、サトシが笑顔で答えた。


「おう!頼むぜ!」
「じゃあ行くわよ。サトシ・シンジペアVSジョーイさん!試合開始!」


カスミの宣言と同時に、3人はポケモンを放った。


「行くわよ、タブンネ!ラッキー!」
「ツタージャ、君に決めた!」
「ドンカラス、バトルスタンバイ!」


ジョーイのタブンネとラッキーは、いつもポケモンセンターで見かけるような大人しさではなく、その目は好戦的に輝いている。
ツタージャは腕を組み、堂々と構え、ドンカラスは相手がイッシュにトレーナーではなく、その上いつもお世話になっているジョーイであるからか、怒りの感情は見せず、ゆったりと羽ばたいている。


「先手はいただくわ!タブンネ!ドンカラスに向かってシャドーボール!ラッキーはツタージャに向かって卵爆弾!」
「「かわして燕返し!/リーフブレード!」」
「タブンネは突進で迎え撃って!ラッキーはかわして捨て身タックル!」


ジョーイが先手を取る。サトシたちはそれを息の合ったコンビネーションで交わし、次の指示を出す。
ジョーイもリーグ上位者の実力はだてではなく、切り替えが速い。燕返しが必中技であることも考慮した指示を出している。

燕返しと突進が衝突する。
壮絶なせめぎ合いののち、打ち負けたのはタブンネだった。技の反動と衝撃に足元がふらつく。
打ち勝ったのはドンカラスだったが、彼も少なからずダメージを受けた。

ツタージャはリーフブレードが交わされたことでバランスを崩した。
何とか立て直したものの、ラッキーは間近に迫ってきていた。


「つるの鞭でかわすんだ!」


サトシの指示に、ツタージャが地面に鞭を叩きつけ、上へと交わす。
ツタージャがほっと息をつくが、すぐにその表情は硬直した。


「今よ、タブンネ!シャドーボール!」


空中にいるツタージャを狙っての攻撃。
避けなければとツタージャが辺りを見回すが、つるでつかめる距離にものがない。
衝撃に耐えようときつく目をつむった時、まぶたの裏の闇が、更に深まった気がした。
ぶわり、と顔に風が当たる。
唐突な浮遊感に驚いてツタージャが目を開く。


「!?タジャ!?」
「ア゛アー!!」


ツタージャはドンカラスに助けられていた。


「サンキュー、シンジ!ドンカラス!」
「油断するな」
「おう!」


ドンカラスがツタージャが飛び降りれる高さで旋回する。
タイミングを見計らって、ツタージャが飛び降りた。
ツタージャが空中にいる間を狙ってきたタブンネとラッキーを、ドンカラスが風起こしでけん制する。
ツタージャが着地し、風がやんだ瞬間を見計らって、サトシが指示を出した。


「ツタージャ!リーフストーム!」
「卵爆弾にシャドーボールをぶつけて爆発させるのよ!」


ツタージャのリーフストームは爆風で葉が吹き飛ばされてしまった。
爆風によって巻き込まれた土が煙となってもうもうとたちあがる。
ドンカラスが風起こしで吹き飛ばそうとした時、シャドーボールが放たれ、避ける間もなくドンカラスにぶつかった。
それに驚いたツタージャが、正面から来たラッキーに気づかずに往復ビンタの餌食となった。
当たったのは3回だ。


「ツタージャ!大丈夫か!?」
「タジャ!!」
「ドンカラス、まだやれるな?」
「ア゛アー!!」


自らの主人の言葉にそれぞれのポケモンたちがもちろんだと声を上げる。
主人たちはその言葉にうなずいた。


「ツタージャ、リーフストーム!」
「タブンネ!」


ツタージャが木の葉の渦を放つ。
ジョーイがタブンネに声をかけタブンネがうなずくと、リーフストームがタブンネをそれた。
タブンネがうなずいたときに、ツタージャの体がわずかに輝いていたのをシンジは見逃さなかった。


「何っ!?」
「タジャ!?」


タブンネへと向かっていた竜巻がそれたことにサトシたちが驚く。
一番驚いていたのはツタージャだろうが、周りでバトルを観戦していたカスミたちも驚いていた。
そんな中、シンジだけが冷静だった。


「・・・癒しの波導で相手の体力を回復し、威力を上げ、わざと外させたのか」


シンジの確信をもった言葉に、ジョーイがわずかに目を見開く。
けれども、ジョーイの目に焦りはない。むしろ好戦的な光が宿っている。
心の底からこのバトルを楽しんでいるのがよくわかる。そんな笑みをシンジに向けた。


「さすがシンジさん。突飛過ぎて見敗れた人なんていないのに、これに気づくなんて」
「突飛さなら私のライバルも負けていないので」
「それ、俺のこと?」
「お前以外にだれがいる」


むしろお前以外にそう何人もいてたまるか、とシンジはフィールドから目をそらさずに言った。
ジョーイの戦法はリスクしか生まない。メリットがあるのは初めの一撃だけ。
それでも、それを平然とやってのけるのだから、対戦相手にとってはたまったものではないだろう。
一体どんなことを仕掛けてくるのかと、余計な神経を使うことになる。


「あんな技の回避方法があったなんて・・・」
「そんなことを思いついちゃうジョーイさんもすごいけど、それに気づいちゃうシンジもすごいわ!」


ラングレーとベルから感嘆の声が上がった。


「ドンカラス、悪の波導!」
「シャドーボールと卵爆弾で相殺して!」


悪の波導を相殺すると同時に、タブンネとラッキーが駆けだす。


「ツタージャ、つるの鞭で捕まえるんだ!」
「かわすのよ!」


つるの鞭が2匹のポケモンに向かっていく。
タブンネはよけることができたが、ラッキーの捕獲に成功した。


「捕まったか・・・。ラッキー、そのまま捨て身タックル!」
「!?ラッキーを離してかわすんだ!」


つるに捕まえられたまま攻撃を繰り出そうとするラッキーに、ツタージャが驚く。
サトシがすぐに指示を出すが、驚きのあまりとっさに動けずに、ツタージャは捨て身タックルを食らった。
しかし、ラッキー自身も、反動でダメージを食らった。


「ラッキー!卵産みで回復!」
「なんだって!?」


まさか回復技を使えるとは思っていなかったサトシが驚きの声を上げた。


「回復される前に倒せ!燕返し!」
「タブンネ!ドンカラスとツタージャにシャドーボール!」
「避けろツタージャ!」
「そのまま燕返しで切り裂け!」


回復技が使えることを想定していたらしいシンジが、冷静に指示を出す。
けれどもこれはタッグバトル。
味方の危機をカバーできるパートナーがいる。
ラッキーをかばうように前に躍り出たタブンネがシャドーボールを放つ。
ドンカラスは燕返しの標的を変更し、シャドーボールを切り裂くことに成功したが、先程のダメージを残したツタージャはかわしきれずにダメージを負った。


「タジャー!!!」
「ツタージャ!」


ツタージャが倒れる。戦闘不能にはなっていないものの、ダメージは大きい。
その上、ラッキーは卵産みで回復し、ダメージはリセットされた。


「ツタージャ!大丈夫か!?」
「タァ・・・ジャ!」


何とか立ち上げるも、たっているので精いっぱいだ。
そんなツタージャの体を、緑いろの光が包んでいる。


「新緑が発動された!」


そう叫んだのはたち上る緑の光に気づいたシューティーだった。


「まずい・・・!タブンネ、シンプルビーム!」
「かわしてリーフブレードでとどめだ!」
「タジャアアアアア!!!」


シンプルビームを交わし、自慢の素早さでタブンネの懐に飛び込んだ。


「タジャアッ!」
「タブー!!」
「タブンネ!!!」


タブンネがリーフブレードをかわそうとするが、スピードはツタージャの方が上。
その上、懐に入り込めれており、避けることはかなわずにタブンネはツタージャ渾身の一太刀を浴びた。
新緑で威力が上がったこともあり、ダメージの積み重なっていたタブンネが耐えきれるはずもなく、タブンネは眼を回して倒れた。


「タブンネ戦闘不能!」
「ありがとう、タブンネ・・・。よく頑張ったわ」


カスミの宣言に、ジョーイがタブンネをボールに戻した。


「タブンネを倒しちゃった!」
「2対1!これで勝てるわ!」


観戦していたイッシュのトレーナーたちが歓声を上げる。


「タブンネの分まで頑張るわよ、ラッキー!」
「ラッキー!!」


ジョーイがラッキーとともに意気込む。
そんなジョーイを見て、サトシが言った。


「強いな、あのジョーイさん・・・」
「ああ・・・」
「でも、楽しいな、シンジ」


サトシの目つきが変わっていることに、シンジは気付いた。
今まで行っていた「楽しむ」ためのバトルでは見ることのできない「勝つ」ためのバトルの目。
強者と戦うときの「勝ちたい」という思いを宿した強い瞳。
挑戦者の目だ。
意図せずして、シンジの口角が上がる。
けれども口元はすぐに引き結ばれた。


「相手は回復技を使える。加えて私たちのポケモンはダメージがでかい。長引かせるとこっちが不利だ」
「ああ」
「次の一撃で決めるぞ」
「おう!」
「受けて立つわ!」
「ラッキー!!」


視線が交錯する。


「ツタージャ!リーフストーム!」
「ドンカラス!リーフストームをまとって燕返しだ!」


ドンカラスが葉っぱの渦を旋回し、リーフストームをまとう。
そしてそのまま、ラッキーへと向かって飛んだ。


「ラッキー!破壊光線で迎え撃つのよ!!」
「ラッキー!!!」


オレンジ色の光がラッキーの口から放たれる。
顔に似合わない強力な技が放たれ、カベルネたちが驚いたような表情を見せた。

ドンカラスと破壊光線が、ぶつかった。


「破壊光線!!?」
「そんな強力な技を覚えていたなんて・・・!」
「このままじゃドンカラスが・・・!」


おされぎみなドンカラスを見て、ラングレーたちが悲痛な声を上げる。
まるで、このままでは自分たちが負けてしまうというような物言いに、サトシとシンジが叫んだ。


「「まだ負けると決まったわけじゃない!」」


2人の叫びに、コテツたちが顔を上げる。
フィールドを見ると、誰1人として、勝つことをあきらめていない。


「ツタージャの技の威力を」
「ドンカラスの底力を」
「「舐めるな!!!!!」」


彼らの叫びに呼応するように、ドンカラスが破壊光線を押し返し始めた。
そしてついに、ツタージャのリーフストームが破壊光線を切り裂き、切り裂かれた光線の間を縫って、ドンカラスが翼でラッキーを打った。


「ラッキイイイイイイイイイイイイ!!!」


叫び声をあげながら、ラッキーは倒れた。


「ラッキー戦闘不能!ツタージャ・ドンカラスの勝ち!よって、勝者サトシ・シンジペア!」


その言葉に、ドンカラスが勝ち鬨の声を上げた。




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