そんなのは建前で
フィールドに、いく度目かの沈黙が落ちる。
「なっ・・・!?どうして黙っていたんだ!!」
静寂を破ったのはシューティーだった。
「公式戦以外の宣告義務はないし、今日はジムバッジを持ってきてないから、公式戦を挑まれても困ると思ったのよ」
公式戦以外での宣告義務を負わないというのは、トレーナーにとっては常識の範疇だ。
基本や常識にこだわるシューティーがそれを知らないわけがない。
シューティーは押し黙るしかなかった。
「それでさっきの続きだけど、貴女はね、しらなすぎるのよ」
「・・・何を」
「この世界をよ」
「世界・・・?」
壮大なスケールの話にシューティーが目を瞬かせる。
反芻された言葉にカスミがうなずき、言葉を続けた。
「この世界には100や200、もしかすると1000を超えるかもしれないポケモンがいるの。その中でイッシュに生息するのはせいぜい200。他地方のポケモンを知っていても、それは図鑑や映像ばかりでしょう?あなたはイッシュを出て、外の世界を見るべきよ!」
「外の、世界・・・」
「ジムリーダーだって四天王だって、チャンピオンだって自分の見聞や見解を広げるために旅に出るの。私だってサトシや他の仲間たちと一緒にいろんな地方を回ったわ。そこには今まで見たこともないポケモンがたくさんいたし、トレーナーの数だけバトルの仕方や考え方があることを知った。たったひとつの地方を旅したくらいで満足しちゃだめよ。
あなたの憧れるチャンピオンは、基本を押さえて満足するような、そんなトレーナーじゃないでしょう?」
「・・・!」
言われて、気づいた。
あの人はそんな人じゃない。
どこにでもいそうなおじさんにしか見えなくて、人の名前もろくに覚えられないし、チャンピオンらしくない。
その実力をのぞけば、大衆に呑まれてしまうそうな、そんな人。
けれども、バトルはいつも豪快で、常識はずれで、規格外のことをやってのけてしまう。
そう言えば、バッフロンでギガイアスを投げ飛ばしてしまったっけ。
あの人に、基本なんて通用しない。
「カスミ、だっけ・・・」
「?ええ」
「今、バッジ持ってないんだよね?」
「ええ、」
「・・・もし、もし僕が、ハナダジムに行ったら、もう一度僕とバトルしてくれるかな・・・?」
「!ええ、もちろん!」
遠慮がちなシューティーの言葉に、カスミが嬉しそうにうなずいた。
「・・・それで、その、」
「?」
「カントーって、どんなところかな・・・?」
「!・・・ふふふ、イッシュより少し自然が多いけれど、ライモンシティやヒウンシティくらい栄えてる大きな町もあるわ。クチバシティっていうのよ。あと、トキワシティもいいわよ。ジムもあるわ。あそこはまだ諸事情で代理人のキクコさんって人がジムリーダーを務めてるんだけど、あの人のバトルはためになるわ。是非行ってみてね」
「ああ!」
嬉しそうに会話をする2人。
ほのぼのとした会話に話を聞いていたデントたちが微笑ましげに2人を見つめる。
そんな中、サトシとシンジだけが何とも言えない苦い表情をしていた。
「・・・あいつ、やはりえげつないな」
「よっぽど水タイプを馬鹿にされたのが悔しかったんだろうな・・・」
特定のポケモンを馬鹿にする気はないが、カスミの前では特に気をつけるようにしよう。
何をされるかわかったものではない。
シンジがこっそりと心に決めると、シューティーは彼女らの前にたった。
「サトシ、」
「ん?」
「今までごめん!」
「えっ」
唐突に頭を下げられ、サトシが目を見開く。
頭を上げたシューティーはバツが悪そうな表情をしていた。
「僕はずっと君のことを基本のなっていないトレーナーだと馬鹿にしていた・・・。でも、君は僕なんかよりずっと高みにいた・・・」
少し調べてみたんだ・・・。
「今まで散々ひどいことを言ってきたから、許してもらおうだなんて思っていないよ・・・。僕はそれだけのことを言ってきたんだから・・・」
そう言ったシューティーはいびつに顔をゆがめ、苦しそうな顔をしていた。
そんなシューティーに対して、サトシは静かに微笑んでいた。
「いや、俺はシューティーを許すよ」
「え?」
「だって俺を認めてくれたってことだろ?」
「サトシ・・・」
サトシの微笑みに、シューティーもわずかに顔をほころばせた。
「サトシ。僕はこれからいろんな地方を回るつもりでいる。たくさんの地方を見て回って、君に胸を張ってライバルだと言ってもらえるようなトレーナーになって見せるから、それまで待っててくれ」
「ああ!もちろんだぜ!」
サトシが嬉しそうに笑う。
それを見届けて、シューティーはシンジと彼女の隣に並んだカスミに向き直った。
「シンジもカスミも、ひどいこと言ってごめん」
「もういいわよ。十分反省しているみたいだし」
頭を下げられ、カスミが慌てて頭を上げさせる。
シンジもカスミの言葉にうなずく。それを見て、シューティーは嬉しそうに笑った。
「ありがとう・・・。それから、シンジ」
「・・・何だ」
「サトシの最大のライバルの座は、僕が必ず奪いに行くから、覚悟しておいてね」
シューティーは不敵に笑う。
少し驚いたように目を見開いて、それからシンジもニヒルな笑みを浮かべた。
「ふっ・・・。望むところだ」
「(残るは、後1人・・・)」