そんなのは建前で
アイリスが去った後のフィールドは、妙な沈黙を落としていた。
フィールドにいる人間は、この空気に耐えられないようで、そわそわと落ち着きがない。
そんな中、その空気を変えるべく、シューティーが動いた。
「次は僕とカスミだよ」
シューティーはフィールドに立つと、迷いなくボールを構えた。
バトルに出すポケモンはすでに決まっているようで、変えるつもりはないらしい。
彼の言葉にカスミがフィールドに立ち、カスミは器用に片眉を跳ね上げた。
「あら、あなたはわたしじゃ不満?」
シューティーの不服げな表情にカスミが心外だとばかりに腰に手を当てる。
けれども、シューティーは自分の不満を隠そうともしない。
「対して強くもない水タイプでマスターを目指しているような人よりは、ポケモンをきちんと進化させている彼女の方が、まだ学ぶものがありそうだからね」
そう言ってシューティーはちらりとシンジを見た。
「・・・言ってくれるわね」
「事実だろ?」
きっぱりと言い切るシューティーに、カスミは肩をすくめる。
「まぁいいわ。さっさと始めましょ」
「じゃあ行くぞ。カスミVSシューティー!試合開始!」
「行くのよ、ギャラドス!」
「頼んだよ、ジャローダ!」
出てきた瞬間、ギャラドスはすさまじい咆哮を上げる。
ジャローダも負けじと咆哮を上げるがギャラドスの声にかき消されてしまう。
そのことに、ジャローダは若干のひるみを見せた。
「さっさと終わらせるよ。ジャローダ、エナジーボール!」
「尻尾で払いなさい」
ジャローダの放ったエナジーボールはギャラドスの尾で簡単にはじかれる。
効果抜群の草タイプの技を払ったのだが、何一つダメージを受けている様子はない。
「何・・・っ!?」
「その程度の実力じゃ、私には勝てないわよ」
「・・・!!ドラゴンテール!!!」
「噛みついて止めなさい!」
渾身のドラゴンテールを止められて、これにはさすがのジャローダも驚いたようだった。
「くっ・・・!そのまま巻きつけ!」
「ギャラドス、火炎放射!」
「ジャロオオオオオオオオオオオ!!!」
「ジャローダ!!」
すさまじい炎がジャローダを包む。
燃え盛る炎に焼かれ、ジャローダはやけどを負い、そのまま倒れてしまった。
「ジャローダ戦闘不能!よって、勝者カスミ!」
高らかな宣言に、見学していたデントたちから歓声が上がった。
「まさかギャラドスが火炎放射を覚えているなんて・・・」
「水タイプなのに炎タイプの技も使えるのね!!」
カベルネとベルが驚きの声を上げる。
ラングレーたちも口には出さないものの、皆一様に驚いた表情を隠さない。
「くそっ・・・!」
「シューティー、あなたはどうしてそんなに進化にこだわるの?」
「基本だからに決まっているじゃないか!」
悔しげに悪態をつくシューティーに、カスミがたずねた。
けれども返ってきたのは予想通りの言葉で、カスミは肩をすくめた。
「基本基本って、それはいったい何の基本なの?」
「トレーナーの基本だ!」
「それは違うな」
2人の問答を切ったのはシンジだった。
「それはお前の基本だ」
「なっ・・・!?」
きっぱりと言い切ったシンジにシューティーが目を見開く。
信じられないというような表情をして、シューティーはシンジを見た。
「まさかとは思うけど・・・あなた、もしかして進化を嫌がるポケモンに無理やり進化させてないでしょうね?」
「ポケモンが進化を嫌がるわけないだろ!?」
当然だろう、とシンジは言う。
むしろ何故驚いているのかわからないというようにシンジは眉を寄せた。
「無理やり進化させようとするトレーナーにポケモンがついていきたいと思うか?」
「ぼ、僕のポケモンには進化を嫌がる奴なんていなかった!むしろ進化したがっていた!ポケモンはみんな進化を望んでるんだ!!」
「それはお前がポケモンに恵まれていただけだ」
あまりにもはっきりと言われた言葉にシューティーは言葉を失った。
そんなシューティーを見て、カスミがやれやれと首を振った。
「シューティー、貴女に聞くわ。あなたはトレーナーとして旅を続けたいのに、貴女は弱いから研究者になりなさい!なんて言われたらどうする?」
「嫌に決まっているだろう!第一、何で弱いなんて決めつけられなきゃならないんだ!」
「あなたはポケモンにそれと同じことをしているのよ」
「何っ・・・!?」
「だってそうでしょう?進化したくなかったのに進化を強要するのはただの虐待よ。それに加えて進化してないポケモンが弱いですって?どうして決めつけられなきゃならないの?」
「・・・っ!!!」
反論できずにシューティーが悔しそうに唇をかむ。
カスミは嘆息した。
「確かにあなたの言っていることは間違ってないわ。進化させた方が持久力も上がるし、タフになるわ。相性が有利な方が勝率だって上がる」
「っ!!じゃあ・・・!!」
「でもね。だからって必ず勝てるわけじゃないわ」
カスミがきつい目を向ける。
それにシューティーがびくりと震えた。
カスミとて、かわいらしい見た目をしているが、ジムリーダーのはしくれだ。。
それはつまり強者の一角を担っているということだ。
新人とは比べ物にならない気迫というものが存在する。
新人が怯えているのを見て、おっと、とカスミが目を瞬かせた。
「特にジムリーダーなんかはそうよね。自分のエキスパートタイプがばれている以上、相性の悪い相手と戦うことが多くなるわ。でもジムリーダーはトレーナーを導くのが仕事。相性が悪いからって負けてるようじゃトレーナーの見本にはなれない。だから、苦手なタイプを克服しようとするし、対策だってもちろん立てる。ジムリーダーに取って相性っていうのは覆してこそのもの。ジムリーダーに基本なんて通用しないわ」
「でも・・・っ!」
「基本は確かに大事よ。でもね、本当に大事なのはその基本をどう応用に生かせるか。基本に凝り固まったお行儀のいいバトルなんてトレーナーもポケモンも成長はしないわ」
「・・・っ!」
それに何よりそんなトレーナーに挑戦されてもつまらないわ。
カスミの言葉にシューティーがえっ?と声を上げる。
驚かれたことにカスミが不思議そうな表情を浮かべ、それからわずかに首をかしげる。
そうして納得がいったように大きくうなずいた。
「そう言えば名乗ってなかったわね。私はハナダジム・ジムリーダー。世界の美少女、名はカスミ。よろしくね?」
そう言って、カスミは世界の美少女の名に見合う、美しい笑みを浮かべた。