そんなのは建前で






サトシたちは再びポケモンセンターの裏手のフィールドに集まっていた。
全員がそろうのを見届けると。サトシはフィールドの中央ラインのそばにたった。


「次は私とシンジよ!」


そう言って、フィールドに入ったのはアイリスだった。
アイリスの言葉にシンジもフィールドに入る。
シンジがボールを取り出そうとして、丁度同時にアイリスがシンジに声をかけた。


「あなたはドラゴンタイプは持ってる?」
「・・・持っていないが、」
「なんだぁ・・・」


私もカスミとバトルしたかったな・・・。
アイリスの問いに返答したシンジ。
しかしその答えが自分の求める答えが自分の求めるものとは違ったアイリスは残念そうにがっくりと肩を落とした。


「文句言わないの。じゃんけんに負けたあんたが悪いんだから」


ラングレーにたしなめられるも、アイリスはふくれっ面のままだ。


「悪いけど、もし私があなたとバトルをすることになっても、あなたと私のドラゴンタイプをバトルさせることはなかったわ」
「え!?どうして!?」


カスミの言葉にアイリスが困惑したような声を上げる。
カスミはルリリを抱く腕の力を強めて言った。


「・・・竜の里の人と、トラブルになったのよ」
「な、何があったの?」


唐突に自分の故郷の名が出てきたことに驚きながらも、顔をしかめてその名を口にするカスミに、アイリスは尋ねた。
カスミはゆっくりと、苦々しげに口を開いた。


「竜の里の人に言われたのよ。『ドラゴンタイプはこの世で最も至高のポケモン。私のような、ドラゴンタイプとともに生きてきた人間でなければ、その力を真に発揮することはできない。だからあなたのような人間に、ドラゴンタイプのトレーナーになる資格はない』ってね」


アイリスを含め、話を聞いていたデントたちは顔をしかめた。
その時のことを思い出したのか、カスミの瞳には確かな怒りが宿っている。
ポケモンたちも、カスミの怒りに連動しているようで、ボールがカタカタと揺れていた。


「そんなこと言われて黙っていられるはずもなく、そのままバトルになっちゃったのよね。私が勝ったら勝ったで『ドラゴンタイプを傷付けるなんて最低』って頬をぶたれるし」


バトルでポケモンが傷つくのはトレーナーの責任なのに、私に切れるのはお門違いよねぇ?
そう言って肩をすくめたカスミに、同意するようにシンジがうなずく。


「っていうか、カスミも殴られてたのかよ・・・」


ぽつりと呟かれたサトシの言葉に、カスミがしまったと冷や汗を流した。
シンジは、そう言えばサトシはカスミを姉のように慕っているのを失念していたと顔をこわばらせた。

しかしサトシのつぶやきは、都合よく他には聞こえたものがいなかったらしく、ベルがカスミにどうして?と尋ねた。


「だ、だってそうでしょう?ポケモンは私たちトレーナーを信頼して指示に従って動いてくれてるんだから」
「!!」
「表現としては、勝てなかったというより、勝たせてやれなかったというのが正しいんだろうな」


カスミとシンジの言葉にベルたちが驚く。
目からうろこの意見だったのだろう。


「わ、私はその人とは違うわ!」


カスミとバトルすることをあきらめていないらしいアイリスが、カスミに向かって声を荒げる。
しかし、カスミは首を振った。


「そうかもね。でも、嫌がっている子をバトルに出したくはないわ」
「・・・わかったわ」


カスミの言葉に肯定しつつも、納得しきれていないことがうかがえる。
その証拠に、アイリスは不満げな表情をしている。
それを見て、カスミがため息をついた。


「それに、今バトルするのは私じゃなくてシンジよ。本人を目の前にしてこんなことを言うのはシンジに失礼じゃない?」
「あっ・・・!」


そのことをすっかり忘れていたらしいアイリスは、慌ててシンジに向き直る。
委縮して、それから小さくごめんなさいと謝罪を述べた。


「もういいか?」
「ええ」


こうなったら、私のカイリューでカスミの方からバトルしてくれっていうくらいのすごいバトルを見せてやるんだから・・・!
アイリスはそう呟いてカイリューのボールを構えた。
あの子、本当に私の話を聞いてたのかしら?
カスミが頭を抱えるのも仕方ない。


「行くぞ。シンジVSアイリス!試合開始!」
「ユキメノコ、バトルスタンバイ!」
「メノォ・・・!」


アイリスよりも早く、シンジがユキメノコを繰り出した。
ユキメノコは、ボールから出した瞬間、強烈な冷気を放ち始めた。
地面が凍りつくほどの冷気だ。

ユキメノコも怒っている。
リングマも怒っていたようだが、気性が荒く、いつも怒っているような険しい表情をしているため、気付かなかったのだ。
どいつもこいつも、本気で怒っている。
よほど、シンジを傷つけられたことが、腹にすえかねたらしい。
急激に襲った寒さに、サトシたちは体を震わせた。
(慣れているからか、シンジは平然としていた)
特に寒さが苦手なアイリスは、青い顔をして腕をさすった。
ひっ!と短い悲鳴を上げ、彼女はカイリューとは別のボールを取りだした。


「い、行くのよ、ドリュウズ!」
「カイリューではなかったのか?」
「ど、どの子を出すかは私の勝手でしょ!」


そう言ってボールを投げようとするが、その前に、アイリスの前に飛び出す影があった。
カイリューだ。カイリューは目の前のユキメノコを強者だと判断したのか、ギラギラと目を輝かせ、ユキメノコを見つめていた。
対するユキメノコは、楽しそうに笑っている。ただし、怒りをたたえて。


「カイリュー!下がりなさい!」


今にも攻撃を仕掛けてしまいそうなカイリューに、アイリスが声をかける。
しかしカイリューに彼女の言葉は届いていないのか、一瞥もくれない。
そしてカイリューは、指示も聞かずにユキメノコに向かっていった。


「カイリュー!」


アイリスが叫ぶが、カイリューは止まらない。
雷パンチが繰り出され、ユキメノコはくすくすと笑う。
するりと体を反転させ、ユキメノコはあっさりとカイリューの攻撃をかわした。


「冷凍ビーム」
「避けて、カイリュー!」


攻撃を仕掛けてきたシンジに、アイリスが慌てて指示を出す。
しかしカイリューは体勢を立て直せずに、その背中にまともに冷凍ビームを食らい、翼を凍らされてしまった。
それでもカイリューはユキメノコに向かっていく。


「吹雪でとどめだ」
「避けるのよ!!」


アイリスが指示を出すも、カイリューはよけようともしなかった。
避けるどころか、効果抜群の氷タイプの技を、真っ向から迎え討とうとした。
しかし、迎え撃つにはユキメノコの技の威力が高すぎた。
吹雪で吹き飛ばされたカイリューは、そのまま目を回して倒れてしまっていた。


「カイリュー!」
「カイリュー戦闘不能!よって、勝者シンジ!」


悲痛な声をあげ、アイリスがカイリューに駆け寄る。
アイリスの手伝いによって体を起こしたカイリューは、悔しげに顔をゆがませていた。
アイリスが、きっとシンジを睨みつける。


「なんてことするのよ!ドラゴンタイプに氷タイプの技を使うなんて!」
「言っていることが矛盾しているぞ。貴様は先ほど言ったはずだ。炎タイプに草タイプを使うなんておかしい、とな。私はセオリー通り、相手の弱点を突いただけだが?」
「・・・っ!!」
「そして貴様が先ほど違うといったトレーナーと同じようなことを言っているが、これも矛盾しているぞ」


アイリスに反論の言葉はなかった。
反論できるはずもない。
先程自分が言った言葉を返されたのだから。


「そう言えば、貴様はドラゴンタイプの声を聞く才能があるんだってな」
「・・・ええ。それがどうかした?」


シンジがたずねれば、アイリスがいぶかしげにうなずく。
それを見て、シンジが嘲笑した。


「はっ、声は聞けても、心は理解できないか」
「何が言いたいのよ!?」
「そのカイリューは、自分を出すといった直前に、相手を見てドリュウズを選んだのが気に食わなかったのだろう。その上、どうやらそのカイリューは苦手なタイプほど迎え撃って勝ちたいと思っているらしい。苦手だからこそ克服したいという向上心を持っている。それをよけろと言われて、素直に避けるはずがない。技の威力を上げて迎え撃つなり、何故避けるのかを説明してやるなりすれば、カイリューも指示に従うようになるだろう」


正確には、苦手なタイプだろうが、強い相手ならば、立ち向かって勝ちたいと思っているのだ、カイリューは。
しかし、苦手だからこそ打ち勝ちたいと思っているのも事実。
迎え討てと言われるならまだしも、それをよけろと言われて、指示に従うかと問われれば、答えは否だ。


「でも、だからって、避けなかったらカイリューは効果抜群な技を受けることになるのよ!?わざわざカイリューを傷つけるようなそんな真似、私にはできない!!」


アイリスは今にも泣き出しそうな表情で言った。
それを見ていたラングレーは、思わずため息をついた。
シンジは彼女に対して、解決策すら提示している。
それなのに彼女はまた同じ発言を繰り返す。
ラングレーはあきれてものも言えない。
シンジも呆れたように首を振った。


「貴様は本当に使えないな」
「なんですって!?」
「貴様、ユキメノコが相手だとわかると、ドリュウズを使おうとしたな?苦手なタイプを相手にするとなると負けることが前提で、他のポケモンを使おうとする。カイリューが指示を聞かないのも当然だ。トレーナーが自分のポケモンを信じなくて、一体だれが貴様のポケモンを信じるというんだ?」
「・・・っ!」
「そんなことでは、ポケモンに捨てられるぞ?」


シンジの言葉に、アイリスの顔から血の気が引く。
ポケモンがトレーナーを捨てるということは、決して起こり得ない事態ではないのだ。
現に、サトシのツタージャはトレーナーを捨てたポケモンだ。
自分がそうならないとは、言えない。可能性がないわけではないのだ。


「一度自分のポケモンと向き合ってみるんだな。そうすれば分かるだろう。自分がどれだけ使えないトレーナーなのか、な」


アイリスが、カイリューをボールに戻し、悔しげな表情を浮かべて走り去った。


「アイリス!」


走り去るアイリスを、デントが呼び止める。
しかし彼女は止まらない。
追いかけるべきかと、デントがサトシを見やるが、サトシは首を横に振った。
それを見て、デントはアイリスを追いかけようとするのをやめた。


「・・・シンジ」
「何だ」
「どうしてアイリスは突き放したの?」


カスミがシンジに声をかける。
問いかけられたシンジは静かな瞳でカスミを見つめた。


「あいつはドラゴンタイプの声を聞く才能がある。その分周りから期待され、自分は他より優れていると思い込んでいる。あのカイリューをゲットし、完全ではないものの、指示を聞かせられるようになってことで、それに拍車がかかったんだろう」


そう言って、シンジは自分の隣に漂うユキメノコによくやった、というように肩をたたく。
ユキメノコは頬に手を当て、嬉しそうに笑った。


「あいつは中途半端なんだ。ポケモンの声が聞ける分、他の人間より自分の方が信頼されていると思っている。ポケモンの声が聞ける分、他の人間よりも自分の方がポケモンを理解していると思っているんだ。ポケモンの声が聞けるというのも、考え物だな」


そう言って、シンジは肩をすくめた。
腕に抱きついてきたユキメノコの頭をなで、ユキメノコをボールに戻した。
シンジの話を聞いたカスミが、一瞬息を詰まらせ、それからゆっくりと息を吐いた。


「・・・それで、ポケモンたちの声を聞かせて、自分がポケモンにどう思われているのか、わからせようってわけ?」
「それくらいしないと、あいつは変われないだろう」
「あんた・・・えげつないことするわね」
「どうとでも言え」


どっちにしろ、お前には負ける。
そう、心の中で呟いた。



























(何か言った?)
(何か聞こえたのか?)
(・・・気のせいみたい)
(そうか)




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