そんなのは建前で
事は数日前にさかのぼる。イッシュに来てすぐのことだ。
カスミたちはサトシたちのいるという町へ向かう、途中の森にいた。
「もうすぐ会えるわね」
「そうだな」
2人は木漏れ日が美しい森の小道を歩いていた。
と、その途中で、少年たちの話声が聞こえてきたのだ。
「そのポケモンは強くなれない。違うポケモンに取り換えた方がいいよ」
思わず足を止め、聞こえてきた声に耳を傾けてしまった。
盗み聞きとは悪趣味だと思わないでもないが、内容が内容だけに、聞き捨てならない。
2人は顔をしかめて話を聞いていた。
「確かにこいつは甘えた出し、全然進化しないし、ソムリエにまで言われちゃ終わりだな」
ポケモンと並んでいるトレーナーらし気少年が、蔑むような目でポケモンを見降ろし、トレーナーのポケモンがびくりと体を揺らした。
少年はポケットからボールを取り出し、森の中へと投げ捨てた。
困惑するポケモンは、トレーナーの少年にすがりつく。
けれども少年は、冷たい視線でポケモンを見降ろして、こう吐き捨てた。
「お前みたいな弱いポケモン、いらねぇよ」
自分が捨てられたのだと理解したポケモンが、目に涙を浮かべていやいやと首を振る。
捨てないでというように足元にすがりつき、トレーナーを見上げる。
しかし、トレーナーの少年は、それを煩わしそうに眉を寄せて見降ろした。
「しつけぇな・・・。行け、――――!」
ボールから出された大きなポケモンに、トレーナーの足元にいたポケモンは驚いたように飛びのいた。
「――――テールだ!」
トレーナーは容赦なくポケモンに指示を出す。
小さなポケモンは戸惑いと仲間に攻撃される衝撃からか、避けるという意志さえ持つことができなかった。
――――――バチン!!!
トレーナーの少年と、ソムリエの少年が目を見開く。
ポケモンに攻撃が当たることはなく、技がぶつかったのは、小さなポケモンとの間に割って入った1人の少女だった。
腕で固くガードしたものの、とっさのことで、かばいきれなかったのだろう。額が切れ、血が滴り落ちていた。
袖で隠れていて見えないが、かばった腕も、相当なダメージを受けたはずだ。
打撲か、最悪の場合は折れてしまっているだろう。
トレーナーとソムリエの少年が、顔から血の気をひかせた。
「な、何だてめぇ!!」
「通りすがりのトレーナーだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「と、通りすがりが何の用だ!!」
トレーナーの少年がシンジに向かってどなった。
シンジはパタパタと流れる血をぬぐい、トレーナーに目を向けた。
「ポケモンを野生に返すのは個人の自由だ。しかし他人の言葉に惑わされてポケモンを捨てるなど言語道断だろう。それも無抵抗の相手に攻撃を仕掛けるなど人として終わっているぞ」
「う、うるせぇ!捨てるっつってんのにしつこいそいつが悪いんだろ!?」
「そ、そうだよ!それに他人の言葉に惑わされてと、君は言ったけど、ポケモンソムリエである僕に、それもA級ソムリエである僕の言葉に間違いはないよ!」
「ふざけないで!A級だか何だか知らないけど、弱いポケモンなんていない!すべてのポケモンに可能性があるの!それを一目見ただけで簡単に捨てろだなんて言わないで!!」
「う、うるさい、うるさい、うるさい!!!」
ソムリエが、ポケモンを繰り出した。
「――――!翼で打つ攻撃!」
「うああっ!!」
「きゃあっ!!!」
カスミとシンジが、攻撃を受け、吹き飛ばされる。
カスミはとっさにルリリが放った泡攻撃で威力が和らいだからよかったものの、シンジはもろに攻撃を食らってしまった。
うまく受けることができたから怪我はなかったものの、衝撃を受け流すことができず、地に伏せてしまった。
額に怪我を負い、血を流していたというのもあるだろう。体に力が入らない。
「シンジ!」
シンジに気づいたカスミが悲鳴じみた声を上げる。
ソムリエとトレーナーがポケモンに次の指示を出そうと口を開いた、その瞬間。
たくさんの光がカスミたちの荷物から放たれる。
彼女らのポケモンたちが、自らの意思で、ボールから出てきたのだ。
ルリリも、カスミの腕から飛び降り、彼らに並ぶ。
ルリリ、ギャラドス、スターミー、ヒトデマン、サニーゴ、キングドラ
ジュカイン、ゴウカザル、オオスバメ、フカマル、ブイゼル
エレキブル、ユキメノコ、ドダイトス、リングマ、ドンカラス、ブーバーン
彼女たちのポケモンに加え、彼女たちの連れてきたサトシのポケモンたちまでもが、2人を守るようにソムリエたちの前に立ちはだかる。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
すさまじい怒りの咆哮。びりびりと空気を震わせ森を揺らす。
牙をむき、爪を立てるポケモンたちに少年たちはすくみ上がる。
絶対的で圧倒的な威圧感。底知れない実力。
怒りをむき出しにしたポケモンたちが、こうも恐ろしい存在だとは思わなかった。
少年たちは、情けない悲鳴を上げながら転がるように逃げだした。
残されたポケモンは呆然としたままそこにいた。
ポケモンはそのあとポケモンセンターでジョーイの診察を受け、保護協会に預けられることとなった。
今のところ、そのポケモンに回復の見込みはなく、食事すらまともに取っていないという・・・。
「ソムリエって何なの?トレーナーとポケモンのきずなを引き裂くのが仕事なの?」
「ちがっ・・・!」
「どこが違うのよ?」
過去の出来事を話し終えたカスミがいぶかしげにいった。
その瞳には軽蔑の色が含まれている。
ポケモンやカスミとシンジを酷い目にあわせたソムリエと同じようなことを言っているカベルネが「違う」といっても、何の説得力も持たない。
「あなたたちの言葉は無責任なのよ。あなたたちソムリエはテイスティングをする前に対象のポケモンと触れ合ったり、トレーナーと話してみるべきよ。たった一目見て何がわかるの?どこを見て弱いって決めつけるの?捨てろとか取り替えろとか、どうしてそんなひどいことがそんな簡単に口にできるの?好き勝手いうのはやめてよ。これ以上あの子みたいなポケモンを作らないで」
カスミの言葉にデントとカベルネは何も言えなかった。
正顔を青くして、呆然としている。特にカベルネの顔はひどい。
血の気のない、今にも倒れてしまいそうな顔をしている。
「・・・私はこれ以上、あなたたちに何かを言うつもりはないわ。変わるかかわらないかはあなたたちしだいよ」
そう言い放ち、カスミはフィールドを出た。
誰も何も言葉を発せられなかった。重々しい空気がフィールドを包む。
カスミははぁ、と嘆息した。
「さ!いつまでも沈んでないで休憩でもしましょ!」
ぱんぱん!と手をたたき、カスミが空気を変えるように言った。
カベルネたちは驚いたようにカスミを見やった。
「私たちがあの子にしてやれることは何もないの。どんな言葉をかけてもあの子は何の反応も示さなかった。あの子を立ち直らせることができるのは、あの子のトレーナーか、あの子自身よ。だったら、私たちがいつまでも落ち込んでたって意味がないでしょ?」
はきはきと話すカスミだが、その表情は寂しげだった。
「それに、このままバトル慕って楽しくないし、シンジには休憩も必要でしょう?」
「・・・それもそうね」
「じゃあ、みんなでランチに行きましょ!」
カスミの言葉にラングレーとベルが同意を示す。
現在、昼を少し過ぎたころである。腹も好いてきたし、重い空気を変えるには丁度いい。
それではみんなでランチに行こうか、と歩き出した時、サトシがシンジに肩をつかんだ。
「おい・・・?」
不思議に思ってシンジがサトシを振り返ると、サトシにそでをめくられた。
「シンジ、腕も怪我してたんだ・・・」
サトシの口から洩れる低い声に、あ、まずい、とカスミとシンジが同時に思う。
打撲して青紫色に変色した腕を見るサトシの目には、確かな怒りが宿っている。
けれども、その怒りに反して、その表情は笑顔だった。
「シンジ、そのトレーナーとソムリエの特徴教えて?」
「・・・は?」
「ちょっとバトル挑んでくる」
そう言って、サトシはにっこりと笑う。
普通なら、不可能に近いことだが、今の彼なら実現してしまうだろう。
何百、何千というトレーナーの中から、たった2人を探し出し、制裁を加えるなんて所業を。
爽やかだが、どこか異様な気配を醸し出すサトシに、口ごもるシンジを見つめながら、カスミは口元をひきつらせた。
「(やっぱり言うんじゃなかった・・・)」
おまけ
「(シンジ!どうにかして!)」
「(出来るかッッッ!!!)」
「(そんな風になったサトシを止められるのはママさんかオーキド博士かあんたしかいないわ!)」
「(その2人と私を並べるな!!!)」
「(頑張りなさい、婚約者!!あんたの色仕掛けならサトシにも効くから!!!)」
「(お前、私とサトシのことを馬鹿にしているだろう)」
「(あんたはサトシを犯罪者にしたいわけ!?)」
「シンジ、教えてくれないの?」
「「(ビクゥッ)」」
「シンジ・・・、教えて?」
「~~~っ・・・!」
「シンジ、」
「そんなどうでもいい奴らのことは放っておけ」
「でも、」
「・・・っそ、そんな奴らより私を構え・・・!」
「・・・っっっ!!?!?」
「~~~っ、さっさと行くぞ!!」
「あ、ちょ、シンジ!!!」
「(何よ、やればできるじゃない)」
「(お前は後で覚悟しておけ)」
「(・・・ごめんなさい)」
「(どうしよう、シンジが可愛い・・・)」