そんなのは建前で
「まさか、コテツにまで勝っちゃうなんて・・・」
「イッシュリーグのベスト4だぞ・・・!?」
「シンジ、すっごーい!」
コテツを下したシンジに、驚きと称賛の声が上がる。
コテツがルカリオをボールに戻し、フィールドを出たのを確認すると、シンジが見学組に声をかけた。
「次はどいつだ」
「・・・次は僕とカスミだよ」
「そうか」
返事をしたのはデント。デントの言葉にうなずき、シンジはカスミを見やった。
「次は私ね」
カスミがシンジと入れ替わるようにフィールドに立つ。
ルリリがシンジを心配そうに振り返る。それに気づいたカスミがルリリの頭をなでた。
「大丈夫よ、ルリリ。さっきのバトル見たでしょう?シンジの怪我も、もうすぐ直るわよ」
「・・・どいつもこいつも、心配しすぎじゃないか?」
「そう思うんなら、心配かけないようにサトシのそばにいるか、ドダイトスたちを出してそばにいてもらってくれるー?」
「・・・はぁ、分かった」
シンジがフィールドを出て、サトシのそばに歩み寄る。
ピカチュウがサトシの肩を飛び降り、シンジの足元に駆け寄った。
「シンジ、大丈夫か?」
「ああ」
「・・・なら、いいんだけど」
「ぴーかぁ・・・」
心配そうなピカチュウがシンジを見上げる。
シンジは彼の前にしゃがみ、ピカチュウの顔をなでた。
「何度も大丈夫だと言っているだろう?」
「ぴかちゅ・・・」
「・・・ひとまず、その言葉を信じるけど、辛くなったら絶対言えよ?」
「わかってる」
シンジがピカチュウを抱えてサトシの隣に立つ。
2人のやり取りを見て、ラングレーが呆れたように言った。
「あんまり心配しすぎるのは良くないわよ。ジョーイさんに許可をもらってるみたいだし、本人も大丈夫っていうんだから大丈夫なのよ。あんまり心配しすぎると本人が不安に思うでしょう?」
「「むしろ、そういうタイプじゃないからこそ心配なんだけど」」
「そ、そう・・・」
ラングレーの言葉に心配そうな表情を一変させ、サトシとカスミが真顔で声をそろえる。
ころころと表情を変える2人の真顔というのはなかなか鬼気迫るものがあり、ラングレーは思わず気圧された。
「何でもいいから、さっさと始めろ」
「そうだな。そろそろ始めるか。カスミ、デント、準備はいいか?」
「オッケーよ!」
「僕もOKだよ」
シンジの言葉にサトシがカスミとデントに確認を取る。
2人が了承の返事を返し、サトシがうなずいた。
「じゃあ、行くぞ。カスミVSデント!試合開始!」
「頼んだよ、マイビンテージ、ヤナップ!」
「ヤナー!」
「頼むわよ、ルリリ!」
「ルッリー!」
カスミとデントがルリリとヤナップを繰り出す。
デントがヤナップを繰り出したのは「マイビンテージ」だからだけではない。カスミのエキスパートタイプが水タイプであることを知っているからである。
カスミは自己紹介をしたときに「水ポケモンマスター」を目指していることを語っている。そのため、水タイプを使ってくることは予想がついていた。
しかし、ルリリはノーマルタイプである。そこはデントの誤算であったが、ルリリは水タイプの技ばかりを覚える。ヤナップは草タイプであるため、効果はいまひとつだ。
相性的には、どちらかといえばデントが有利である。
「イッツテイスティングターイム!」
デントが唐突に叫んだ。
彼の「テイスティングタイム」を知っているサトシたちはまたか、と苦笑したり、呆れたりしているが、カスミとシンジは初めてみる光景だ。2人は驚いたのか、目を瞬かせてデントを見やった。
「小さいながらもしなやかさを感じさせる。小柄ならではの小回りもきき、なかなか手ごわそうだ。カスミの身を案じて己を顧みずにボールの外に出ていたところをみると、絆も相当深い。サトシとピカチュウの様な熟練したフレーバーを感じる実にいいテイストだ」
するとデントに触発されたのか、カベルネまでもがテイスティングタイムに入る。
彼女はあきれたように、それでいて小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「ふん。どこが熟練したフレーバーよ。むしろ自分が不安だったからトレーナーにひっついていたくて外に出てたんでしょ。そんな甘ちゃんは進化もできないし、まともなバトルも無理ね。さっさととっ換えるべきよ」
あまりの物言いに、サトシが反論しようと前に出る。しかし、隣にいたシンジがそれを制した。
サトシがシンジに目を向けると、彼女はゆっくりと首を横に振った。
口出し無用。そう訴えられ、サトシが渋々押し黙った。
「もうはじめていいかしら?」
「え?あ、ああ・・・どうぞ?」
カスミの冷めた声に、デントがうなずく。
「そう・・・。じゃあ、行くわよ、ルリリ!」
「ルリッ!」
「水鉄砲!」
「ヤナップ!かわしてタネマシンガン!」
ルリリが水鉄砲を繰り出した。
ヤナップはデントの指示を受け、それを素早くかわす。
そして、タネマシンガンを放った。
「しっぽを使ってかわすのよ!」
カスミが指示を出す。
ルリリはしっぽのばねを使い、通常のジャンプよりも高く跳び上がった。
ヤナップのはるか頭上、攻撃しようにも太陽を背にしたルリリを視界にとらえることができず、デントは思わずしまったと叫んだ。
「ルリリ!冷凍ビーム!」
「ヤナーッ!」
「ヤナップ!!」
頭上を取ったルリリの攻撃が決まる。
草タイプのヤナップに氷タイプの技は効果は抜群だ。
避けることもできずに冷凍ビームを食らったヤナップは、倒されることはなかったものの、相当なダメージを食らったようで、息を荒げていた。
「くっ・・・!ヤナップ!タネマシンガン!」
「かわして!」
「素早い・・・っ!ヤナップ!草笛で眠らせるんだ!!」
「ルリリ!泡を地面にぶつけて音をかき消すのよ!」
「何っ!?」
ヤナップが頭の葉を取って、音を奏でる。眠気を誘う柔らかな音だ。
ルリリは泡を地面にぶつける。ぶつかった泡が、地面ではじけ、盛大に音が鳴る。
音がかき消され、ルリリが眠ることはなかった。
「ルリリ!とどめの冷凍ビーム!」
「ルリーッ!」
「ヤナーッ!!!」
「ヤナップ!!」
冷凍ビームをまともに食らったヤナップは、目を回して地面に倒れた。
「ヤナップ戦闘不能!よって、勝者カスミ!」
「ヤナップ、お疲れ様」
「ヤナ~・・・」
サトシの宣言を聞き、デントがヤナップをボールに戻す。
まさかデントが負けるとは思っていなかったらしいアイリスやシューティーが目を見開いてフィールドを見つめていた。
「すげぇ!あのちっこいルリリが勝ったぞ!」
「よく育てられてるわね。シンジのポケモンもレベルが高いし、カスミのポケモンも相当強いわ」
「ありえない・・・。田舎トレーナーにデントさんが負けるなんて・・・」
驚きと称賛の声が上がる中、ひときわ大きな声でカベルネが笑った。
「おーほほほ!いいざまね、デント!次は私とカスミよ!私の完璧なテイスティングでカスミを負かして、あんたより上だと証明してあげるわ!!」
「その前にいいかしら?」
堂々と勝利宣言をするカベルネ。けれどもカスミは顔色一つ変えることなくデントに向かって声をかけた。
「ねぇ、デント。あなた、私とルリリをサトシとピカチュウのようだと表現したわよね?」
「え?あ、うん・・・」
「実はこの子、まだ生まれたばかりなのよ」
「え・・・!?」
宣言をするーされた揚句、返事を返す間も、文句をいう間もなく勝手に話をすすめられ、2人の間に割って入ろうとしていたカベルネの動きが止まった。
称賛の声をあげていたケニヤンたちも思わず絶句する。
生まれたばかりのポケモンがまさかジムリーダーのポケモンに勝ってしまうなんて!
シューティーは言葉もなった。
しかし、デントが衝撃を受けたのは、そこではなかった。
自分が熟練した関係と表現した2人が、まだであって間もない関係だったということに驚いているのだ。
そしてショックを受けた。
数々のテイスティングを引き受けてきた自分がまさか、生まれて間もないポケモンと、そうでないポケモンを見分けられないなんて!
「卵からかえって最初に見たのが私だったから私に懐いているのよ。この子にとって私は親だから。あなたはきっとサトシとピカチュウっていう事例がいるからそれが先入観になっていたのね。私とルリリは確かに仲がいいけど、他の子と比べると、まだしっかりした絆を結べていないわ。あなたはまず、ボールから出しているイコール仲がいいっていう方程式を消すことね。この際だからはっきり言うわ。一目見ただけで私のポケモンを評価しないで」
満面の笑みを浮かべたカスミのとげのある言葉に、一同は硬直した。
デントは打ちひしがれたように地面に両手をつき、落ち込んでいる。
それでも笑みを浮かべることをやめないカスミに恐怖を感じ、カベルネの顔が引きつるが、それでも彼女はすぐに立ち直り、自信ありげに言った。
「私はデントのようにはいかないわよ!」
「そう。楽しみね」
そう言ってカスミはボールを構える。
次に出すポケモンはすでに決まっているらしい。
サトシに視線で合図を送り、サトシが大きくうなずいた。
「カスミVSカベルネ!試合開始!」
「行くのよ、ヒトデマン!」
カスミがヒトデマンを繰り出した。表情の読めぬ星型は、くるくると回りながら着地した。
ふと、サトシが首をかしげた。カスミはいつもヒトデマンを”恋人”と称していたはずだ。
しばし考えて、理解した。カスミは先ほど、先入観を持ったまま自分のポケモンを見るなと言っていた。
”恋人”などと称すれば、仲がいいと教えているようなものだ。
だから彼女は、あえて言わなかったのだろう。
「イッツ、テイスティングタ~イム!」
テイスティングに入るカベルネ。彼女を見て、シンジがサトシに声をかけた。
「・・・おい、」
「ん?」
「あれはいつもやらなければならないのか?」
「あれって、テイスティングのこと?」
「ああ」
「た、多分、そうなんじゃないかなぁ~・・・?」
「・・・・面倒な職業だな」
遠い目をするシンジに、苦笑するサトシ。
カスミも、いい加減、顔をしかめている。
「見たところ、進化していない未成熟なフレーバー。顔がないのが不気味ね。表情がわからないのが一番気味が悪いのよ。こんなんじゃ、トレーナーとのきずなも結べないわね。はっきり言って、だめだめなテイストよ。その子は早くとっ換えた方がいいわ」
「そんなことより、早くポケモンを出したらどう?バトルが始められないわ」
自分のテイスティングを「そんなこと」呼ばわりされ、カベルネがむっと不機嫌な表情になる。
しかし、バトルが始められないのは事実である。
「行くのよ、メブキジカ!」
カベルネがメブキジカを繰り出す。
主人であるカベルネの影響を受けてか、頭に血が上っているのが見て取れた。
鼻息が荒く、所作も荒っぽい。
「メブキジカ!ウッドホーンでさっさと決めちゃいなさい!」
「高速スピンでかわすのよ!」
バトルが始まった。
即座に出されたカベルネの指示に、カスミが交わすように指示を出す。
攻撃をかわされたのにいら立ったカベルネが、荒々しく言った。
「ちょこまかとうざったいわねぇ!二度蹴りで動きを止めるのよ!」
「そのままハイドロポンプ!」
「メブー!!」
「メブキジカ!!」
くるくると回るヒトデマンの動きを止めようと、カベルネが指示を出した。
しかし、その攻撃が決まることはなく、後から技を出したはずのヒトデマンが先制を取り、技が決まった。
高速スピンの遠心力を利用し、威力のさらに上がったハイドロポンプはメブキジカの体力を大幅に奪った。
効果の薄い水タイプの技でこれほどのダメージを負うことになるとは思っていなかったのだろう。カベルネに焦りが生じる。
「め、メブキジカ!二度げ・・・いや、ウッドホーンよ!」
「とどめのスピードスター!」
「メブー!!!」
二度蹴りでは、先ほどのように先制されると考えたのだろう。二度蹴りでは遅いと判断したカベルネが指示を切り替える。
しかし、カスミがそのすきを見逃すはずもなく、とどめの一撃が決まった。
「メブキジカ!!」
「メブキジカ、戦闘不能!よって、勝者カスミ!」
メブキジカが負けたことに呆然とするカベルネ。
カスミがヒトデマンをボールに戻す音で意識を取り戻した。
「な、何で・・・!?確かにハイドロポンプの威力は高いけど、それでも草タイプには効果はいま一つのはずよ!一体何をしたの!?」
「高速スピンの回転を利用して威力を上げたのよ。もともと威力の高いハイドロポンプの威力がさらに上がれば、相性の悪い草タイプにもダメージを与えられるわ。たったそれだけの話よ」
「・・・っ」
カベルネが言葉に詰まる。悔しげに唇をかみしめた。言われて気づいたのだ。
ただ普通に技を放つよりも、円の動きを利用した方が、確実に威力が上がる。
それはピストルが証明してくれている。
また、円の動くは相手の技をいなすのにも効果的だ。
「・・・あなた、少し焦ってるんじゃない?さっきから話を聞いていればデントデントって・・・。あなたは彼に勝つことばかり考えて、自分を見てないわ。そして、彼以外の周りのことも。だから何故私が勝ったのかもわからなかった。あなたは知る必要があるのよ。自分が今、どれだけの実力を持っていて、これからどうしていくべきか」
「私は十分な実力を持っているわ!あなたに負けたのは、初めてみるポケモンが初めてみる戦術を使っていたからよ!」
「じゃあ、あなたの敗因は勉強不足ね」
カスミの諭すような言葉に、カベルネが食い下がる。
しかし、カスミはカベルネの言い分をバッサリと切り捨てた。
口調こそ穏やかだったものの、その目は冷え切っている。
それに気付いて、カベルネがびくりと肩を震わせた。
「私はソムリエがそんな職業科、そこまで詳しくは知らないけど、1つだけ気付いたことがあるわ」
「・・・な、何よ」
「何かが足りない職業だってことよ」
不安げな表情を一変させ、カベルネの顔が怒りをかたどる。
「何が足りてないっていうのよ!」
「確かにそれは聞き捨てならないな」
自分の職業を蔑まれ、カベルネとデントがカスミに厳しい視線を向ける。
カスミは冷たい目のまま続けた。
「だってそうでしょう?ポケモンとそのトレーナーを一目見て、一体何がわかるの?」
「「!!」」
カスミが吐き出した言葉に、カベルネとデントが目を見開く。
言い返そうにも、その言葉は、先ほど、デントによって証明されている。
言い返せるはずもない。
カスミの冷ややかな緑の目に、うっすらと影がさした。
「一目見て何もかもわかったような振りして勝手なこと言わないで。一目見て決めるんじゃなくて、全部を見て、全部をテイスティングしてほしいの。たった一言で自分とパートナーの関係を終わらせてほしくない。そんなの悲しいだけよ。あなたたちだってそうでしょう・・・?」
2人は何も言えない。2人とも、表情が暗く、沈んでいる。
けれども、カベルネが反論した。
「私は・・・私は間違っていないわ!」
「・・・どうしてそんなことが言えるの?」
「それは・・・それは私が優秀なソムリエだからよ!」
プライドの高いカベルネは図星をさされ、苛立っているのだろう。口調が荒い。
カスミは肩をすくめた。
「前にあなたと同じことを言っていたトレーナーがいたわ」
そう言ってカスミはシンジを見つめた。目のあったシンジは眼を伏せて、小さくうなずいた。
「・・・本当は言いたくなかったんだけど・・・シンジの額のけがには、ソムリエがかかわってきてるの」