そんなのは建前で
「ドーダ」
ドダイトスがシンジの元へ向かう。勝利したにもかかわらず、その顔はどこか不満げだ。
「悪かったな、勝手に賭けに使って」
「ドーダ、」
まったくだ、と言わんばかりに手を甘噛みされる。
それに、シンジは少し驚いたような表情をしていた。
手を甘噛みするのは、ドダイトスがナエトルのころから持っていた癖である。甘えたいときや拗ねた時など、何か不満があるときに行う癖で、ハヤシガメに進化するころには直したものだ。
ドダイトスになった今、その癖を見ることになるとは思わず驚いたものの、彼にしかわからないほどに小さく笑って、ドダイトスの額にポンと手を置いた。
それに機嫌を直したらしいドダイトスは、シンジの手をそっと離した。
「シンジちゃん」
エンブオーをボールに戻し、ベルがシンジに駆け寄る。
シンジがドダイトスの額から手を離し、ベルに向き直った。
「ありがとう」
ぺこりと頭を下げ、ベルが笑顔で言う。
それに驚くも、シンジはすぐにいたって普段通りに言った。
「礼を言われる筋合いはない」
「それでもありがとう。シンジちゃんが教えてくれなかったら、私きっとエンブオーたちに嫌われてたもの。そんなことにならなくて、本当に良かった」
「・・・ふん」
シンジがそっぽを向く。
不思議に思ったベルがシンジの顔を見ると、その目元がほんのりと色づいていることがうかがえた。
先ほどまで容赦のない非情なバトルをしていたトレーナーと同一人物とは思えず、ベルが笑った。
「あ、そういえば、約束だったよね。負けたら勝った方のいうこと聞くって。シンジちゃんは私に何をしてほしい?私にできることなら何でもするよ?」
「その呼び方をやめろ」
「え?」
「その呼び方をやめろと言っている」
ベルがぱちぱちと目を瞬かせ、それからポンと手のひらを打った。
「シンジちゃん呼びのことね!可愛いのに嫌なの?」
「やめろ、可愛くない」
「えー、可愛いのにー・・・」
「約束をたがえる気か?」
「はーい。でも、私、呼び捨てって苦手で・・・」
「慣れろ」
「あだ名とかは・・・」
「断る」
むうとベルが拗ねたように頬を膨らませる。
シンジが折れることはなさそうだと悟り、ベルは笑顔で言った。
「じゃあ、シンジね!」
それでいいというようにシンジがうなずくと、ベルは嬉しそうに笑う。
「ふふふ、シンジって可愛いのね」
「は?」
「だって、ちゃんづけが苦手なんでしょ?」
にこにことベルが笑っている。微笑ましいというような笑みに、シンジが思わず目をそらす。
目をそらした先ではサトシが可愛いなーというように笑っている。
いたたまれずに視線を落とせば、ドダイトスにまで温かい目で見られていおり、シンジは思わず顔を覆った。
「よーし!次は俺とシンジだ!」
シンジの周りに漂う微妙な空気を払しょくさせるように、コテツが言った。
普段なら空気の読めないやつだと顔をしかめるところだが、今のシンジにはこの空気を壊してくれるコテツの存在がありがたかった。
「お前か」
「俺じゃ不満か?言っとくけど、俺はサトシより強いぜ!」
満面の笑みでそう告げるコテツに、カスミが顔をしかめる。
サトシは苦笑しているが、肩に乗るピカチュウも不満げだ。
「・・・お前は確か、イッシュリーグでベスト4に入った奴だな。リーグ戦はイッシュリーグが初めてか?」
「おう!」
「そうか・・・」
声が、若干低くなっている。
ちらりとサトシに向けられた視線の鋭いこと。向けられたサトシは、思わず震えた。
「え、えーと、とりあえず行くぜ?シンジVSコテツ!試合開始!」
サトシが高らかに宣言する。シンジがその声を合図にボールを放つ。
「リングマ、バトルスタンバイ!」
「リングマが相手か・・・。むむむ・・・ひらめいた!」
シンジが出したリングマを見て、コテツがバンダナを引っ張りながら悩む。
いいひらめきが出たのか、ばちりとバンダナで額を打つ。
「いけっ!ルカリオ!!」
「バウ!!」
「ちょーっと大人げないけど、バトルはやっぱ、相性が大事だからな!」
「ぬかせ」
明らかな格下宣言に、シンジが苛立ったように言った。しかし、得意げなコテツには聞こえていないのか、余裕の笑みを浮かべている。
「ルカリオ!波導弾!」
「切り裂け」
ルカリオの波導弾がリングマへと向かう。
波導弾は必中技だ。避けることはできない。
ならば、相殺すればいい。
リングマはシンジの指示に従い、波導弾を切り裂いた。
「何っ!?じゃあ、今度は近づいてはっけいだ!」
「地面に向かってアームハンマー!」
素早さはルカリオの方が上のようだった。
攻撃力や防御力はおそらくこちらが上だが、ノーマルタイプのリングマに、格闘タイプの技は効果は抜群だ。
地面に向かって放ったアームハンマーが地面を砕き、大きな亀裂を作った。
バランスを崩させ、技を発動させないようためだろうと、サトシはルカリオを見やった。
「バウッ!?」
ルカリオはバランスを崩し、片膝をつく。
地面が割れた衝撃が残っているのか、ルカリオはなかなか立ち上がることができない。
「リングマ、アームハンマー!」
「っ!!避けろ、ルカリオ!!」
シンジの指示に、コテツが慌ててよけるように指示を出すが、遅かった。
リングマがルカリオに拳を振り下ろした。
「バウウ!!!」
「ルカリオ!!!」
地面にたたきつけられたルカリオは、そのまま目を回していた。
ルカリオが起き上らないことを確認して、サトシが宣言した。
「ルカリオ戦闘不能!よって、勝者シンジ!」
サトシの声に、シンジがリングマに近寄る。
彼の背中をポンとたたき、一言、
「よくやった」
とだけ言った。
「グオオオオオオオ!!!」
リングマは喜びの方向を上げ、シンジの出したボールの中へと戻っていく。
「そ、そんな・・・ルカリオが、俺が、負けた・・・?」
地面に手をつくコテツにシンジが呆れたように肩をすくめ、彼のそばに歩み寄った。
彼女の影がかかり、彼女がそばに立ったことに気付き、コテツがシンジを見上げた。
絶望の色をはらんだコテツに、シンジは冷たく言い放った。
「頭にのるな」
一言。
シンジは一度口を閉じてから、それからまた言い放った。
「貴様は初のリーグ戦でベスト4に入って天狗になりポケモンたちの力を自分の力だと勘違いしている。そうして相手を侮り、侮辱し、負けた。すべての敗因は貴様だ」
「ぶ、侮辱だなんてそんな・・・!」
シンジの言葉にコテツが口を開きかけるが、悔しそうに唇をかみしめて押し黙った。
それから少しの沈黙ののち、ゆっくりとコテツが口を開いた。
「ぶじょく、してたかもしれない・・・」
ぽつりとつぶやかれた言葉をきっかけに、コテツは関を切ったかのように話し始めた。
「俺、リーグでベスト4に入れたのが嬉しくて、自分は強いんだって思ってた。バトルしても、自分の方が強いんだって、いつも心のどこかで思ってた・・・。サトシのことも、シンジのことも、見下してた・・・!俺、最低だ・・・!」
再びうつむき、拳を強く握るコテツ。
シンジは片膝をつき、そっと声をかけた。
「間違えたなら正せばいい」
「・・・え?」
「間違えない人間などいない。間違えたのなら、そこから学び、やり直せばいい。お前は気付けたのだから、正せるだろう、自分の間違いを」
「シンジ・・・」
それだけ言って、シンジは立ち上がる。
コテツはどこか呆然としていた。が、徐々に口角が持ち上がり、ついには満面の笑みを浮かべた。
「シンジ!気付かせてくれてありがとな!」
「・・・別に、私の腹が立っただけだ」
「それでもありがとな!」
「・・・ふん」
ごめんな~と言いながら、コテツがルカリオの頭をなでまわす。嫌がるそぶりは見せず、ルカリオはむしろ嬉しそうだ。
そんな様子に、シンジは口元を緩め、サトシは笑みをこぼした。
サトシの優しい笑みの、シンジとカスミが安堵の笑みを漏らしたのは、ここだけの話。