そんなのは建前で
翌日のことである。ポケモンセンターの裏手にあるバトルフィールドにて。
サトシたちがフィールドに出るころ、時を同じくして、シューティーたちも外に出てきていた。
「ほぅ、全員来たのか」
「ま、こなきゃただの口先だけのトレーナーになり下がっちゃうから、当然と言えば当然なんだけどね」
いっそあくどいほどにニヒルな笑みを浮かべたシンジに、冷めたような表情をしているカスミ。そんな少女2人に、サトシは冷や汗をかきながらも苦笑していた。
「それより、あんた、大丈夫なの?」
そう言って、カスミはシンジの額に目を向ける。真新しい白い包帯は、今朝ジョーイが巻いてくれたものである。
「問題ない。ジョーイさんにも許可はもらっている」
「本当に大丈夫なんだな?」
「しつこいぞ。問題ないと言っているだろう、心配するな」
ため息をつくシンジの頬に、サトシが手を添える。
目を伏せていたシンジが、ぱちりと目をあけて、サトシを見る。
サトシは眉を寄せ、不安げにその瞳を揺らしていた。
「心配するなっていうのは、無理だから」
「・・・っ!」
シンジが、慌てて眼をそらす。
その頬は、心なしか赤い。
一連の動作を見ていたカスミは、微笑ましくもいたたまれない気持ちでいた。カスミの隣に移動していたピカチュウも、それは同じである。
家族でドラマを見ていたときにラブシーンに突入してしまった時の居た堪れなさを感じていた。
兄弟姉妹や友人に目の前でいちゃつかれては、居た堪れない上に反応に困る。こういうときは空気になるのに限る。
同じく一連の光景を見ていたイッシュ組は、何度も目を瞬かせていた。
「・・・何か、雰囲気甘くない?」
「いやでも、男同士だぜ?」
「ライバルって言ってたし、仲が良すぎるだけよ、多分・・・」
こそこそと話していたラングレーたちの声は、どうやらサトシには聞こえていたらしい。サトシは首をかしげて言った。
「何言ってるんだ?シンジは女の子だぜ?」
その瞬間、イッシュ組の時が止まり、一瞬ののち、絶叫が上がった。
「えええええええええええええええええええええ!!?!?」
「女の子おおおおおおおおおおお!!?」
「う、うそ!全然気付かなかった・・・!」
シンジを見つめ、呆然とするイッシュのトレーナー。
シンジはその視線から目をそらし、肩をすくめた。
「何でわからないんだろうな?こんなかわいいのに」
「お前だって、判らなかっただろうが」
「う゛っ・・・」
言葉に詰まるサトシに呆れたように溜息をつく。それを見て、カスミも呆れたように首を振った。
「はいはい、のろけはその辺にしなさい。それより、バトルするんでしょ?」
「ああ」
「あ、じゃあ俺が審判をするから」
「よろしく」
カスミの言葉に意識を切り替える。
今日バトルを行わないサトシが、審判を買って出る。
サトシの言葉にうなずきながら、カスミはデントたちを見やった。
「それで、私とシンジ、どっちとバトルするかは決まってるの?」
「昨日のうちに決めておいたよ」
「じゃあ、1番手は?」
「はーい!まずは私!シンジく・・・じゃなくて、シンジちゃんでお願い!」
カスミの問いに答えたのはデント。
1番手はすでにハイテンションのベルのようだ。
対戦相手であるシンジは、慣れない呼び方に悪寒を感じていた。
「その呼び方をやめろ」
「えー?何で?可愛いでしょ?」
「・・・」
それはない、と言おうとしたが、本気で疑問に思っているらしいベルを見て、もういいとシンジがあきらめ、首を振る。
女の子らしい扱いが苦手なのは相変わらずだなーと、サトシとカスミが苦笑した。
「とりあえず、始めるぞ?準備はいいか?」
「もちろんよ!」
「ああ」
「じゃあ行くぞ?シンジVSベル!試合開始!」
サトシの合図に2人がボールを放つ。
先に投げたベルのポケモンが姿を現す。
「行くのよ、エンブオー!」
「ブオオオオオオオオ!!!」
現れたのは、ベルのエースポケモン・エンブオーだった。
いかつい巨体に燃え盛る炎。鋭い目はどこまでもまっすぐで、とてもベルに似ていた。
それに対してシンジが選んだポケモンは――
「ドダイトス、バトルスタンバイ!」
「ドダアアアアアアアア!!!」
シンジの相棒とも呼べる存在、ドダイトスだった。
いつもは冷静でおとなしいドダイトスだが、今回は違う。ボールから出てきた瞬間、怒気をまとわせた激しい咆哮を放った。
それを見て、サトシとピカチュウは、思わず目を見開く。
どれだけサトシとシンジが言い争っていても、いつも静観していたドダイトスが、これほどの怒りをあらわにし、声を荒げるとは思わなかったのだ。
昨日自分と戦った時はいつもと変わらなかったはず、と、そこまで考えて、その理由を察した。
シンジの額の怪我――彼の主たるシンジを傷つけたトレーナーと同じ、イッシュの人間に、牙をむいているのだ、と。
そんなドダイトスの激しい怒りには気づかずに、イッシュのトレーナーたちは口々にドダイトスの評価を始めた。
「炎タイプのエンブオーに草タイプを出すなんておかしいわよ。やっぱり、サトシのライバルも子供ね。口だけは達者なんだから」
「炎タイプを相手に草タイプを出すなんて基本がなってないね。勝敗は決まったようなものじゃないか」
「アンビリーバボー!まさかドダイトスをこの目で見れる日が来ようとは・・・!」
「ふん、見かけ倒しね。同じ重量級同士でも、エンブオーの方が素早そう。鈍足なうえに相性最悪な草タイプ。勝ち目はないわね」
などと評価されているが、ドダイトスの耳には全く入っていない。
シンジも怒りを通り越し、呆れかえっている始末だ。
むしろそんな評価に怒りをあらわにしたのはサトシとカスミの方で、お前たちが怒ってどうする、と視線で訴えれば、だって!と反論するような視線を返された。
それにため息をついて対戦相手を見やれば、彼女はやたらとキラキラした目でドダイトスを見つめていた。
例のアレか、とわかった時には、シンジの視線はベルの視線とぶつかっていた。
「この子、ドダイトスちゃんっていうのね!おっきくて強そう!ねねっ、私のポケモンと交換しない?」
「断る」
「えー!ケチー!!」
「うるさい。今はバトル中だぞ」
間髪いれずに断れば、ベルは不満げに頬を膨らませる。そして、何かをひらめいたらしく、顔が明るく輝く。
「じゃあ、勝った方が負けた方にひとつだけ命令できるっていうのはどう?」
めちゃくちゃである。しかしベルは名案だ、とばかりに自慢げだ。
周りにいたシューティーたちでさえ呆れている。
「ことわ・・・いや、いいだろう」
もちろん断るだろうと思っていたサトシたちが目を見開く。
提案したベルでさえも、一瞬驚いていた。しかし彼女はすぐに嬉しそうに笑った。
「やったぁ!絶対だからね?」
「ああ」
「え、えっと・・・じゃあ、もう一回行くぞ?試合開始!」
サトシがもう一度、試合開始の合図を出した。
「エンブオー!ニトロチャージ!」
「ブオオオオオオオオオ!!」
その場で地面を強く蹴り、ドダイトスに向かって突進する。燃え盛る炎は草タイプには天敵。
しかし、シンジは言った。
「受け止めろ」
その指示に、ドダイトスが足に力を入れ、踏ん張りをかける。エンブオーの突進の衝撃はすさまじいものだったが、何とか耐え、その場にとどまった。
しかし、炎がドダイトスに襲いかかる。
「やったぁ!これで私の勝ちね!」
「それはどうだろうな?」
「え?」
エンブオーが距離を取るために離れると、ドダイトスはほぼ無傷の状態で、そこにいた。
至って平然とするその姿に、ベルは多いに驚いた。
「えっ!?う、うそ・・・!え、エンブオー!アームハンマー!」
「遅い。ハードプラント!」
太い茨がエンブオーに襲いかかる。技を発動させようとしていた無防備な状態のエンブオーは、技をよけることも防御することもできずにハードプラントの餌食になった。
「ブオオオオオオオオオオ!!」
「エンブオー!」
エンブオーは地面にたたきつけられる。
立ち上がろうと必死にもがいているが、たちあがり切る前に、ひざから崩れ落ちてしまう。
エンブオーのダメージは計り知れない。
けれども、これは勝負。情けも容赦も必要ない。
シンジは表情一つ変えずに、冷然と言った。
「リーフストームでとどめだ」
「ドダアアアアアア!!!」
無数の刃がエンブオーを飲み込んでいく。葉はエンブオーを取り囲み、彼の体を傷つけていく。
最初は耐えていたエンブオーだが、やがて体力が尽きたのか、力なくその場に倒れてしまった。
「エンブオー!」
「エンブオー戦闘不能!よって、勝者シンジ!」
サトシの高らかな声を聞き、ベルがその場に座り込む。
がっくりと肩を落とし、深い息を吐いた。
「あああ・・・負けちゃった・・・」
そう呟いて、ベルは立ち上がる。
倒れているエンブオーのそばに膝をつき、彼の体をそっとなでた。
「ありがとう、エンブオー」
「ブオオ・・・」
「あーあ、せっかく交換してもらえると思ったのになぁ・・・」
ベルが残念そうにつぶやく。その落胆ぶりは目に見えるもので、エンブオーが目を伏せる。
その姿はバトルで負けた悔しさを耐えているようにも、悲しみに耐えるようにも見えた。
それを見てシンジは思わずため息をついた。
「お前にとって、ポケモンとは何だ?交換のための道具か?」
「っ!!違うわ!私の友達よ!」
「ならなぜ、お前が交換しろというたびに、ものみたいに扱われるたびに、そいつらが傷ついているのがわからない」
シンジの言葉にベルがエンブオーを見る。
彼は気まずそうに眼を伏せ、視線をそらした。
ベルは鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。
「そ、そんな・・・!だってみんな何も言わなかったし・・・!」
「お前に呆れているだけじゃないのか?何を言っても無駄だと」
「・・・っ!!」
傷ついたような表情をするベルを見て、シンジは肩をすくめた。
「・・・たしかお前、親に旅に出ることを許されていなかったんだろう?」
「・・・うん」
「旅に出る許可はもうもらったんだろう?」
「う、うん」
「なら、もうどこへでも行けるはずだ。うらやむばかりの時間はもう終わった。交換したいなどと言っている暇があったら、交換したいと思ったポケモンよりも、すごいポケモンをゲットしに行け。お前を縛るものは、もう何もないのだから」
「・・・!」
シンジの言葉に思うところがあったのだろう。ベルがはっと目を見開く。
「そっか・・・。私、うらやましかっただけだったんだ・・・」
そう呟いて、ベルは唇をかみしめる。
そして、心配そうに顔を覗き込むエンブオーを、ギュッと抱きしめた。
「ブオ・・・?」
「ごめんね、エンブオー。私、あなたたちにひどいことして、たくさん傷つけちゃったよね・・・?ホントにごねんね・・・?」
「ブオ」
ベルはどうやら泣いているらしく、声が震えていた。
エンブオーも、わずかに涙をため、ベルに甘えるように擦り寄った。それから、ポンポンとベルの背中を叩く。元気を出して、と言っているようで、ベルが涙をぬぐい、強くうなずいた。
そして、いつもの調子を取り戻したベルが、張り切って言った。
「よーし!イッシュを全部回ったら、まずはシンオウ化カントーに行こうっと!」
「ブオオ!!」
いつもの明るく元気なベルに戻ったのを見て、サトシが嬉しそうに笑った。
そんなサトシを見て、シンジとカスミも、優しげに微笑むのだった。
「嘘・・・、ベルのエンブオーがあんなに簡単に負けるなんて・・・」
アイリスが、呆然とつぶやく。
ベルのエンブオーは決して弱くない。ベル自信が推して押して押しまくる戦法を取るが故、カウンター合いやすいが、その攻撃力は一撃必殺の武器になる。
その攻撃に耐え、勝利を収めてしまったことが、信じられないのだ。
「ま、まぐれだ!相性の悪い草タイプが勝つなんて!」
「そ、そうよ!当たりどころがよかったのよ!」
信じられないというような表情で、基本に忠実を地で行くシューティーとカベルネは声を上げた。
そんな様子を、カスミは冷めた目で見つめていた。
「(本当にそう思っているのなら、こいつらのレベルは相当低いわね・・・)」
彼女の考えていることが分かったのか、ルリリが小さくうなずいた。