そんなのは建前で
サトシとシンジは、ポケモンセンターを出て、裏手のバトルフィールドに向かった。
いつもはにぎわっているバトルフィールドには、人っ子ひとりいない。
シンジはカスミに渡されたまま、ピカチュウを抱え、無言でフィールドに入る。
サトシは表情の険しいシンジの後について、同じようにフィールドに入った。
シンジは抱えていたピカチュウをその場に降ろし、サトシに向き直る。
シンジの鋭い視線に、サトシの肩がびくりと震えた。
「貴様・・・不調のままポケモンと接していたな?」
「・・・っ!」
指摘されたくないことを指摘され、サトシは思わず口ごもる。
反論すらしないサトシに、シンジは舌打ちをし、サトシの胸倉につかみかかった。
「ポケモンはトレーナーに影響される。トレーナーが不調の状態でポケモンが成長できると思うな」
本気の怒りをたたえた、低い声。
怒りに満ちたその瞳は、普段に比べて一段と鋭い。
「お前のことだから、いつもの調子で”がんばろう”などとぬるいことをぬかしてきたんだろうが、不調続きでまともにポケモンの力を引き出せていないお前が言っても何の説得力もない。むしろポケモンに失礼だと思わないのか!」
「そんなことない!俺は・・・っ」
「ならなぜ、いつまでたってもピカチュウの実力が戻らない!」
「っ!!!」
珍しくシンジが声を荒げ、サトシに詰め寄る。
サトシも反論するが、たたみかけられ、言葉も出ない。
先ほど彼女が言ったように、ポケモンはトレーナーに影響される。
そのことを知っていながら、万全でない状態でポケモンに接していたことに、シンジは憤りを感じているのである。
彼女はトレーナーとしてのプライドが高い。
その分、自分に厳しく、努力を怠らない。
しかし、彼女は他人にも厳しく、特にライバルであるサトシともなれば、なおさらである。
言葉の出ないサトシに舌打ちし、胸倉をつかんでいた手を離した。
「原因は分かっている。お前も薄々は気付いていたんじゃないか?原因はイッシュのトレーナーだと、」
「っっっ!!!そんなこと・・・!!!」
ない、と即座に断言できなかった。
そのことに絶望したような顔をして、サトシは押し黙る。
そんなサトシを見て、シンジが呆れたように溜息をついた。
「・・・お前は逆境に立ってこそ、実力を発揮する。事実として、お前は対して強くもないトレーナーに負けた。それはお前の不調とイッシュのトレーナーのレベルの低さに他ならない」
「なっ・・・」
イッシュのトレーナーが弱いと断言するシンジにサトシが目を見開く。
そのことに怒りを感じたが、それ以上に、反論できない自分に腹が立った。
「お前は私にどこまでも食らいついてきたな。顔を合わせるたびに口論もした。それはお前が私に負けたくないと思ったからだろう。私もそうだった。負けたくないと思えるライバルがいたからこそ、私もお前もここまで強くなれた。しかし、今回の貴様はどうだ?お前はあいつらに勝ちたいと思っているのか?自分の実力を認めさせたいという気はあるのか?お前はあきらめてしまっているんじゃないのか?あいつらとわかりあうことを」
「・・・っ!!!」
イッシュに来て、ピカチュウの突然の不調。それに加え、今までの仲間が呼べないという孤独感。文化や考え方の違い。
それがストレスになっていることにサトシは気付いていた。
様々な要因と要因とが重なり、不調のままポケモンと接していたのも事実だ。
それがよくないことも、ちゃんと分かっていた。
けれども、ポケモンたちと触れ合っていなかったら、孤独感に押しつぶされてしまいそうで、不安だったのだ。
「シンジ・・・」
「・・・何だ」
「俺・・・弱音はいても、いいかなぁ?」
「・・・言いたいことはまだあるが、まァ聞いてやらんこともない」
半分泣きそうになっているサトシにシンジは肩をすくめた。
サトシの帽子を取り、ポンポンと軽く頭をなでれば、サトシはシンジに抱きついた。
その時、取り落とした帽子は、ピカチュウがキャッチして、自分の頭にかぶせていた。
「俺さ、シンジの言う通り、あきらめてたんだ、あいつらとわかりあうことを。シンジはさ、俺の話をちゃんと聞いてくれて、最後はちゃんと分かってくれた。でもあいつらは、分かろうって努力もしてくれないんだ。それが悔しくて仕方なかった・・・」
肩口に顔を埋めながら話すサトシの声は低くくぐもっていた。
泣いてはいないだろうが、背に回された手は少しだけ震えていた。
「バトルしようって言っても、俺じゃ実力不足だって、全然バトルしてくれないし、旅の仲間だって、俺とのバトルを避けるんだ。最近はロケット団もあんまり来ないから、今までのポケモンたちと比べると、圧倒的な経験不足だってことはわかってるんだけど、実力不足って言われたのはちょっとこたえたなぁ・・・」
「その結果が、あの単調な動きと生ぬるい指示、というわけか」
「うん・・・」
「ふん、お前は相変わらずぬるいな」
シンジが自身の腕をサトシの背中に回し、軽く服をひく。
サトシがゆっくりとした動作でシンジを離せば、彼女はまっすぐにサトシを見つめた。
「お前は新人とバトルした時、ピカチュウの不調に気付き、勝たなければならなかった。新人トレーナーを導くのは、先輩トレーナーとしての一つの義務だ。お前にもいただろう、間違いを正してくれる人間が、」
その言葉に、サトシは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
自分にはタケシやカスミ、シゲルにオーキド、間違った方向に進もうろするのを糺してくれる人間がたくさんいたことを思い出したのだ。
「お前は新人の間違いを正さなくてはいけなかったんだ。しかしお前は間違いを正すことをあきらめてしまっている。そんなお前がわかってもらえなくて悔しいだなんていう資格はない!」
「シン、」
「信じることがお前の最大の長所だろう!何故、わかりあえると信じてぶつからなった!私の時のように!!」
「・・・!」
「私の知ってるサトシは、信じることをあきらめてしまうような、そんな不抜けた男ではない!!!」
「シンジ・・・」
彼女は気付いているのだろうか。
傷ついたような、裏切られたような、悲痛な表情をしていることに。
そんなシンジの表情を見て、サトシが強く拳を握る。
泣きそうなのを我慢して、握られた拳は震えていた。
「シンジ、ごめん。俺、馬鹿だ。ホント、大馬鹿だ」
「まったくだ」
「俺・・・自分を見失ってた気がする」
「気がするのではなく、そうなんだろうが」
「相変わらずいたいとこつくなぁ・・・」
「ふん、」
言いたかったことをすべて吐き出したシンジは、いつもの調子を取り戻したようだった。
今まだ浮かべていた表情が消えさり、不機嫌そうに眉を寄せている。
そのいつもの調子で、痛いところをつかれたサトシは苦笑して、それからつきものが落ちたようなすがすがしい表情で笑った。
「・・・シンジ、俺とバトルしてくれないか?」
「断る」
「ええ!?」
「不抜けた貴様が育てたポケモンなど、たかが知れている」
「何だと!?」
自分のポケモンをけなされ、反論しようとしたサトシの目の前に拳がつきだされる。
その手にはボールが握られており、そのボールの傷み具合には見覚えがあった。
「こいつは・・・!」
「貴様のポケモンはこちらで用意した。今の言葉を取り消してほしかったら、私と戦ってさっさと自分を取り戻せ。そしてイッシュでゲットしたポケモンごと、その不抜けた根性をたたきなおして来い!」
シンジの言葉に連動するように、手の中のボールがカタカタと揺れる。
全部で5つのボールが手渡され、そのどれもがボールから出されてるのを、今か今かと待ち望んでいるのが伝わってくる。
「ぴかっちゅ!」
ピカチュウが肩に乗り、帽子をかぶせる。
懐かしい仲間たちとの再会。ライバルとの熱いバトル。
サトシが自分を取り戻すのに、これ以上のものはいらなかった。
「・・・わかったよ。イッシュのポケモンを鍛えなおして、お前にバトルを挑む。そして俺が勝って、イッシュでゲットしたポケモンたちが決して弱くないってことを思い知らせてやる!」
「ふっ・・・やはりお前はそうでなくてはな」
「行くぞ!」 「来い!」
「ゴウカザル、君に決めた!」 「エレキブル、バトルスタンバイ!」