そんなのは建前で






「ねぇねぇ、カントーにはどんなポケモンがいるの?ドラゴンタイプは持ってる?」
「きゃー、かわいい!ねねっ、私のポケモンと交換しない?」


サトシとシンジを見送り、その場に残ったカスミはイッシュのトレーナーたちから質問攻めにされていた。


「えーと、この子はホウエンで生息が確認されている子よ。この子の進化系ならカントーやジョウトにもいるわ。あと、私はポケモンを交換する気はないの。私はこの子たちが大好きだから」


カタカタと揺れるボールとカスミに擦り寄るルリリ。
自分もカスミが大好きだよ、と言っているようで、その仲の良さがうかがえる。

交換を断られたベルは不満げだが、丁寧に答えを返してくれたことに満足したアイリスは上機嫌でルリリの頭をなでている。


「あんたもトレーナーなら、そのこ以外にもポケモンを持ってるんでしょ?私がテイスティングしてあげるわ」
「格闘タイプがいたら俺に見せてくれよ!」
「私もドラゴンタイプがいたら見せてほしいな」
「そういえば、昔の旅仲間と言っていたけど、カントーを一緒に回ったのかい?」
「こいつちっちぇえなぁ、うりうり」


カベルネたちが質問を重ね、コテツがルリリの頬をつつく。
くすぐったそうにしているが嫌がっているそぶりは見せず、楽しそうである。


「えーと、まず私は格闘タイプを持ってないの。ドラゴンタイプのポケモンは持ってるけど、こっちに来て酷い目に会ったから、今は出してあげられないのよ。本当はこの子もボールの中に入れてあげたいんだけど、私のことを心配して外に出てくれてるの。だからテイスティングも遠慮しておくわ」


そういえば、ケニヤンは持ってないなら仕方ないなーと苦笑しながら肩を落とした。
隣に立つラングレーも眉を下げて大人しくひき下がった。
しかし、カベルネとアイリスは逆にこちらに詰め寄ってくる。


「何よ!私のテイスティングを断るっていうの!?」
「ドラゴンタイプを持ってるんでしょ!?大丈夫、私、ドラゴンタイプと心を通わせるのが得意なの!だから、ちょっとだけ、ね?」


何なのこの子たちは。
思わずカスミが顔をしかめる。
そんな様子を見て、ラングレーが動いた。


「やめなさいよ、カベルネ、アイリスの子供」
「それを言うなら子供のアイリスでしょ!それに、珍しいドラゴンタイプが見れるのよ?これを放っておく手はないわ!」
「あんた、シンジって人が包帯巻いてたの見たでしょ?多分あれが原因よ」
「あ・・・」
「包帯を巻かなきゃいけないほどの目にあったってことは、相当ひどい目にあったってことよ。そうでしょう?」


ラングレーの言葉に、カスミは嬉しそうに微笑む。
けれど、それと同時に悲しそうでもあった。
この子がサトシの旅仲間だったらよかったのに。
そんな思考を振り払うように、カスミはゆっくりとうなずいた。


「ええ、そうなの。だからボールから出すといきなり攻撃してくるかもしれないくらいに気が立ってるの。だから、また今度にしてくれる?」
「わかったわ・・・」
「そ、それなら仕方ないわね」


しぶしぶながら2人が引き下がる。
それに少しだけほっとして、ラングレーに向き直る。


「ありがとう、えっと、ラングレーよね」
「ええ。どういたしまして」


にこりと笑えば、相手もにこりと笑う。
そんな些細なことすらも久しぶりな気がして、思わずほうと息を吐く。


「なぁなぁ、こいつなんて言うんだ?」
「え?」


ルリリの頬に障っていたコテツが唐突に訪ねてきた。
人懐っこい笑みを浮かべる少年だ。


「あ、ああ・・・。ルリリよ、ルリリ」
「へぇ、こいつルリリっていうのか。可愛いけど、こいつバトルできんのか?」
「おいおい、見た目で判断すると、痛い目見るぞ」
「えー、でも進化してないんだろ、こいつ。何か攻撃力なさそうだし」
「進化してなくても強いポケモンはたくさんいるだろ?」
「そうかなぁ?」


カスミは無意識にルリリを抱く腕に力を込めた。
イッシュはこんなんばっかか!想怒鳴りそうになったが、ここは我慢だ。
ケニヤンやラングレーのようなトレーナーもいるのだから、イッシュだって捨てたもんじゃない。

と、その時、ぱしゃりというシャッター音とフラッシュがたかれ、驚いて目をつぶる。
音と光に驚いたルリリが、その音の源に向かって、水鉄砲を放った。


「うわっ!?何するんだ!!」


そう叫んだのはカメラを構えたシューティーという少年だった。
ついに耐えきれなくなったカスミが、つかつかとシューティーに近寄る。


「何するんだ、はこっちのセリフよ!私言ったわよね?この子たちはひどい目に会ったから気が立ってるって!それなのに、声もかけずに写真なんか撮ったらびっくりするに決まってるじゃない!それに何なの?写真を撮るのに許可を取らないなんて、あなた常識ないんじゃないの!?」
「だからって攻撃することはないだろう!?」
「なぁに?自分が悪いのに謝ることもできないの?私はちゃんと忠告したわ。それを無視して驚かせたのはあなたでしょ?私、間違ってこと言ってるかしら?」
「・・・っ」


言い返せなかったのか、シューティーが踵を返す。
謝ることもせずに逃げるように背を向ける様の何と情けないことか!
カスミは怒りを通り越してあきれを覚えた。


「そうやって逃げるのね、情けない」


その言葉にシューティーが足を止めたが、謝る気配はない。


「もういいわ。で、カントーを一緒に回ったのか、だったわね。正確にはカントー、ジョウト、オレンジ諸島を一緒に回ったわ」
「えっ!?」
「他にもホウエン、2度目のカントー、シンオウを回ったんだけど、私は家の事情で回れなかったの。あ、でも、一度ホウエンに入ったわ」
「そ、そんなに!?」
「あいつ、新人じゃなかったの!?」
「嘘でしょ?」


純粋に驚くデントとカベルネ。いぶかしげに眉を寄せるアイリス。
ルリリに夢中なコテツ。目を見開いてるシューティー。すごいすごいと飛び跳ねるベル。
驚きはするものの納得したようなケニヤンとラングレー。
カスミは気付かれないように肩を落とし、続けた。


「新人っていうのも、あながち間違いじゃないわ」
「え?」
「あいつ、いつも違い地方に行くときは、初心を忘れないために、ピカチュウ以外のポケモンはすべて研究所に預けちゃうの。まァ今回はイッシュに旅行に来たら、たまたま新人くんの旅立ちに遭遇して自分も旅がしたくなったって旅に出たんだけどね」
「じゃあ、何の準備もなしにイッシュの旅を始めたわけ!?」
「そうなるわね」


驚くカベルネ。周りにいた伝とたちも、ぽかんと口を開けて硬直している。
そんな中、シューティーが冷めたように言った。


「ふん、そんなこと言って、基本のなってないやつのポケモンだから、強く育てられなくて他の地方のポケモンに逃げたんじゃないのか?」
「はぁ?」


あまりの物言いに、カスミの口から低い声が出る。
この声は小さかったため、相手にも、周りにも聞こえなかったが、抱きあげられているルリリには聞こえていたらしく、びくりと体を震わせた。
幼いルリリにも、怒らせてゃいけない相手というものがわかるのである。


「まして、カントーのような田舎のポケモンが強くなれるはずないしね」
「言いすぎよ、あんた。そもそも、他地方の言ったことのないあんたが他地方を馬鹿にするのはおかしいわよ」
「それに、サトシのポケモンは弱くないぞ!」
「それはイッシュを旅したからだろ?それに、強いポケモンを持っているのなら、何でリーグ戦にそいつらを使わないんだ?」


シューティーの言葉に、ラングレーとケニヤンが反論する。
眉を立てて咎める2人をシューティーが見下したようにあしらった。
そんな様子を見て、カスミがため息をついた。


「あなたたち、何も知らないのね」
「え?何が?」
「カントーとイッシュって通信がつながっていないから、ポケモンを送ってもらうことができないのよ?」
「え?」


カスミの言葉にベルが疑問の声をあげ、アイリスが驚いたような声を上げる。
カントー、イッシュ間の通信は、電話などの音声や映像なら送ることができるが、物理的な通信はまだつながっていない。
カントー、イッシュ間にあるデコロラ諸島での通信も、まだ完全にはつながっておらず、丁度中ごろの島までしかつながっていない。
カントー、イッシュ間の物理的な通信は、現在の科学力では実現不可能とまで言われている。
ある種の研究会では最大の目標とまで言われているのだ。
カントーを「田舎」と呼ぶような寂しい地方である。
そんなこと知る由もなかったかもしれない、とカスミは一人ごちた。


「つまり、ポケモンを呼びたくても呼べないってことか?」


コテツの言葉に大きくうなずく。
いぶかしげにカスミを見る彼らはそれがどれだけ不安なことか、知らないのだ。

人間にとって、「未知」というのは恐怖でしかない。
けれどもサトシはこれまでの経験から「未知」という存在に、希望を持っていいということを知っている。
だからサトシはピカチュウ以外のすべてのポケモンを預けて、他の地方に向かうのだ。
けれどもサトシだって、旅に出た当初に比べれば、大人びてきたが、まだ10歳の子供である。
不安がないわけではないのだ。
それでも希望だけを持って旅に出れるのは、ひとえに、自分がその名を呼べば、必ず助けてくれる仲間の存在があったからこそである。
これども今回の旅は、自分をよく知るタケシもいなければ、仲間に頼ることもできない。
相棒であるピカチュウの不調。考え方も文化も、今まで旅をしてきた土地とは明らかに違うイッシュ。
つまり心のよりどころがないのだ、今のサトシには。
そんな中で1人笑っているサトシの心境を測り知ることはできない。


「ええ。だからあいつ、最近元気ないのよね」
「え?」
「サトシが、かい・・・?」


一緒に旅をしているというアイリスとデントが目を見開く。
カスミが大きくうなずけば、2人は不安そうに顔を見合わせた。


「イッシュとカントーじゃ、遠すぎて簡単に言ったり帰ったりができないし、ポケモンたちを呼びたくても呼べないから、不安なのよ。ピカチュウも繊細な子だから、新しい地方に行くたびに不調になっちゃうし、特に今回は支えてくれる仲間を呼べないから、2人そろって不安になっちゃって、いつまでたっても立ち直っていないから、私たちが来たのよ」


カスミが少し悲しそうな笑みを浮かべてそう言えば、アイリスとデントが落ち込んだように眉を下げた。


「僕たち・・・全然気付かなかった・・・」
「私たち、信用されてないのか・・・?」


落ち込む2人を見て、カスミが呆れる。
無自覚とは恐ろしい。自分たちがどれだけサトシを傷つけてきたか、彼らはわかっていないのだから。


「最初からあーだったんだから、気付かないのも無理ないわ。それで、アイリスはどうしてそう思ったの?」
「だって、私・・・サトシがいろんな地方を旅してたこと、全然知らなかった・・・」
「それはあなたが聞かなかったからよ」
「え?」
「サトシのこと、新人だと思って、経歴何か聞かなかったんでしょう?聞いてもいない答えを求めて、信用されてないなんて思うのは間違いよ。聞いてみればいいわ。聞いたらあいつは答えてくれる」
「ほんと・・・?」
「ええ、本当よ」


ただ、あなたがサトシのことを信用して、理解して、サトシの口から告げられる真実を素直に受け止めることができれば。
信じるということにおいて、どこまでもまっすぐな彼に、信用されていないと言っているうちは、到底無理だろうけれど。
少しほっとしたような表情になった2人に対して、カスミの表情は無表情だった。












ズゥゥゥゥゥン・・・












唐突に、地震にも似た揺れが走る。
混乱するイッシュのトレーナーたちをよそに、カスミはぱらぱらと落ちてくる天井の破片を見ながら、手洗い説教だなぁと、どこか他人事のように思う。


「な、何!?」
「地震か!?」
「落ち着きなさいよ。ただサトシとシンジがバトルしてるだけじゃない」
「バトル!?」
「この揺れの原因が!?」


驚愕するイッシュのトレーナーをよそに、カスミはいぶかしげに眉を寄せる。
どこか不思議そうに首を傾げるカスミを見て、イッシュのトレーナーはますます目を見開く。

カスミとて、サトシほどではないが、フィールドを無視したバトルや、フィールドを全壊させるようなバトルを行う。
さすがに野生のポケモンに影響が出かねない野外ではそんなことしないが、フィールドだと容赦はしない。
むしろフィールドをつくりかえて戦うことの方が多い。
水タイプのポケモンが戦いやすいよう、岩だろうが草のフィールドだろうが、プールに変えるくらいのことはする。
たまに「あなたの博愛の中にフィールドもいれてあげて」と叫ばれるが、そんなこと知ったこっちゃない。
戦いやすい環境を整え、ポケモンの能力を最大限まで生かすことこそがトレーナーの本分だ。

これは完全に余談であるが、一番ひどくフィールドを荒らしたのはジムに挑戦者が来た時だった。
その挑戦者は昔のサトシなんか比べ物にならないくらいにひどく、普段よく怒るが、本気で切れることのあまりないカスミをブチ切れさせるほどにひどかった。
ブチ切れたカスミに容赦などできるはずもなく、ジムリーダーであることを忘れて本気でバトルをしたのだ。
その時のハナダジムの荒れようと言ったらなかった。
フィールドは長方形を保っていなかったし、ドームの天井には穴があき、客席は半壊していた(ただ、水槽には傷一つついていなかったことから、多少の理性が残っていたことがうかがえる)
もはやジム全体をフィールドととして使ったようなありさまだった。
このときハナダジムは、ケンジや研究所のポケモンに手伝ってもらい、ようやく復興できたのである。
このことがあってから、姉たちや姉たちのファン、更には挑戦者たちからの認識が大きく変わったということだけ記しておく。
おそらく、その時のカスミが死ぬほど怖かったのだろう。
カントー最強のジムリーダーなのではとまことしやかにささやかれている。
今回、こうしてイッシュに来ることができたのも、ひとえにこのことがあったからである。


「バトルしてるんだから、これくらい当り前でしょう?」


そう堂々とのたまるカスミにイッシュのトレーナーたちは戦慄する。


「いやいやいや!?」
「信じられない・・・」
「信じられないなら、私とバトルしましょうよ。今は無理だけど、明日以降は大丈夫よ」


にっこりと笑うカスミに、お互い顔を見合わせる。
恐ろしく思う一方で、やはり他地方のポケモンの魅力にはかなわなかったらしい、大きくうなずき合い、カスミに向き直った。


「「「やりたい!!!」」」
「ふふ、楽しみにしてるわ。きっと、シンジも相手になってくれるわよ」
「ホントか!?」
「ええ。それで、全員参加ってことでいいかしら?」
「・・・どうして僕が田舎トレーナーの相手なんか、」
「あら、あなたは別にいいわよ。田舎トレーナーとのバトルから逃げた弱いトレーナーだって汚名がつくだけだから」
「僕が逃げるだと!!?」


カスミの言葉にかみつくシューティー。
今にもつかみかからんばかりだったが、カスミはひるみもしない。


「じゃあ、あなたも参加するの?」
「もちろんだ!」
「そう、決まりね」


新人は乗せやすくていいわ。
心の中で呟くカスミは、旅から離れジムリーダーをやっているうちにかなり強かになったらしい。
彼女が黒い笑みを浮かべていることに気付いた人間は、一人としていなかった。




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