信頼と絆の物語






 和やかな雰囲気に包まれる中、サトシ達を呼ぶ声が聞こえた。見れば、森の中に鮮やかな赤色が浮かんでいた。


「お~い、サトシ、シンジ~!」
「!」
「ジャッキーさん!」


 赤いレンジャーの制服に、色素の薄い金髪。サトシ達に協力を要請したジャック・ウォーカーがサトシ達に手を振って駆け寄ってきた。
 通称ジャッキーは、サトシ達の常とかわらない様子に、ほっと息をついた。


「久しぶりだな。……またお前達に片づけさせちまったな……」


 サトシ達のそばで立ち止まったジャッキーは双子とミミロップを見て、渋い顔をした。
 彼もヒナタと同じで、子供に凄惨な世界を見せたくはない。どんな些細な事件でも、傷つけたくない一心で、関わらせたくないのだ。
 しかし、助けを求めなければならないのも、協力を頼まざるを得ないのも事実で、彼らの力がなければ解決できないことも多々ある。
 巻き込みたくはないけれど、どうしたって関わってしまうのも変えがたいことだった。
 関わらせたくないのに、彼らは自分からトラブルに飛び込んでいく。目を覆いたいのにその手を振りほどく。
 彼らにはわかっているのだ。それは人間が招いたことで、決して目をそらしていいものではないということを。ポケモンたちは彼らに助けを求めているのだということを。


(まだ守られているだけの子供でいてほしいのにな……)


 そんなジャッキーたち大人の考えなど露知らず、サトシ達は大人びた苦笑を見せた。
 この子供達は時々はっとするほど大人なのである。


「困った時はお互い様ですよ。俺たちが好きでやっていることですし」


 な? とサトシがシンジを振りむく。シンジはゆっくりと頷いた。
 それから、シンジはジャッキーの顔を見上げた。


「それで、街への被害は?」
「ああ。そう酷いものじゃない。対処が早かったのがよかったな」


 そうですか、と冷静な声でシンジが息をつく。その顔は安心とも喜びともとれるものが浮かんでいる。
 隣のサトシは喜びを隠すこともせずに笑っており、こういうところはきちんと子供なのだと、ひそかにジャッキーを安堵させた。


「街の方は心配するな。レンジャー協会で何とかする」
「え? でも、手伝いは……」
「事件を解決させておいて、そこまでさせちゃあ、俺たちの立つ瀬がなくなるだろ?」


 本来ならば、事件を解決するのは警察やレンジャー協会などの専門機関がするべきことだ。それを一般人に解決させ、後始末までさせてしまっては、協会のメンツにも関わる。
 後始末まできっちりと、と考えていた2人は、そういうものなのかな、と首をかしげた。


「とにかく、お前たちは俺と一緒にフェスタの方に来てくれ」
「はい」
「分かりました」


 2人が素直にうなずいたのを見て、大人なんだか子供なんだか、とジャッキーは苦笑した。


「ねぇねぇ、」
「ん?」


 双子の兄の方が、サトシの上着の裾を引く。サトシが少年を見降ろせば、少年は不思議そうな顔でサトシを見つめ返した。


「レンジャー協会の人なのに、レンジャー協会が開いたフェスタに参加するの?」
「え? ああ……。俺たちはレンジャー協会には所属してないんだ」
「え? そうなの?」
「うん。たまに仕事を手伝ってるだけだよ」
「そうなんだぁ……」


 目をぱちくりと瞬かせた少年はどこか呆然とした風に視線を空へと上げていく。空を仰ぎ見て、それから視線を降ろし、サトシを見つめ、笑みを浮かべた。


「フェスタ頑張ってね! ミミロップのこと、本当にありがとう!」
「どういたしまして」


 満面の笑みを浮かべた少年に、サトシも笑みを浮かべる。
 笑顔を浮かべた少年の隣に、双子の妹が並んだ。


「私たちはミミロップが壊しちゃった街の修理を手伝ってくるね」
「僕達が壊しちゃったから、僕たちが手伝うのが筋だよね」
「「そういうわけだから、バイバイ!」」


 大きく手を振り去っていく双子に、サトシ達も手を振り返す。その姿が見えなくなったところで、サトシ達はジャッキーを振りむいた。


「じゃあ、行くか」
「「はい」」


 ジャッキーに案内されるまま、サトシ達は街の中心にある自然公園に向かった。放射状に伸びた水路が美しいこの公園こそが、今回のフェスタの会場である。
 しかしサトシ達は会場となっている広場ではなく、その奥へと入って行った。


「会場に向かうんじゃないんですか?」
「ああ。お前たちの力は極秘だからな。あまり人に見られるわけにはいかないだろう?」
「まぁ、確かに」


 サトシ達の波導の力は、波導使いと変わらない。ただ、能力が波導使いとは異なり、テレパシーに近い能力を得ているのだ。そのため普通の波導使いよりも、心を近くに感じることが出来るのである。
 それを善行に使えば問題ないのだが、サトシに至っては伝説と呼ばれるポケモンたちを呼び出すこともでき、その力は悪用するに適していた。だからレンジャー協会は、彼らの存在を極秘扱いしていた。もっとも、本人達がすでにトレーナー界では有名人なので、隠そうにも隠せないのだが。そのため能力だけでも隠そうと、レンジャー協会は必死に奔走していた。これもまた、本人達のトラブル吸引率により、虚しい努力となっているのだが。閑話休題。


「つまり、ポケモンはそちらが指定したやつを預かればいいということですか?」
「そういうことだ」


 見えてきたぞ、という言葉に、サトシ達が前を向く。そこには小さいながらも綺麗な池があった。


「ん?」


 池のそばに、小さな影がある。よく見ればそれは一匹のクズモーであった。


「クズモー?」
「そうだ。あいつがお前たちに任せたいポケモンだ」
「捨てられたポケモンですか?」
「厳密に言えばそうだな。トレーナーの手に負えなくて俺たちに投げられたんだから」


 レンジャー協会には、時折ポケモンが送られてくる。時には置き去りにされることも。
 野生に捨てるのはかわいそうだから。自分では持て余すから。レンジャー協会ならばどうにかしてくれるだろうから。さまざまな理由で、人間の都合によって振り回されたポケモンたちが流れてくるのだ。クズモーも、そのうちの一体であった。


「あいつは何らかの理由で泳げないんだ。おそらく、捨てられたことが原因でそうなってしまったんだろう。何とかしてやりたいんだが、傷を抉る様な真似はしたくないんだ」


 頼まれてくれるか? という問いに、サトシは満面の笑みを浮かべた。


「もちろんですよ!」
「すまないな、本当は俺たちの仕事なのに」
「いいんですよ。俺たち、ポケモンの役に立てて嬉しいし」


 サトシが笑う。その笑顔に、ジャッキーは苦いものを乗せた笑みを浮かべた。


「サトシ」
「ん?」
「近寄っても大丈夫だ。行くぞ」
「わかった。じゃあ、ジャッキーさん、行ってきますね」
「ああ、頼むぞ」
「はい」


 クズモーの波導を感じ取っていたシンジの言葉に、サトシが頷く。ジャッキーに一言言い置いて、サトシ達は茂みから出て、クズモーのそばに歩み寄った。


「クズモー!」
「!」


 突然現れた人間に、クズモーは驚きの表情を見せたが、特に怯えや恐怖などの感情はないようだった。きょとんと不思議そうに眼を瞬かせ、サトシを見上げていた。


「なぁ、俺たちと話さないか?」


 そう言って笑ったサトシに対して、やはりクズモーはきょとんとしていた。




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