2人のみこ
ミュウはピカチュウに変身し、サトシのピカチュウと戯れている。2匹のピカチュウが戯れている様は愛らしく、思わず頬を緩ませる。
もう1匹の、はじまりの樹で暮らすミュウはというと、トサキントに変身し、びちびちとその場ではねていた。
「・・・・何故それに変身したんだ・・・」
「みゅみゅみゅ」
シンジの呆れを含んだ声に、ミュウが変身を解き笑う。
きっと、理由なんてないのだ。強いて言えば面白いから。
面白いことが大好きなミュウと定評のあるミュウだ。面白ければ、何でもいい。
ピカチュウたちが楽しそうに遊んでいるのを見て、今度はピチューに変身し、ピカチュウたちに混じりに走った。
「ははは、あいつは相変わらずだな~」
「相変わらずすぎる気もするがな」
「・・・俺も混ざってきてもいいか?」
「好きにしろ」
「じゃあ行ってくる!」
そう言って駆けていくサトシを見送る。
サトシが混じってきたことに驚きはするものの、ピカチュウたちは嬉しそうだ。
そんな様子を見て、シンジはカベルネたちに向き直る。
すこしだけびくついていたが、気付かないふりをした。
「聞きたいことがあるなら今のうちだぞ」
デントたちが、ゆっくりとした動作で顔を見合わせる。その間も、ちらちらとこちらに視線をよこしているところをみると、粗相がないよう、心配しているのだろう。
それから、恐る恐るというような感じで、ラングレーが手を挙げた。
「あ、あの・・・」
「何だ」
「あなたは・・・ううん、あなたたちはいったい何者なの?どうして伝説のポケモンと親しいの?」
ラングレーの問いに、シンジが口元に手を当てる。考えるようなそぶりに、何か失礼なことを聞いてしまったのかと、ラングレーは冷や汗をかいた。
「少し待ってろ」
「え?あ、う、うん・・・」
一言を残して、シンジはサトシの元へと向かう。
「サトシ」
「ん?どうした、シンジ」
「私たちは何者かと問われたんだが、話しても大丈夫か?」
その大丈夫か、には、2つの意味がある。1つ目は彼らに本当のことを言ってもいいのか、というもの。2つ目は彼らに言っても、自分たちに害はないのか、というものだ。
それらの意味を正しく受けたサトシは、もちろん、と笑顔で答えた。
「あいつらは大丈夫だよ。あいつらとはまだ付き合いが浅いから、きっと驚くだろうけど、最後には、タケシたちみたいに受け入れてくれるさ」
それはあいつらが特殊だっただけだ、とは思わないでもない。けれども、自分は彼らを知らない。サトシの言葉を信じるしかないのだ。
サトシは人を見る目がある方だ。受け入れられるかどうかは別として、自分たちに害のある人間ではないことは確かなのだろう。
シンジは1つうなずいた。
「話すぞ」
「ああ」
ためらいを持たない返事を背中で聞き、シンジはラングレーたちの元へ戻った。
「あ、あの・・・。き、聞いちゃいけないことだった・・・?」
「サトシに一応の確認を取っただけだ」
「そ、そう・・・」
シンジの言葉に、ラングレーが安堵の息を吐く。まるで生きた心地がしなかったと言われているような大げさなものだった。
「そ、それで、あなたたちは何者なの?あのサトシは、ホントに私たちの知ってるサトシなの?」
そう尋ねたのはアイリスだった。
そういえばと、現在の旅仲間だと紹介されたことを思い出す。
きっと、不安なのだろう。聞く話によると、彼女らもそれなりにトラブル(伝ポケ関連含む)に巻き込まれている。しかしそれは”自分たちと一緒に巻き込まれ、たまたま伝説と仲良くなったのが、自分たちではなくサトシだっただけ””伝説だと委縮してしまって後れを取ってしまったために友人という間柄になれなかっただけ”という感覚があったからこそ「サトシだから」と納得してしまう何かをサトシが持っていたからこそ、何の疑問も持たずにここまで来れたのだ。
その上、サトシ以外にも、イレギュラーな存在が多数いたために、感覚が麻痺していたというのも、原因の一つだろう。サトシだけが特別ではないとわかっていたからこそ、自分たちと同じ1人のトレーナーなのだとわかっていたからこそ、不安なのだ。サトシは特別な存在で、自分たちとは違うと言われているような気がして。
今回は、サトシだからで済まされる問題ではない。
神々に友人と呼ばれ、神々に娘と呼ばれるシンジまでもが現れた。しかも、そんな存在と、サトシはライバルだという。
もはや、次元が違う。
「・・・最初に言っておくが、私たちはただの人間だ。他と違うのは、役割を与えられているということだけだ」
「役割?」
「私たちはみこという役割を与えられている」
「みこ?」
「みこって、巫女のことかい?」
「違う。御子と神子だ」
「巫女と何か違うのかい?」
ベルとシューティーの疑問の声に、シンジが首を振る。
「まず私は御子。つまり、神の子の事を指す」
「えっ!?」
「神の子といっても、本当に神の子というわけではない。役割を与えられているだけだ」
「そ、その役割って・・・?」
「私に役目は、あいつらを癒すことだ」
「癒す?」
「あいつらは、人間に狙われることが多い。それにより傷つくこともある。心も、体もだ。それをいやすのが私だ」
神の子、という役割を与えられているただの人間だと、シンジは称したが、そんな役割を持っている人間が、ただの人間なわけがない、というのはシューティーたちの言葉である。
そもそも、体の傷をいやすことならまだしも、心の傷をいやすのは、たやすいことではない。それも、欲に駆られ、私利私欲のために突き進む醜い数多の人間たちに傷つけられた心をいやすなど、そう簡単なものではない。それをさらりと言ってのけられたことに、絶句する。
理解しがたい。シンジを凝視する顔には、ありありとそう書かれている。
けれどもシンジは、そんな彼らを無視して続けた。
「次にサトシだが、あいつは神子だ。これはほとんど巫女と変わらん。ただし、あいつは神託を受けるようなことはできん。そもそもあいつらは神託を授けるような奴らではない。サトシの役目は、人とポケモンの仲介だ」
「仲介?」
「ポケモンが人間に愛想を尽かさないよう、その仲を取り持つのがあいつだ。神々も含めてな」
それを聞いて、はたと思いだす。確かにサトシは、人間のせいで傷ついたポケモンが、再び人間を信じられるようにと、その仲を取り持つことが多い。彼の現在の手持ちのポケモンも、半分は何かしら、人間へのコンプレックスがあった。トラウマといってもいい。
「ね、ねぇ・・・」
「何だ」
「聞いておいて何だけど、こ、こんな話・・・、私たちにして大丈夫だったの・・・?」
ラングレーの言葉に、ベルたちがはっとする。
彼らの存在は、私欲にかられた人間からすれば、のどから手が出るほどにほしい存在なのだ。
情報など、どこから洩れるかわからない。今この場に、自分たち以外の人間が潜んでいるかもしれない。もしかしたら、自分たちの中から、欲に駆られる人間が出るかもしれない。そんな可能性も、ないとは言えないというのに。
ケニヤンたちの心配をよそに、シンジは先ほどと変わらない声音で言った。
「サトシはどうやら、お前たちに全幅の信頼を置いているらしい。お前たちなら、自分たちを自分の欲望のために利用しようとせず、最後には私たちを受け入れてくれるだろうと。あいつの信頼を、裏切ってくれるなよ?」
シンジが、無表情を一変させ、く、とわずかだが口角を上げる。
その言葉に、アイリスたちがどれほど救われたか、わからない。サトシは、サトシだ。たとえ、どんなにすごい役割を与えられていようとも、彼は自分たちを無償で信じてくれる、心優しい自分たちの知っているサトシだ。
少しだけ泣きそうになったのは、自分だけの秘密にしようと、誰もが思った。
「あ、そうだ」
涙でぼやけた視界をぬぐい、アイリスがたずねた。
「この笛がサトシ以外には吹けなくなったのも、それが関係してるの?それとも、これは何かいわくつきの笛なの?」
アイリスが、オカリナに似た笛を見せる。それを見て、シンジが一瞬顔をしかめ、フワンテの姿に変身して風に流されていたミュウをとらえ、言った。
「ミュウ・・・、お前だな?」
「ふわ~!」
「え?え?」
突然ミュウを捕えたことに驚き、アイリスがおろおろと慌てる。
シンジに捕まったミュウは、それでも楽しそうに笑っている。
そんなミュウを見て、シンジは盛大なため息をついた。
「え、えっと、ど、どうしたの?」
「・・・こいつがサトシ以外が笛を吹くのを妨害していたんだ」
「じゃ、じゃあ、壊れたとか、サトシが神子だからとか、そういうのは関係ないのね?」
「いや、まったくないわけじゃない」
「え?」
ミュウの姿に戻ったミュウの頬をつねりながら、シンジがこたえる。
ミュウは特に痛がるそぶりも見せず、されるがままである。シンジが手加減しているから、本当に痛くないだけかもしれないし、おかしそうに笑っているため、気にも留めていないだけかもしれない。
後悔も反省も見せないミュウにもう一度ため息をつき、シンジはため息をつくように言った。
「サトシがあの曲を弾いたから、私たちがここに来たのだから」