信頼と絆の物語
セレストシティの街外れには、草原が広がっている。
海に面した南側は海で、その反対側は森が広がっている。その森に到達する前には、広い草原が広がっており、サトシ達はそこにいた。
広い草原に移動したサトシ達は、周りにポケモンたちがいないことを確認し、ミミロップのはいったトラストボールを取りだした。
「今から何をするの?」
「とりあえずは落ち着かせるかな。2人は危ないから、下がっててくれ」
「で、でも……っ」
「大丈夫。俺たちはこういうのには慣れてるし、2人が怪我をしたら、ミミロップが悲しむだろ?」
サトシに諭され、少年達はサトシ達から距離を取る。
そんな双子の前には、ボールに戻らずに彼らについてきたデンリュウが立ちはだかり、もしもの時に備えていた。
「じゃあ、やるか」
「ああ」
サトシが空に向かってトラストボールを投げた。そのボールから、ミミロップが現れる。
メガ進化は依然、解かれていない。
「「ニャオニクス!」」
サトシがオスの、シンジがメスのニャオニクスを繰り出した。
「ミミロォォォォォ!!!」
暴れるメガミミロップの攻撃が、サトシ達に向かう。それをニャオニクス達が『守る』ではじき、攻撃をいなす。
その間に、サトシ達はミミロップを観察していた。
「……どうやらあの暴走は、見た目の変化に驚いたことが原因のようだな」
「それで動揺して、メガ進化のよって上昇したパワーがコントロールできずに暴走したのか」
「ああ」
よくあることだな、とシンジが呟いた。
ポケモンの中には、通常の進化でも見た目の変化に心が追いつかずに混乱することがある。
メガ進化は見た目と同時に、通常の進化では得られないパワーを手に入れる。動揺によって自身の力に振り回されることは、珍しい事例ではない。
「あ、あの、ミミロップは大丈夫なの……?」
「大丈夫だよ」
「ぴかっちゅう!」
不安げな少年の声に、サトシが笑顔で答える。肩に乗るピカチュウが、拳を作って深くうなずいた。
「……シンジ、」
「分かっている」
少年たちの不安を、早く取り除いてやりたい。サトシがシンジの横顔を見やる。
内容を言われずとも把握しているシンジは、まっすぐにミミロップを見つめていた。
サトシは相手に自分の想いを伝えることが出来る。波導の力によって。
しかし、心を伝えることが得意で、心を受け止めるのは、シンジの得手だ。
ポケモンの言葉は理解できるが、暴走して、言語を発することが出来ない相手の心を知るには、サトシでは限度があった。
サトシと対をなす力を持つシンジが、その真価を発揮した。
「……大体は把握した。とりあえず大人しくさせるぞ」
「わかった。――ニャオニクス! サイコキネシスで動きを止めてくれ!」
「ニャオ!」
シンジの言葉に、サトシが動く。
ニャオニクスに指示を出し、ニャオニクスがメガミミロップの動きを止めた。
「お前は催眠術で眠らせろ」
「ニャア!」
「ミミ、ロ……」
シンジのニャオニクスの催眠術により、メガミミロップが意識を失った。
意識を失ったことによりメガ進化が解かれ、通常のミミロップの姿に戻った。
「「ミミロップ!!!」」
「リュー!!」
双子とデンリュウが地面に降ろされたミミロップに駆け寄る。
眠っていることを確認し、2人はサトシ達を見上げた。
「ミミロップが暴走した理由はわかったの?」
「ミミロップはどうして暴走したの?」
「簡単に言うと、見た目が変化したことでお前に嫌われたくなかったようだ」
「え?」
真剣な双子の目に、シンジが膝をついて目線を合わせた。
驚いた表情を浮かべる少年に向けて、シンジが言った。
「そのミミロップはメスだろう?」
「う、うん……」
「そしてお前はよくこいつを褒めていた。特にその容姿を」
「うん……」
「それでこいつはお前が自分の容姿を好きなのだと思った。けれど、メガ進化で姿が変わった。変わってしまった姿に、お前が幻滅するんじゃないかと危惧したんだ」
おそらくはそれが原因だろう。
――こんな見た目可愛くない。デンリュウは可愛いのに。私はオスみたいな姿になってしまった。マスターにほめてもらえない。マスターに嫌われてしまう!
――こんな姿欲しくなかった!
シンジの耳には、ずっとこんな言葉が聞こえていた。
「ミミロップはお兄ちゃんが大好きだし、可愛いって言ったらすごく喜んでた……。でも、お兄ちゃんがミミロップのことを可愛いって言ってほめてたのは、それが一番喜んでくれるほめ言葉だったからよ!」
「僕はミミロップの見た目が好きなんじゃない……。ミミロップが大好きなんだ。見た目が変わったくらいで、嫌ったりなんかしない!」
「リュー!!」
双子は眼に涙を浮かべ、大きくかぶりを振った。
双子の言葉に、デンリュウも強くうなずく。
そんな様子を見て、サトシが口元を緩めた。
「それをミミロップに伝えてあげないとな」
「……うん!」
サトシが少年の頭に手を置くと、少年は満面の笑みでうなずいた。
サトシ達は双子の手を借りてカゴの実を擦り下ろした。飲めるくらいにまで細かく潰し、ジュースを作る。
作ったジュースを眠っているミミロップの口に含ませると、ミミロップはゆっくりとジュースを飲み下した。
「ミ、ミロ……?」
カゴの実には眠気覚ましの成分が含まれている。
カゴの実のジュースを飲んだミミロップは、ゆっくりと目を覚ました。
「ミミロップ!」
「ミロ?」
「大丈夫?」
「ミミロ、」
ミミロップがうなずくと、双子はよかった~、と破顔した。
暴走していた記憶があやふやなのか、ミミロップは不思議そうに首をかしげた。
そんなミミロップに、トレーナーの少年が穏やかに笑う。
「ミミロップが暴走した理由、お兄さん達に聞いたよ」
「ミッ……!」
「あのね、ミミロップ。僕はメガ進化した君の姿も好きだよ?」
「……!」
少年がミミロップの柔らかい毛並みをなでると、ミミロップは驚愕をあらわにした。
嫌われると思って暴走したのだから、それは当然だ。
「いつもは可愛いけど、メガ進化した姿はかっこよくて素敵だよ?」
「……ミミロ?」
本当? と不安げに尋ねるミミロップに、少年が笑う。
「僕はどんなミミロップも大好きさ!」
「ミミロ~!」
少年の素直な気持ちに、ミミロップが感極まった。
嬉しさのあまり目に涙をため、ミミロップが少年に抱きつく。少年はそれを笑って受け入れた。
サトシとシンジがお互いに顔を見合わせて微笑みをかわした。
「あとは任せる」
「おう」
シンジが、軽くサトシの背中を押す。その力にあらがわず、サトシは少年らに歩み寄った。
「よかったな、2人とも」
「うん!」
「ミミロ!」
「よかったついでに、もう一ついいことを教えてあげるな?」
「いいこと?」
うん、と頷いて、サトシがミミロップの頭に手を置いた。
「メガ進化ってさ、簡単そうに見えて実はすっげぇ難しいことなんだぜ?」
メガ進化は、トレーナーとポケモンが、固いきずなで結ばれて初めて成立する進化だ。
(懐きゲットなどの例外はあるが)ゲットしたばかりのポケモンや絆というものが確立できていないポケモンでは、メガ進化に必要な条件がそろっていても、メガ進化はできない。
「トレーナーがポケモンを大好きで、ポケモンがトレーナーを大好きでないとできない進化で、2人の『大好き』の証なんだ」
姿が変わってしまうのは恐ろしいことで、嫌われたくないと思うのも当然だろう。大好きな人なら特に。
「メガ進化は絆がなければできない進化なんだ。それを嫌うのは、凄く悲しいことだと思う。最初は怖いかもしれないけど、少しずつ慣れて、好きになってほしい。お互いのためにもさ」
『――……うん!』
サトシの言葉に、ミミロップが満面の笑みでうなずいた。
「よかったね、お兄ちゃん」
「う゛ん」
ミミロップがうなずいたことに、少年が大きくうなずいた。その顔は涙でボロボロだったけれど。
少年の嬉し泣きに、ミミロップが少年をあやすように抱き寄せる。その様子にほろりと涙を浮かべていた少女が、ハタ、とサトシ達を見上げた。
「そう言えば、お兄ちゃん達はどうしてミミロップの言葉がわかったの?」
「え゛っ……」
どうして? と尋ねてくる瞳に、サトシがたじろぐ。
サトシ達が波導の力でポケモンたちと言葉をかわせるのは機密事項だった。
その力を悪用しようと考えるものも出てくるだろう、というのがレンジャー協会の考えで、サトシ達はこの力のことを誰にも公言しないことを約束していた。
けれど子供と押しに弱いサトシは、言葉に詰まり、何とか言い訳を考えていたが、サトシはバトル以外で頭が回る方ではない。言いわけなど思いつかず、頭から煙を出していた。
そんなとき、シンジがサトシの隣にまで歩み寄り、少女らと目線を合わせるように膝を折った。
すらりとした長い指を口元に充て、しぃ、と小さく息を吐き出す。
「秘密」
それだけ言って、シンジが淡く微笑む。
少女達はきょとんと眼を瞬かせ、ぷっ、と吹きだした。
「そっかぁ、秘密かぁ」
「じゃあ、仕方ないね」
「秘密だもんね」
くすくすと双子が笑う。
わざとはぐらかされてくれた2人の子供に、サトシが苦笑を浮かべた。
「お前より大人だな、」
「うっさい!」
サトシとシンジの子供のようなやり取りに、双子はますます笑った。