信頼と絆の物語






 サトシ達は今、カロス地方に来ていた。トップレンジャーであるジャック・ウォーカー、通称ジャッキーに協力を要請されたのだ。
 近年、ポケモンに関するトラブルが目に見えて増加の傾向にあり、レンジャー協会だけでは手が回らなくなってきているのだ。そのためレンジャー協会も、信頼できる一般トレーナーに協力を求める機会が増えてきたのである。
 その筆頭(一般トレーナーというにはいささか規格外であるが)であるサトシとシンジは事あるごとに仕事の依頼が舞い込んできた。
 今回協力を依頼された案件は、トレーナーに捨てられたポケモンの野生復帰に貢献してほしい、というものだった。

 レンジャー協会はトレーナーに捨てられたポケモンの保護も行っている。
 しかし、レンジャー協会はポケモンがかかわる事件全般の対処にあたる機関だ。保護ポケモンだけに構っていることはできず、また、そこに割ける人員もいない。
 保護ポケモンのほとんどは心に傷を持っており、専門のカウンセラーなどでなければ扱うことが出来ないからだ。

 そう言った事例のポケモンは専門家に任せ、比較的一般のトレーナーでも扱える保護ポケモンが増えてくると、レンジャー協会はボランティアを募るのである。
 「ふれあいフェスタ」――それがレンジャー協会の開くボランティア活動の名前で、活動内容は主に、ポケモンの野生復帰支援である。

 ふれあいフェスタの内容は、以下のとおりである。
 自分でも扱えそうなポケモンを選び、簡単な講習を受ける。そのポケモンがどうして保護ポケモンになってしまったのかを知らなければ、対処はできない。そしてそのポケモンを数日間にわたり預かるのである。
 トレーナーに捨てられたショックで落ち込んでいるのならばそのケアを。
 人間の生活に慣れてしまって野生を忘れてしまったポケモンには野生の本能を思い出させるためにバトルを行う。
 何らかの理由で野生に戻る気になれないポケモンには、野生復帰の意欲の向上を。
 野生に戻りたくても仲間に受け入れられてもらえなかったポケモンは、受け入れてもらえる場所を一緒に探す。
 それでも野生復帰が出来ない場合は、そのポケモンを気に入ったトレーナーが引き取ることとなる。――「ふれあいフェスタ」はそういう行事なのだ。

 このフェスタを行うことにより、レンジャー協会の負担はわずかながらに軽減している。
 トレーナーの方も、このフェスタに参加することで、ポケモンを捨てることの惨たらしさを学ぶ。
 このボランティアを始めてから、微々たるものではあるが、捨てられたポケモンは減りつつあった。





「久しぶりだなぁ、カロス地方!」
「そうだな」


 カロス地方、セレストシティ。美しい海沿いの街で、白い壁に青い屋根が続いている。緑も多く、観光地としても有名な街だ。
 今回のふれあいフェスタはこの街で行われる。


「会場はどこだって?」
「ああ。この街の中央にある……」


 ジャッキーに伝えられた会場を伝えようとして、シンジの動きが止まった。
 穏やかな表情ではなく、真剣な表情を浮かべて。
 サトシの肩に乗るピカチュウも、同じように神経を尖らせていた。


「シンジ? ピカチュウ?」
「――何か聞こえた……」
『僕も』


 周囲に目を走らせるシンジとピカチュウに、サトシもそれに習う。
 けれど、特に異常は感じられず、街は活気にあふれ、行きかう人々はみな笑顔だった。
 ――異常はない。聞き間違いだろう。そう思いなおし気を緩めた瞬間、


 ――ドガァァァァァァァン!!!


 街の一角で、土煙が舞い上がった。


「っ! やはりか!!」
「行こう、シンジ!」
「ああ!」


 逃げ惑う人々の波を逆走する。
 無残にも崩れる白い壁。地面に転がる青い屋根。
 ポケモンが技を放ち、暴れているようだった。


「やめてよ、ミミロップ! どうしちゃったんだよ!?」
「止まって、ミミロップ!!」


 暴れているのは、ミミロップだった。ただのミミロップではなく、メガ進化したメガミミロップだった。
 攻撃力の上がった技が、街を襲う。
 トレーナーらしき少年と、その少年によく似た少女。少女のポケモンらしきメガデンリュウがメガミミロップの暴走に困惑を見せていた。


「暴走したのか……」
「みたいだな。……とりあえず、移動させよう」
「ああ」


 サトシがモンスターボールを構え、シンジは端末を取りだした。


「ニャオニクス、君に決めた!」
「ニャオ!」


 サトシはオスのニャオニクスを繰り出した。


「サイコキネシスで動きを止めろ!」
「ニャアオ!」

「ミミロッ!!?」


 動きを止められたメガミミロップはサイコキネシスによる拘束を解こうとさらに暴れる。そこに、サトシが新たなボールを取りだした。
 真っ白な地に赤、青、黄の3本のラインが、縦に入ったボールだ。


「行け! トラストボール!」
「ミミロォ!!!」


 暴れていたメガミミロップはボールに吸い込まれ、あたりに静寂が訪れた。


「ごめんな、ミミロップ。しばらくそこに入っててくれ」


 トラストボールと言われた白いボールを一撫でし、サトシが驚愕を浮かべる少年達に歩み寄った。


「大丈夫だったか?」
「う、うん……」
「だ、大丈夫だよ……」


 少年達は近くで見れば見るほど似ていた。
 おそらく双子なのだろう。サトシの言葉に対して、うなずくタイミングもほぼ同時だった。
 そっくりな動きに、サトシが微笑ましそうに笑う。


「あ、あの、僕のミミロップ、ゲットしちゃったの……?」


 サトシが手に持つ白いボールを見て、少年が目に涙をためる。双子の少女も不安そうにサトシを見上げている。彼女のポケモンであるデンリュウも、サトシ達を警戒しているのか、メガ進化を解こうとしない。
 肩に乗るピカチュウはデンリュウに、サトシは双子たちに優しく笑いかけた。


「ゲットはしてないよ。トレーナーのポケモンはゲットできない決まりだろ?」
「で、でも、ボールに……」
「これはさ、ただの箱なんだよ」
「箱……?」
「そうだよ。このボールにはポケモンをゲットする機能は付いてないんだ」


 サトシが目線を合わせて説明すると、少年達は徐々に落ち着いてきたのか、冷静に話を聞き始めた。


「これは本来傷ついたポケモンたちを運ぶために作られたボールで、今回はミミロップが街の中で暴れていたから、仕方なく入ってもらったんだ」
「そうなんだ……」


 自分のポケモンがゲットされたわけではないことに、少年がほっと息をつく。
 少女やデンリュウもようやく不安が和らいだようで、息をつき、デンリュウはメガ進化を解いた。


「でも、どうしてミミロップは暴れ出したのかな……? 私のデンリュウは何ともないのに……」
「それはミミロップに聞いてみないとわからないなぁ」
「「え?」」


 サトシの言葉に、双子は眼を丸くした。


「サトシ、」
「ああ、連絡終わった?」
「ああ。街のことはレンジャー協会に頼んだ、」
「そっか」


 シンジが端末をしまいながら、サトシのそばに歩み寄る。
 連絡していたのはレンジャー協会で、住民の誘導や、破壊された街の修復はレンジャー協会が受け持つことが決定し、サトシ達はミミロップの鎮静化を最優先として行動することが許可された。
 そのことを伝えると、双子たちの顔に、ようやく安堵が浮かんだ。


「私たちは移動するぞ」


 シンジが双子に目を向け、街の出口を示した。




14/18ページ
スキ