信頼と絆の物語






 サトシ達は書物庫から移動して、ヒンバスの水槽が置かれていたサロンに来ていた。現在は水槽は撤去されがらんどうである。
 その空いたスペースには今、机が並べられ、その上でピカチュウたちが遊んでいた。


「ぴっかぁ!」
「ミュミュウ!」
「きゅうううううん!」


 ピカチュウたちが手足を墨だらけに汚しながら手足のかたのついた画用紙を見せてくる。それを微笑ましく見守りながら、サトシ達は笑いあった。


「なんだか、研究って感じがしないなー」
「今は完全に遊び始めているしな」
「まぁわざとなんだけどね」


 そうなのだ。これはシゲルが依頼した研究の手伝いなのである。
 ポケモン図鑑にはポケモンの足形も一緒に掲載されている。足の裏の写真と、実際に地面に足をつけた時にどうのような足跡になるのかを調べるためのもので、足に墨をつけて画用紙に判を押してもらったのだ。
 それが気にいったのか、イタズラ好きのミュウが手に墨をつけてピカチュウのほっぺに手形を押したことがきっかけで、今の遊びが始まったのである。
 綺麗に押された最初の一枚はちゃっかり回収し、今は残った紙で自由に遊ばせているのである。
 彼らの頭の中から、研究の手伝いであるということは、綺麗さっぱり消えてなくなっているようであった。
 けれどそれらはすべてシゲルの策略であった。


「誰だって嫌でしょ? 研究されてるって思うのは」
「うん」
「だから、出来るだけ研究らしくないようにしようと思ってさ」


 足型押して、とシゲルが言った時のエムリット達の顔は見物だった。そんなんでいいの?という考えがありありと浮かんだ困惑顔。
 研究ってもっとこう、と戸惑ったようにあわあわと手をばたつかせているミュウは正直かわいらしかった。
 どう見たって遊んでいるようにしか見えない、といったのはそれを眺めているヒンバスだった。そんな彼女も現在ピカチュウたちとともにその遊びに参加している。
 その時の様子を思い出し、3人は喉の奥で笑いを転がす。


「研究らしくはないけど、彼らにはこれくらいがちょうどいいでしょ」
「そうだな、楽しそうだし」


 ピカチュウが自分の手型で花を描こうとして自分の手を花びらに見立てている。花を中心にして一周したのだが、足が汚れていて、綺麗に円になっているのに本人だけが気付いていない。ミュウ達はそれを見てこっそりと笑っている。
 ヒンバスは足がないため、代わりにしっぽに墨をつけて墨を飛ばしている。
 そんなこともあって、机に敷かれた白い布はまだら模様に変わっていた。


「しかし、あんなに汚してしまっていいのか? 協会のものだろう?」
「構わないよ。僕が持ってきた要らない布だし」
「用意いいな、シゲル」
「お前とは大違いだな、サトシ」
「シンジー、それどういう意味ー?」
「そのままの意味だが、」


 からかうようなシンジの言葉に、サトシがこの!と言って髪をかきまぜる。やめろと言ってシンジが抵抗するが、本気で嫌がってはいないようだった。


「ちょっとー、いちゃつくなら余所でやってー」
「「はぁ?」」
「……マジレスやめてくれる?」


 せめて突っ込むか乗るかしてよ、と顔を覆うシゲル。泣きマネのつもりのようだがいかんせん顔が笑っていた。


「お前ら性格変わったなー」
「自分でも思うよ」
「昔はこんな風にふざけたりしなかったのに」
「昔の私だったら冷めた目で見ているだけで終わっただろうな」
「「想像したら泣きたくなった」」
「どんな想像した」


 2人そろって顔を覆われ、シンジが憮然とした表情で2人を睨む。2人は苦笑してごめんと軽く謝った。


「ミュミュウ!」


 ふざけ合っていた3人の元に、ミュウが近寄ってくる。一番最初に気づいたサトシがミュウを見て、ぎょっと目を見開いた。


「うわっ!? みゅ、ミュウ!?」
「ミュミュミュ」


 サトシにつられて見やったミュウは、桃色であるはずの顔を真っ黒に染め上げていた。驚いた顔をしたサトシ達を見て笑っているところをみると、自分から墨に顔を突っ込んだであろうことがうかがえた。


「お前な……」
「ミュミュ―!」
「はぁ……。拭いてやるから、こっちに来い」
「ミュミュ!」


 シンジが呆れたように溜息をつき、ハンカチを取り出す。軽く顔を拭いてやると、見慣れた桃色が現れ始めた。


「全ては落ちないな……」
「あとで洗ってやらないとなー」
「だねぇ」


 乾いてしまった部分もあって、黒墨はなかなか取れない。まだまだ遊ぶ気のようだし、そのままでもいいだろうとミュウを解放する。すると、ミュウがシンジの腕を引っ張った。


「ミュウ?」
「ミュミュミュ!」
「おい、」


 腕を引かれ、そのままついて行くと、ミュウは机の一角を示した。そこではセレビィ達が待っており、シンジが机の上を覗く。


「何だ……、って、わぁ……」


 呆気にとられた表情でらしくもない声を上げるシンジに、サトシとシゲルが顔を見合わせる。あとを追うようにして同じように机を覗くと、2人もまたあっけにとられた。
 そこにはミュウを筆頭に、セレビィにピカチュウ、アグノム、ユクシー、エムリットの顔拓。ヒンバスの魚拓で埋め尽くされた大きな画用紙があった。


「凄いなぁ」
「確かに」
「というかヒンバス、お前反面だけ真っ黒だぞ……」
「バス!」


 サトシは感心したように笑い、シゲルが苦笑する。
 机の上でびちびちと跳ねていたヒンバスを見つけ抱え上げたシンジが、見事に片面だけが真っ黒になったヒンバスを見て目を瞬かせる。
 ヒンバスは楽しそうにヒレをばたつかせた。


「……ちゃあ!」


 何か思いついたらしいピカチュウがぽん、と手をたたく。それからユクシーに近寄り、ひそひそと耳打ちをした。


「きょううん!」


 ユクシーは楽しそうにうなずき、墨に頭を突っ込んだ。
 それにギョッとする間もなく、ユクシーはぺたりと画用紙に自分の顔を押しつけた。


「きょううん!」
「ちゃあ!」


 ピカチュウは嬉しそうにそれを受け取り、自分の手を墨につけ、何やら手を加えている。


「び、っくりしたぁ……。こんだけ散々顔拓見てたのに……」
「いや、墨に頭突っ込んでるところは誰も見てないでしょ……」
「一番すごいのは誰も気づかなかったことだよな……」


 どんだけふざけてたんだ、自分達、と若干恥ずかしくなりながらピカチュウが描き終わるのを待つ。しばらくして、ピカチュウができた!と声を上げた。


「お、出来たのか?」
「ぴかぴーかぁ!」
「どれどれ……ぶふぅっ」


 ピカチュウが真っ先に完成を見せたのはサトシで、完成を見たサトシは噴出して崩れ落ちた。


「え、何? どうしたの?」
「何が描かれて……」


 震えるサトシから画用紙を受け取ってピカチュウの作品を見たシゲルとシンジも、サトシと同じようにそろって崩れ落ちた。


「「「「た、タケシ……!」」」


 ユクシーの顔に毬栗のような髪の毛を描き加え、タケシを描いたピカチュウは、悪戯が成功したミュウとよく似た笑みを浮かべていた。


「ぴ、ピカチュウ……! や、やめて、今俺ら笑いの沸点低くなってるのに……!」
「つ、辛い……! お腹痛い……!」
「……っ、……ふっ、……くっ」


 笑いがこらえきれずに机に突っ伏するサトシ。腹を抱えてうずくまるシゲル。笑いを耐えようと口元を押さえて全力で顔をそ向けるシンジ。とってもカオスだが、とっても楽しい光景だった。


 pipipi……


 唐突に聞こえてきた電子音に、サロンに静寂が落ちる。
 聞こえてきたのはシンジのポケットからで、先程までの笑みを消して、シンジが端末を取りだした。


「……はい、」
『よぉ、シンジ。突然で申し訳ないんだが、今、どこにいる?』


 端末から聞こえた声の主は、ヒナタと同じトップレンジャーのジャック・ウォーカーだった。




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