信頼と絆の物語
レンジャー協会シンオウ第3支部の庭に存在する湖では、ピカチュウ、ヒンバス、ブイゼル、セレビィ、ワニノコ、トリトドン、マナフィが遊んでいた。
そして湖のふちでは、ルギアが楽しそうに遊ぶマナフィたちを見守っている。
ルギアが水にはいらず、湖のふちに座っていることに気づいたワニノコが水から上がる。様子を見ていたサトシたちは、何だなんだとワニノコへと視線を向けた。
ワニノコはサトシ達の視線には気づかずにルギアのそばへ行き、その背中によじ登る。片手をあげ、ルギアを呼ぶと、ルギアが肩口にワニノコを振りかえった。
「ワニャ~!」
『む? ……そうだな。私も水に入るとしよう』
「ワニワニワ~!」
一緒に遊ぼうと提案したらしいワニノコの言葉に、ルギアが立ち上がった。
「ワニャ~!?」
しっかりと背中に捕まっていなかったのか、ワニノコがルギアの背中から滑り落ちた。
ワニノコの悲鳴に驚いたピカチュウたちが慌ててそちらを振りむく。ルギアもまた、彼を振りかえった。
『大丈夫か?』
「……ワニャ~!」
驚いて目を白黒させていたワニノコが、ルギアの言葉に満面の笑みを見せた。
「ワニャワニャ! ワニャ~!」
『ふふ……そんなに楽しかったのか』
ルギアの背中をすべるのが楽しかったのか、ワニノコが踊りだす。するとルギアがワニノコを肩に乗せ、湖のふちに移動した。そして湖のふちにかがむと、ルギアは翼を湖につけた。
「ワニャ?」
『滑って遊ぶといい。楽しかったのだろう?』
「ワニャ~!」
ワニノコがルギアの意図を測れずに首をかしげていると、ルギアはワニノコに笑みを向けた。どうぞ、とうながすように額で頬を押され、ワニノコが嬉しそうにルギアの翼を滑り降りた。
「ぴかっちゅ!」
ザバーン!と水に落ちたワニノコに、ピカチュウが彼をいさめるような声を上げる。ルギアを遊具にするなんて!と言ったところか。
けれどもルギアはゆっくりと首を振った。
『気にすることはない。お前も滑って遊ぶといい』
楽しかったのか、ワニノコが再度背中によじ登る。自分もやってみたくなったのか、マナフィも必死でルギアの背中によじ登る。
友人の体で遊ぶなんて!と耳を垂れさせていたピカチュウも、目を輝かせたマナフィには勝てず、彼がルギアの肩に上る補助をしていた。
「ワニ~!」
「マナ~!」
2匹が楽しそうにルギアの翼を滑る。楽しそうに笑う2匹に、ヒンバスがそわそわと落ち着きをなくす。意味もなくその場で一周してみたりしていた。その様子にトリトドンとブイゼルが顔を見合わせた。
彼女はどちらかと言えば、お姉さん気質で、素直に甘えたり遊んだりすることに奥手なようだった。
この中でも精神年齢の高いトリトドンとブイゼルは、アイコンタクトを取り、ブイゼルが水から上がり、トリトドンが水の中にもぐってヒンバスの下についた。ヒンバスはどうやらそのことに気づいていない。下手に動かれるよりはいいだろう、とトリトドンがヒンバスに向けて水鉄砲を放った。
「ば、バスー!?」
下から打ち上げられたヒンバスが悲鳴を上げる。ブイゼルはまっすぐに自分の元に落ちてきたヒンバスを受け止めた。
自分の姿が見えないのにまっすぐに自分の元にヒンバスを打ち上げたトリトドンの水鉄砲の正確さに舌を巻きながら、ブイゼルはルギアの元に向かう。
ブイゼルがやろうとしていることに気づいたセレビィがブイゼルを手伝って、ヒンバスをルギアの肩に乗せた。
「ば、バス……?」
「ブーイ」
「レビィ」
眼を白黒させるヒンバスに向かって、ブイゼルとセレビィが笑顔でうなずく。ヒンバスが恐る恐るルギアを見上げると、ルギアはこくりと一つうなずいた。
「ば、バス!」
「ブイ、」
「レビィ!」
ヒンバスが意を決してうなずくと、ブイゼルとセレビィが嬉しそうにうなずいた。
それからゆっくりと背中を押す。すいーっとルギアのつるりとした翼を滑り、ヒンバスはばしゃりと水の中に滑り降りた。
「ンバ、バス!」
『そうか、それはよかった』
ヒンバスが嬉しそうに笑うと、一同も嬉しそうに笑った。
和気あいあいとするピカチュウたちを、サトシ達は微笑ましげに眺めていた。こうしていると、ヒンバスは普通のポケモンのようだった。
傷ついていることを忘れてしまいそうなくらいに明るい表情をしている。
それは、あの場に人間がいないからだろうか。人間たちがあそこに交じっても、彼女は笑ってくれるだろうか。傷ついたポケモンたちと出会ってから、サトシ達はそんなことばかり考えていた。
『サトシ、シンジ』
「「!!」」
セレビィ達を連れてきたディアルガが、2人の背中に顔をすりつける。そちらを見れば、ディアルガとパルキアが悲しそうな笑みを浮かべていた。
『そんな顔をするな。お前たちのせいではないのだから』
「パルキア……」
『あれを見てみろ。あのヒンバスの楽しげな顔を』
パルキアに示されるまま、サトシとシンジはヒンバスを見た。彼女はとても楽しそうに笑っている。先程まで自分を卑下し、涙を流していたポケモンとは、とても思えなかった。
『お前たちのおかげで、あのヒンバスは笑顔を取り戻した。お前たちが救ったんだ』
『私たちもそうだ。こうやって友として接してくれるお前たちには、感謝してもしきれない』
『お前たちと出会わなければ、私たちはきっと孤独だった』
『お前たちはたくさんのポケモンを救っているんだ』
『胸を張れ。前を見ろ。自分を誇って笑ってくれ』
『『お前たちの笑顔に、私たちは救われたんだ』』
ディアルガとパルキアの温かい言葉が、じんわりと胸にしみわたる。特にシンジには、より強く伝わっただろう。哀しいこともつらいことも、人一倍伝わってしまうけれど、その分喜びと幸福も、人よりもずっと強く感じられるのだ。
滅多に笑わないシンジが、ひどく優しげに笑っていた。
「ありがとう、ディアルガ」
「ありがとう、パルキア」
「「もう大丈夫だ」」
2人はディアルガとパルキアに向けて、感謝の念を送った。
その言葉通り、大丈夫だと、ヒマワリのような輝かしい笑顔を湛えて。
その気持ちを受け取ったディアルガとパルキアも、嬉しそうに笑った。
「「「まだ何もしてないのに――――――!!!」」」
「「『『ん?』』」」
どがああああああん!という凄まじい音ともに、聞き覚えのある叫び声が聞こえた。
4人で顔を見合わせ、空を見上げると、そこにはやはり見覚えのある3人組が空の彼方へと飛んで行くところだった。
そんな様子にサトシは苦笑し、シンジは呆れたように肩をすくめた。
「懲りないな、あいつらも」
「もうかれこれ5年の付き合いかぁ……」
長いなぁ、と言って、サトシは眼を細めた。
敵であることには変わらないが、彼らの中にはある種の情が生まれている。
今まで争ってきたことも、彼らにとっては大切ない思い出の一つだ。
『しかし……随分と遠くまで飛んだな』
「そう言えば、今日の見回り当番ってユキメノコだっけ」
『彼女は本当に容赦がないな……』
もうすでに見えなくなったロケット団の3人を、ディアルガ、サトシ、パルキアは遠い目で見つめた。もちろんその姿は見えなかったが。
ユキメノコはシンジの最初の6体の内の一体だ。
新人時代からシンジをよく知っており、相棒とまでは行かなくても、シンジからも全幅の信頼を得ている。そのため、今日も見回り当番を任されたのだ。
(後でほめてやらなくてはな……)
みんなのお姉さんたるユキメノコも、シンジの前ではただのポケモンだ。褒められたらうれしいのはみんな一緒である。
ふわりと口元に笑みをこぼし、シンジはユキメノコの嬉しそうな顔を思い浮かべた。
けれどもサトシ達はそんなシンジを複雑そうに見つめていた。
彼女はシンジ以外には容赦がない。自分の加護下に含まれているシンジのポケモンたちにさえ、容赦ない攻撃を浴びせることもある。
シンジに危害を加える可能性がある相手ならば、なおさら。
敬愛するシンジに褒められたら張り切ってしまうだろう。
そろそろ死人が出てもおかしくはない状況に陥るのではないかと、サトシ達は背筋を震わせるのだった。