信頼と絆の物語
サトシとシンジはシンオウ地方にいた。
ポケモンレンジャー協会、シンオウ第3支部として使われている古城のそばに存在する小さな湖のほとりに座っていた。
その池の周りには、サトシたちのほかに、彼らのポケモンとヒンバス。ヒンバスの遊び相手を連れてきたディアルガとパルキア。遊び相手として連れてこられたルギアにマナフィ。そしてセレビィがいる。
ヒンバスはいきなり現れた伝説のポケモンたちに驚き、委縮したものの、ピカチュウたちと親しい様子をみると、おずおずとだが、彼らの輪に入って行った。
なかなか社交性のある性格だったようで、すぐに彼らと打ち解けた様子を見せていた。
サトシとシンジは、そんな彼らを微笑ましく見守っていた。
しかし、そんな彼らを見守っていたのはサトシたちだけではない。
湖のそばの茂みに、不自然に木が密集しているところがある。
そこには3つの人影があった。
「凄い光景だニャー……」
感嘆の声を上げたのは、額に小判のついたネコ型のポケモン・ニャースだった。
「確かになかなか見られる光景じゃないぞ……」
感心したように、ほう、と息をついたのは青い髪の男・コジロウだ。
「そうね。あー、あの中の1匹でいいから捕まえられないかしら」
疲れたような声を上げたのは赤い髪の女・ムサシ。
彼女の言葉に、ニャースとコジロウは静かに首を振った。
「さすがに無理なのニャー……」
「相手は伝説のポケモンだぞ」
「むう……」
呆れたように肩をすくめる2人に、ムサシが頬を膨らませる。
すると彼女らの目を向けていたその先で、マナフィがむくれた。
おそらく、彼が母と慕うハルカがいなかったためだろう。むくれたマナフィを、ルギアとヒンバス、ピカチュウがなだめる。それで機嫌を直したらしいマナフィは、彼らの後を楽しそうについて湖の中に潜っていった。
そんな様子を見て、3人組は微笑ましげに頬を緩ませた。
「なんか、和むなぁ……」
「そうだにゃー……」
「ホントねぇ……」
3人の間に、和やかな空気が流れる。花が飛んでいる幻覚までもが見えてきそうだ。
「もうしばらく眺めてようぜ」
コジロウの言葉に、ムサシとニャースがそれがいい、とうなずいた。
「今は伝説のポケモンたちがいるし、ピカチュウを捕まえるのは伝説のポケモンたちが帰ってからにしましょ!」
「ヒンバスはいいのにゃ?」
「私、ヒンバスあんまり好きじゃないのよね……」
不思議そうなニャースの言葉にムサシが覇気のない声を返した。
ムサシはナルシスト気質で美しいものを好む。みすぼらしいポケモンとして有名なヒンバスは彼女の好みから外れていたのだろう。
「でも、ヒンバスは進化すればミロカロスになるぞ」
ミロカロス、という名前に聞き覚えがあったらしく、ムサシの肩がぴくりと反応する。コジロウの言葉に、ニャースが深くうなずいた。
「世界一美しいと言われるポケモンなのにゃ!」
「ボスに献上すれば、きっと御喜びになるぞ!」
興奮を抑えられないというような2人の言葉に、ムサシが「いいえ!」と力強く言って、たちあがった。
「ボスに献上するのはピカチュウだけよ! ミロカロスは私のポケモンにするわ」
「どうしてだ?」
「私がミロカロスを使ってコンテストに出場すれば優勝間違いなし! そうなれば、ロケット団の知名度もアップ!」
「「おー!!!」」」
名案だ、とばかりにムサシが拳を握る。コジロウとニャースも、感心したように目を輝かせた。
「そうなれば、ボスも大喜びなのニャ!」
「更にピカチュウを献上すれば……」
「「「幹部昇進、支部長就任、いい感じー!!!」」」
『ふふふ……。そんなことにはさせませんわよ?』
唐突に背後から聞こえた声に、3人はびくりと肩を震わせた。
ムサシとコジロウにはポケモンの声としかわからなかったが、ポケモンであるニャースには、その内容まではっきりと聞こえていた。冷たい冷気を乗せて発せられた言葉に、ニャースはぶるりと全身を震わせた。
ギギギ、とブリキのおもちゃのように、ゆっくりと背後を振り返る。そこには白く美しいポケモン、ユキメノコがいた。
『我が君に向けて視線を感じると思ったら……あなたたちでしたのね?』
済んだ美しい声が耳を打つ。その微笑みも穏やかで、見惚れるものがある。
けれどもその声にも笑みにも、どこか冷たいものを感じさせ、美しさに呆けることはできない。
その美しい中の恐ろしいまでの冷たさは、彼女の主たるシンジを彷彿とさせた。
「にゃ、にゃーたちはぐ、偶然ここにいて、偶然ジャリボーイたちを見つけたのにゃ~……」
「「そ、そうそう!」」
『そうなんですの……。ところで、どうして私がここにいるのか、あなたたちならおわかりじゃありませんこと?』
ムサシとコジロウはポケモンの言葉を理解できない。そのためニャースの話に合わせている。それを分かっていて、ユキメノコがにこりと笑った。
ユキメノコの思惑通り、彼女の笑みに、ごまかせた、と勘違いしたらしい2人がほっと胸をなでおろす。
しかしニャースは対照的に、顔を青くさせた。
『今日の見回り当番、私なんですの』
頬に手を当て、こてん、と首をかしげる様は、天使のように愛らしい。
しかしニャースは、言われた言葉の内容に、全身を硬直させた。
見回り当番というのは、レンジャー協会に存在する交体制の見回り制度のことである。
レンジャー協会は傷ついたポケモンだけでなく、珍しいポケモンを保護することも多い。そのため、度胸のある密漁者や、バイヤーたちに襲撃されることもしばしばあった。
それを未然に防ぐために、レンジャーのポケモンや、協力者のポケモンたちが交代で協会の見張りを務めるのだ。それも、一定のレベルと協会が定めた基準を超えた、俗にいう”強いポケモン”が。
そして彼らには、主たるトレーナーから、直々にこう命じられているのである。
――”容赦はいらない。仇なす者は排除せよ”
見回り当番のポケモンに、幾度となく吹っ飛ばされたニャース達は、その情け無用の応酬を知っている。むしろ、体が覚えている。
山を3つも超えた時は、綺麗なお花畑すら見えたものだ。
『我が君の命にのっとり、あなたたちを敵とみなし、この庭から排除させていただきますわ?』
天使の微笑みを持ってして、ユキメノコが死刑宣告を下した。
『さぁ――お逝きなさい』
ぎゅるぎゅると凄まじい音を立てて、胸の前にかざされた手に、黒いエネルギーが集約する。そして穏やかな笑みのまま、ロケット団に向けて、無情にもシャドーボールを放つ。シャドーボールが直撃し、爆発が起こり、黒焦げになったロケット団は、
「「「まだ何もしてないのに――――!!!」」」
と叫びながら、空の彼方へと消えていった。
『相変わらず良い飛びっぷりですわ』
ころころと笑い、ユキメノコは自分の仕事を全うするために、森の中に姿を消した。