大食漢
サトシ達は今、とある森の中で食後のデザートを食べていた。デザートはセレナとユリーカが作ったケーキで、甘い生クリームがふんだんに使われている。
サトシ達はおいしいケーキを食べつつ、とある少女を見て癒されていた。
とある少女ことシンジは、兄の営む育て屋の手伝いでカロスに来ていた。その短い期間の中でサトシと再会したシンジは、ちょっとした親睦会ということでともに食事をしたのだ。その時に小ポケモンじみたシンジの愛らしさに胸を撃たれたサトシ達が、ともに旅をしようと誘ったのだ。特に断る理由もなかったシンジはそれを了承し、短い期間ではあるが、ともに旅することのなったのだ。
そして今日も今日とてサトシ達はちまちまとケーキを口に運ぶシンジに癒されているのである。
「シンジは何でもおいしそうに食べるね!」
「? 美味いものをどうやってまずく食えというんだ?」
「あはは、確かに!」
会話にも癒される。ユリーカとシンジの少しずれた会話に耳を傾けながら、胸がいっぱいになる気持ちでサトシ達はケーキを咀嚼した。
「あ、そうだ、シンジ。僕の分のイチゴも食べますか?」
「食べる」
「はい、どうぞ」
フォークに刺さったイチゴを差し出すと、シンジはぱかりと口を開ける。雛鳥に餌をあげているようだ、とシトロンが小さく笑った。
「ん、うまい」
「 」
ちろり、と舌を出し、フォークをなめとっていくシンジに、シトロンが硬直する。それを不思議そうに眺めながら、サトシがシンジに手を伸ばした。
「クリーム付いてるぞ」
「ん?」
イチゴを食べた時についたであろう口の端についたクリーム。それを親指で拭ってやると、シンジがそのクリームを舌でなめとった。
「ん、どうも」
硬直したサトシなどお構いなしに再びケーキを口に運ぶ。ケーキを口に入れようとしたその時、サトシがシンジの顎を掴み、無理やりに自分の方へと向かせた。
「お、い……?」
シンジが戸惑ったような声を上げる。けれどサトシはそんなもの聞こえないというふうにシンジに迫る。
もう少しで唇が触れるところまで迫った時、スパァン!と気持ちのいい音を響かせて、シトロンが放ったハリセンがサトシの脳天に直撃した。
「サトシってば、お腹がいっぱいになったとたんに寝ようとしないでくださいよ。シンジの上に倒れ込んだらシンジが潰れますよ」
「え? いや、起きてなかったか、こいつ……」
「シンジの見間違いですよ。顔洗わせてきますね」
「あ、ああ……」
脳天に決まった一撃の痛さにサトシが悶絶する間に、シトロンがサトシをその場から連れ去る。
ユリーカはケーキに夢中で一連の光景を見ていなかったようで、しょうがないなーとコロコロと笑っている。セレナは硬直し、シンジは訳がわからずに呆然と2人を見送った。
+ + +
サトシとシトロンは昼食を食べていた場所から少し離れた小川に来ていた。
サトシとシトロンは膝に顔を埋め、深いため息をついた。
「やばかった。本当にやばかった。口の中に指突っ込んでやろうかとか本気で考えちゃった」
「もっとやばいことしそうになってましたけどね」
「うん……。止めてくれてありがとな、シトロン」
「いえ、正直僕も危なかったので、お互い様です」
「シトロンも?」
「……はい」
頭を抱え、2人が沈黙する。
沈黙を破ったのは、サトシの方だった。
「あいつ、襲われたりしなかったのかな……」
「さっきの反応を見る限り、なかったのではないでしょうか」
「……でもさ、これから先、危なくないか?」
「危ないですよね」
なにせ、恋愛と聞いても首をかしげるような少年が、理性を飛ばすほどなのだから。
――大食いシンジは危ない子
(主に少年の理性的な意味で)
このあと何とか落ち着いた2人が仲間の元に戻ったのだが、指についたクリームをなめとるシンジを見て、膝から崩れ落ちることになるのだが、それはまた別のお話。