大食漢
「もう行っちゃうのか……」
晴れた日の昼下がり。サトシが寂しそうな顔で呟いた。
そんな彼らの前には気まり悪げに眉を下げるシンジがいた。
何故彼が一緒にいるのかというと、カロスの旅の途中で再会したシンジが実は大食漢であることが判明したことがきっかけである。
食事中のシンジは普段の鋭さはどこへやら、まるで小ポケモンのごとき愛らしさであった。その愛らしさに胸を打たれたサトシ一行が旅の同行を願ったのである。
しかし彼は実家の育て屋の仕事の手伝いでカロスに来ており、それが終わればシンオウに帰ることになっていた。
仕事を無事に完了しており、彼がカロスにいる理由はなくなったのである。
「最初から分かっていたことだろうが……」
寂しそうな表情を浮かべるシトロンたちに、シンジが呆れたように溜息をつく。
しかしあまりの落ち込みように、さすがのシンジも声に覇気はなかった。
「でもやっぱり寂しいよ……」
「仕方ないのは分かってるんだけど、やっぱりもう少し一緒にいたかったよね……」
「僕もです……」
しゅんと肩を落とすユリーカたちに、シンジは大きくため息をついた。
それからシンジは背負ったボディバックを降ろし、中を漁る。そして中から取り出したメモ用紙にさらさらと何かを書きつけ、それをサトシに突き出した。
「シンジ、これは?」
「俺のポケギアと、実家の電話番号だ」
「えっ!?」
「連絡できないのは不便だろうが」
バトルをするにしろ、食事をするにしろ。
小さく呟かれた言葉に、サトシ達の目が輝く。
「お、俺のも教える!」
「私も!」
「僕のも!」
次々に差し出された連絡先が描かれたメモ用紙を受け取り、シンジは存外丁寧にそれを受け取り、バッグにしまった。
そして踵を返すシンジの背中を見るサトシ達の顔は、先程とは打って変わって明るいものとなっていた。
「絶対連絡するからなー!」
大きく手を振るサトシ達に、シンジは後ろ手に片手を上げることで答えた。
「お帰り」
「……ただいま」
久々に帰った我が家の戸を開けると、預かったポケモンにブラッシングを掛けている兄が出迎えた。
「悪いな、仕事任せてしまって」
「別に。それに、兄貴はここを離れられないだろ。ポケモンを預かっているんだから」
「まぁな。ところで、お腹すいてないか?」
指摘されたことで空腹を自覚し、腹の虫が盛大に暴れ出す。
「……すいてる」
「じゃあ、すぐに作るよ」
相変わらずの食欲にレイジが笑って、台所へと向かった。
「いただきます」
「どうぞ」
食べ慣れた兄の料理は、とてもおいしかった。
カロスで食べたココットやマリネ、ムニエル、キッシュやラタトゥイユ。どれもこれもおいしかったが、やはり家庭の味に勝るものはない。
おいしい。
けれど。
おいしいのだけれど。
(……あいつらと食べた方が、美味かったな)
―――一人で食べてもおいしくない。
ハルカが言っていたことを思い出す。
ちらりと兄を見れば、彼は自分が料理を食べる様子を楽しげに見つめていた。それは良く見る光景であった。
兄のレイジの食事量は平均的な男性よりも少し多いくらいだ。一般的に見れば食べる方であるが、シンジよりも食事を早く終えるのが常である。そんなとき、レイジはいつもシンジが食事を終えるまで待っているのだ。
「……兄貴は食べないのか?」
「え? 俺はもう――」
食べ終えた、と言いかけてやめた。
シンジの顔に、一抹の寂しさの様なものが見えた気がしたのだ。
「そうだな。俺も一緒に食べるよ」
席について手を合わせるレイジに、シンジは満足げに頷いた。
久々に二人で食べた料理は、やっぱりとてもおいしかった。