大食漢
シロナは迷っていた。
シンオウにある小さな公園に止まっている移動式のクレープ屋の前で。
このクレープ屋はクレープだけでなく、アイスも有名だ。
大のアイス好きであるシロナは、この店のアイスを求めてこの公園にやってきた。
もちろんクレープ屋なのでクレープには及ばないが、アイスの種類も豊富だ。
何のアイスを食べようか、とシロナは顎に手を当て、う~んとうなった。
「シロナさん?」
ふと聞こえた聞き覚えのある声に、シロナは思考をいったん停止させて後ろを振り返った。
振り返った先には、予想通りの人物がちょこんと立っていた。
頭一つ分以上の身長差があるため、どうしても上目遣いになってしまう相手に、シロナは思わず口元を緩めた。
「あら、シンジ君。こんなところで会うなんて、偶然ね」
「シロナさんこそ、」
「私はここのアイスを買いに来たの。シンジ君は?」
「俺もここのクレープを買いに来たんです」
「あら、そうなの?」
意外だ。甘いものは苦手そうなのに。
目を丸くしたシロナに、シンジは特に表情を変えずに隣に並んだ。
「悩んでるんですか?」
「え?」
「ずっとここで突っ立ってましたけど」
「あ、ああ・・・。そうなのよ。どれもおいしそうで、」
「お腹がすいてると、更においしそうに見えて、なおさら悩みますよね」
メニュー票をじっと見つめるシンジはわずかだが目が輝いている。
大人びた子どもだと思っていたシロナは、シンジの意外な一面に口元をほころばせた。
「シロナさん、決まりました?」
「私はまだ。決まったのなら、お先にどうぞ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて、」
シンジがつま先で立ってクレープ屋の女性に声をかける。
女性も微笑ましそうに身を乗り出してシンジの注文を聞いた。
「サラダクレープを2つと、イチゴとチョコのクレープを1つください」
「3つも持てるかな?」
「大丈夫です。ポケモンに持っていてもらいますから」
「なら大丈夫ね」
女性はシンジからお金を受け取って、クレープを作るために奥へと引っ込んでいった。
その間にシンジはマニューラを出していた。
クレープを3つも頼んだことに驚いたシロナが、アイスボックスから顔をあげ、シンジを振り向いた。
「誰かのお使い?」
「いいえ?」
「え?もしかして、1人で食べるの?」
「?はい・・・。変ですか?」
変も何も、とシロナは眼を丸くした。
今は俗にいうおやつ時。つまりこのクレープは間食ということだろう。
昼ご飯を食べてそう間もないはずなのに、クレープを3つも食べるなど、大人である自分にもできないだろう。
何も言えずにシンジを凝視しているシロナに、シンジは首をかしげた。
「はぁい、クレープが出来ましたよ」
「!」
クレープが完成したらしく、女性が車を降りて、シンジの前にかがむ。
出来あがったクレープを嬉しそうに受け取るシンジに、女性がにこにこと笑っていた。
・・・にこにこというよりも、デレデレと言う方が正しいかもしれない。
「あれ?俺、3つしか頼んでませんよ・・・?」
「これはお姉さんからのサービスよ。また来てね?」
「!はい、ありがとうございます」
女性がにっこりと笑う。
女性の手には通常のものよりも大きく作られたクレープがあった。
イチゴとチョコのほかに、バナナやミカンなどもふんだんに使われ、最早サービスの域を超えている。
最初は困惑していたシンジも、女性の柔らかい笑みにふんわりと笑った。
「くっ・・・!可愛い・・・!!!」
女性の押し殺したような声が聞こえた。
クレープを受け取り満足げなシンジには聞こえていなかったらしいが、シロナにはばっちりと聞こえていた。
この子年上から可愛がられそうだものね、とシンジを可愛がっている筆頭であるシロナが自分を棚に上げて困ったように頬に手を置いた。
「じゃあ、シロナさん、俺はこれで」
「あ、待って!」
「はい?」
レジの女性にもう一度お礼を言って、シロナに向き直ったシンジを、シロナが呼びとめる。
呼びとめられたシンジはマニューラとともに首をかしげた。
「シンジ君、ここのアイスは食べたことある?」
「え?あ、はい」
「じゃあ、オススメなんかがあったら、教えてくれる?」
「オススメ、ですか・・・?」
「そう」
シロナがにこりと笑うと、シンジが少しだけ考えるそぶりを見せて、それからこれ、と一番端にあるアイスを示した。
「これ?」
「はい。クレープの生地の入ったアイスで、おいしいんです」
シンジがお勧めとして選んだアイスは、クレープアイス、という名前で売られている商品だった。
クレープの生地とイチゴの果肉の入ったバニラアイスで、食べたいアイスの候補に入っていたものだ。
口元を緩めたシンジの顔を見て、シロナはほかの候補を全部はずし、これ一択に決めた。
「このクレープアイスください」
「かしこまりました」
先程まで悩んでいたのがウソのような即決に、シンジが目を瞬かせる。
お金を払い、アイスを受け取ったシロナは満足そうに笑った。
「シンジ君、一緒に食べましょ?」
「え?」
「誰かと一緒に食べるわけではないんでしょう?」
「え、ええ、まぁ・・・」
「じゃあ、私と食べましょう?」
何かを食べるときは誰かと一緒に食べる方がおいしいから。
そう言ってシロナは近くのベンチを指差した。
+ + + + +
シンジを真ん中にしてベンチに座ったシロナとマニューラは口元を緩むのが抑えられない、というような表情でシンジを見ていた。
サラダクレープを小さい口で咀嚼するシンジはパチリスやミミロルを思い起こさせた。
じっと自分を見つめるマニューラに気がついたシンジは、きょとんと眼を瞬かせて彼を見やった。
「食べたいのなら食べればいいんだぞ?」
「マーニュ」
「・・・?いいのか・・・?」
「マッニュ!」
「・・・?」
シンジがマニューラの持つクレープを示すと、マニューラは大丈夫、と首を振る。
シンジは納得のいかない顔をしながらも、クレープの咀嚼に戻った。
一口はちびちびと小さいが、次々に口に運ぶ様が小ポケモンにそっくりで、シロナは悶えを必死に隠しながらアイスを頬張った。
大好きはアイスに自分のお気に入りのトレーナーのかわいらしい食事風景。
シロナは顔が盛大に緩んでいる自信があった。
「(ああもう、かわいいなぁ・・・)」
シンジはすでにサラダクレープを2つとも平らげ、デザートのイチゴクレープを頬張っている。
その小さな体のどこに入るのかははなはだ疑問であるが、可愛らしいので問題はない。
シンジはサービスで付けられた4つ目のクレープに突入した。
レジの女性のサービス精神がたっぷりと盛り込まれたクレープは、シンジの手には少々大きいように感じた。
果物もふんだんに使われており、一口食べるごとに溢れてくる。
それらがこぼれないように四苦八苦しながら食べているシンジも愛らしい。
少々焦って食べているからか、一気に口に含んでいるからか、頬が膨らんでいる。
食事中のパチリスやエモンガみたいだ。
「んぅっ・・・!?」
溢れてきたチョコやクリームがシンジの口元を汚す。
驚いて目を白黒させているシンジは実際の年齢よりも幼く感じさせた。
拭いてあげないと、とシロナがハンカチを出そうとした時、横に座っていたマニューラがシンジの前にひょこりと顔をのぞかせた。
「?マニューラ・・・?」
「マッニュ!」
「!」
シンジの膝に座ったマニューラがぺろりとシンジの口元をなめる。
驚いたシンジが目を見開いた。
「ま、マニューラ・・・?」
「マニュ~」
「~~~っ」
ぺろぺろと口元を嘗めるマニューラは上機嫌で、さすがのシンジも無下にできなかったらしい。
マニューラの好きにさせているが、舌でなめられるのはくすぐったいようで、眉を寄せて、きゅうと目を閉じている。
それを見て、シロナがくらりとベンチに突っ伏した。
「シンジ君、可愛すぎでしょ・・・!」
シロナの心からの発言は幸いにもシンジには聞こえておらず、シロナのメンツは保たれたのだった。