君の声が聞こえる
「次はどこに行くつもりなんだ?」
森の中を歩きながら、シンジがたずねた。
うっそうとした深い森だが、木々の間から日光がさし、道を照らしている。
朝の日差しと木々の影を交互に浴びながら、サトシは首をひねった。
「う~ん・・・。別れたポケモンたちにはひと通りあったし・・・。そういえば、シゲルがオダマキ博士のところに研修に行ってるって言ってたな・・・。オダマキ博士のところに行ってみようぜ!」
名案をひらめいたサトシが、笑顔で言った。
ピカチュウとそろってシンジを見やれば、シンジは小さくうなずいた。
「そうだな。ここからそう遠くはない。3日程でつくだろう」
「3日?今から歩けば明日の夕方くらいにはつくぜ?」
「ぴかちゅ」
シンジの言葉にサトシとピカチュウが首をかしげれば、シンジが呆れたように言った。
「お前たち、私たちがお前のライバルや旅仲間になんと言われているか、覚えているか?」
「「・・・・・」」
「・・・何かに巻き込まれない自信はあるか?」
「・・・ない!」
「ぴかちゅ!」
「だろうな」
旅仲間やライバルの間で、サトシとシンジは全自動トラブル回収機と呼ばれている。
1人だけでも一般のトレーナーが旅をしていて遭遇することのないレベルのトラブルに巻き込まれるのだ。2人そろった時に相乗効果は測り知れず、回収率が半端じゃない。
3日とおかずにどこからともなく表れるロケット団の出現率並みに何かしらに巻き込まれれば、超ド級の鈍感さを持つサトシでさえいい加減自分たちがトラブルホイホイだと自覚する。むしろ、これだけのことがあって見自覚でいたならあ、それはもう医者もさじを投げるであろうレベルの重症患者だ。
「まぁとりあえず、ゆっくりいくか!」
行き先が決まった時は御用心。
新たな門出にはトラブルはつきもの。
すでにフラグの立っているときは慌てずゆっくり行動しよう。
サトシの言葉に、シンジはうなずき、オダマキ研究所へと足を向けた。
「案の定だな」
「案の定だったな」
サトシたちは今、オダマキ研究所近くの森の中にいた。
2人は特に何事もなく順調に、着実にオダマキ研究所への距離を縮めていた。
途中、昼食を取るために河原で休んでいると、どこからともなく表れたキノガッサたちに荷物を奪われたのである。
それを追って森の中へ入ると、まるでポケモンたちが2人を先導するように2人の少し前を走りだしたのである。
ポケモンたちの先導通りに走り続けていると、毒に侵されたキノココの元へ案内されたというのが、ことのいきさつだ。
自分たち2人の旅路が順調に進むわけがなかったと、サトシは苦笑して肩を落とし、シンジはうなだれた。
ともかく、落ち込むのは後だ。
今、目の前には毒に苦しむキノココがいる。
キノガッサたちに返してもらった荷物をあさると、幸いにも、毒消しを持っていた。
しかし、毒消しだけでは、失われた体力は戻らない。
「サトシ、オレンの実が近くにないか探してきてくれ」
「わかった」
サトシはうなずき、2人の様子を不安そうに見つめているキノガッサに向き直った。
「大丈夫だよ、キノガッサ。シンジに任せておけば、キノココはすぐに良くなるから」
優しい声と表情にキノガッサが小さくうなずく。
わずかだがキノガッサの緊張が取れたことを確認すると、サトシはピカチュウとともに森の中へと駆けだした。
それを見送って、シンジは毒消しを取りだした。
「き、キノ~・・・」
「これは怖いものではない。お前を治す薬だ」
そう言ってシンジが毒消しを吹きかければ、キノココはわずかにだが表情を和らげた。
「キノ~・・・」
「!!キノガッ!」
「安心しろ。毒は消した」
「キノガ~・・・!」
キノココの少しだけだが良くなった顔色とシンジの言葉に、キノガッサが安堵のため息をつく。
キノガッサはキノココに擦り寄り、安心したように笑っている。
「おーい、シンジー!」
「サトシ。木の実は見つかったのか?」
「ああ!」
サトシとピカチュウが両手にオレンの実を抱えて駆け寄る。
さすがにこの寮の木の実は必要なかったが、自分たちで消費すればいいかと納得し、シンジはオレンの実をすりつぶし始めた。
「サトシ、キノココを起こしてくれ」
「わかった」
すりつぶしたオレンの実をキノココの口元に持って行ってやれば、キノココは少しずつだがオレンの実を食べ始める。
長い時間がかかったが、用意した分のオレンの実をすべて食べきった。
「よくがんばったな」
「偉いぞ~、キノココ」
「キノ~」
サトシとシンジがキノココを褒めれば、キノココは照れたように笑った。
最初に比べると、顔色がだいぶ良くなってきたように思う。
キノガッサたちが2人をつれてきたのが速く、すぐに処置が行われたためだろう、症状は軽いものだった。
もう2,3日休めば体力も戻るあろう。
「もう大丈夫だ。後は体力が戻るまで安静んしているんだな」
「キノ~!」
「キノガ~!」
キノココとキノガッサが嬉しそうにうなずく。
それを見届けて、2人は荷物を背負った。
「じゃあな、キノココ!キノガッサ!」
「ぴかちゅ~!」
「キノ~!」
「キノガ~!」
キノココたちに手を振り、彼らと別れ、2人はまた獣道を歩き出す。
獣道を歩きながら、シンジは肩をすくめた。
「どうした?シンジ」
「いや・・・。トラブルに巻き込まれるのも、もはや日常だなと思っただけだ」
「そうだな~」
こめかみを押さえるシンジを見て、サトシが苦笑する。
サトシの肩に乗るピカチュウも、若干げんなりしている。
「ぴか?」
「どうした?ピカチュウ」
ぴくりと、ピカチュウの耳が反応を示す。
ピカチュウはきょろきょろとあたりを見回し、それから上を見上げた。
あああああああ・・・
「「・・・・・」」
「何か聞こえなかったか?」
「気のせいだと思いたいが、聞こえたな」
ピカチュウの視線をたどり、2人も上を見上げた。
「うわああああああああああ!!?」
「「!!?」」
2人が慌てて後ろへ飛んだ。上から、何かが落ちてくる。
そして、上から落ちてきたものが、地面に激突した。
落ちてきたものを確認し、サトシは眼を見開いた。
「オダマキ博士!?」
「いてて・・・。あれ?サトシくん?シンジくん?」
「どうして木の上から・・・」
「いやぁ、ナマケロを観察しようとしたら、ヤルキモノを怒らせてしまってね。顔を引っかかれて、そのまま木から落ちてしまったんだよ」
そう言って苦笑するオダマキの顔には、確かに引っかき傷がある。
オダマキは自然の中にいるポケモンを研究している。そのため生傷が絶えない。
しかし、その傷の分に見合うだけの実績があるのも確かだ。
「オダマキ博士!!」
また木の上から影が降ってくる。
その影はオダマキとは違い、地面に激突することなく、華麗な着地を決めた。
「おお、シゲルくん。君は大丈夫だったかい?」
「え、ええ・・・。って、サトシ!シンジ!どうして2人がここに・・・」
シゲルが驚愕で目を丸くする。そんな彼の疑問にサトシがこたえた。
「シゲルがオダマキ博士のところに研修に来てるっていうから、顔を見に行こうと思って」
「ああ・・・なるほど。というか君たち、また何かに巻き込まれたのかい?」
この道は一般のトレーナーが通る道ではない。
サトシたちも、自分たちがトラブルホイホイであることを自覚してからは、できるだけ一般の道路を歩くようにしている。
ポケモンの多い所にいればいるほど、トラブルに巻き込まれることになるうえに、何かしらの巻き込まれたとしても、一般道路なら、通行人に助けを求めることもできる。
逆に、こういったけもの道にいると、すぐに何かに巻き込まれたことがばれてしまうのだ。
「まぁな」
「もう何回目になるか数えたくもないね」
「2人旅を始めてからでも、3ケタ近くはいってるんじゃないか?」
「日数とトラブルの割合がおかしい!!!」
胃が痛い、とシゲルがうめく。
彼の隣で話を聞いていたオダマキが苦笑した。
「相変わらずのようだね、2人とも。シゲルくんも、2人がトラブルに巻き込まれるたびに怒っていたんじゃ、いい加減胃に穴があくよ?君が起こっても、2人が無茶をするのをやめるわけじゃないんだから」
「でも・・・っ!」
「だからね?」
オダマキがにっこりと笑う。
穏やかな笑みだったが、サトシとシンジは、その笑みを見た瞬間、背筋が粟立つのを感じた。
首に手をかけられるような悪寒に、思わず体が震える。
これはアレだ、アカンやつや。
2人の危機察知能力が、全力で警鐘を鳴らす。
しかし、逃げることは許さないというように、オダマキが笑みを深めた。
「もし2人が無茶をして、大けがでも折った時に、もう二度と無茶をする気も起きないくらいに怒ってあげればいいんだよ。ほら、良く言うだろう?普段怒らない人が起こると怖く感じるって」
「・・・そうですね、そうします」
爽やかな笑みに下に、どす黒い怒りを隠した2人に、サトシの顔面は蒼白になり、シンジはいつもの無表情をひきつらせた。
この手のしたたかな人種は、サトシとシンジのもっとも苦手とする部類の人間だ。
この手の人種に勝てないサトシとシンジであった。