2人のみこ
サトシたちは今、竜の里にいた。
100年に一度行われる、神々に感謝を伝えるお祭りが開かれるのだ。
そしてアイリスがその才能を見込まれ、神々にささげる笛の音を奏でる巫女に抜擢されたのだ。
イベント好きなサトシと派手なことや、にぎやかな祭りが大好きなイッシュで育ったデントたちは、この祭りが始まるのを今か今かと待ち望んでいた。
「楽しみだなぁ、ピカチュウ」
「ぴかっちゅ!」
「100年に一度しかないお祭りに参加できるなんて、なんてミラクルなテイストなんだ!」
「落ち着いてください、デントさん」
「そうよ、うるさいわよデント」
「まぁ、楽しみな気持ちはわかるけどなぁ」
「でもあんまり騒ぐと周りに迷惑よ」
「100年に一度しかないお祭りに参加できるのはやっぱり凄いことよ!早く始まらないかなぁ?」
サトシにピカチュウ。デントにシューティーにカベルネ。ケニヤンにラングレーにベル。
いつものにぎやかなメンバーが集まり、よりにぎやかさが増している。
いつもならうるさいと注意を受けるだろうが、今日は祭りである。
皆が浮足立ち、それを気にする者はいない。
「みんなー!」
「きばきばー!」
白と淡い桃色の衣装に身を包んだアイリスが、キバゴとともにサトシたちの元に駆け寄る。
いつもと違い、髪をおろしている。
「見てみて!どう?巫女の衣装よ!」
「わぁ、きれ~」
「まぁまぁね」
「転んで汚すんじゃないわよ、アイリスの子供」
「わかってるわよ、それと、それをいうなら子供のアイリスでしょ!」
三者三様の反応に苦笑する。
アイリスは男性陣の意見を聞こうとサトシたちに向き直った。
「どう?」
「おう!似合ってるぞ、アイリス!」
「よく似合ってるよ」
「馬子にも衣装だね」
「喧嘩売るなよ、シューティー・・・。俺も似合うと思うぜ!」
「ふふー、でしょー!」
思いのほかよかった反応に、アイリスが嬉しそうに笑う。
肩に乗るキバゴもうれしそうだ。
「アイリスちゃん、それなぁに?」
そう言ってベルが指さしたのはアイリスが手に持っている白い陶器である。
形はオカリナに似ているが、フルートのように息を吹きいれて音を鳴らすようだ。
「これは神にささげる曲を奏でるための『みこの笛』よ!とってもきれいな音が鳴るの!」
「へぇ~、聞きたい聞きたーい!」
「じゃあ、最後のリハーサルにちょっとだけ吹こうかな」
後で演奏するというのに、笛の音を聞きたがるベルに苦笑する。
アイリスも機嫌がいいのか、少し照れくさそうに笛を構えた。
「じゃあいくわよ」
すぅ、と息を吸い込んで、笛に息を吹きいれた。
すか――――――――――っ
『・・・・』
沈黙が落ちる。息を吹きいれたにもかかわらず、音すらならなかった笛に、サトシたちがぽかんと口を開けたまま笛を見つめた。
「え?え?ど、どうして?昨日までちゃんと・・・」
音すらならなかった笛を見たアイリスの狼狽といったらなかった。
キバゴも不思議そうにしている。
「ちょっと貸してみなさいよ」
カベルネがアイリスと同じように息を吹きいれる。
しかしやはり音はならない。
息の抜ける間の抜けた音だけが空しく響いた。
「・・・壊れたんじゃないの?」
ラングレーが笛を指先でつつく。
その言葉にアイリスの顔が青くなる。
「う、嘘・・・。大切な笛なのに・・・」
「でも、昨日はちゃんと鳴ってたよね?」
「ああ・・・」
昨日、リハーサルとして、簡単な曲を披露してもらったサトシとデントが顔を見合わせる。
昨日は使えていたものが、今日突然壊れるだろうか?
「ちょっと借りていいか?」
「う、うん・・・」
サトシがアイリスから笛を受け取る。
特に壊れた様子はない。
そっと、サトシが笛を口元に持って行き、息を吹き込んだ。
~♪
「・・・え?」
音が、鳴った。
「?鳴ったぞ?」
「君たちがちゃんと吹けていなかっただけじゃないのか?」
サトシの言葉に、シューティーがいぶかしげにアイリスとカベルネを見やる。
2人は顔を見合わせ反論した。
「私たちはちゃんと吹いたわよ!」
「あんたもやって見ればいいじゃない!」
「音を鳴らすくらい簡単だね」
そう言ってシューティーが笛を吹く。
すか――――――――――っ
しかし、音はならなかった。
「ほーら、あんたもならせてないじゃない」
「な、何で・・・!?」
「サトシ、もう一回吹いてみてよ」
「いいぞ」
今のところ、唯一笛が吹けたのはサトシだけである。
すうと息を吸って、吐いた。
~♪~♪~♪
さざ波のような心を落ち着かせる音が、そよ風のように心を吹き抜けるような音色が鳴り響く。
音だけを鳴らしていたサトシが、それを曲に変える。
かつて、海の神をあがめていたあの島で、とある少女から習った曲。
神に捧ぐ笛の音が、あたりに響き渡った。
「すげぇ・・・」
「きれいな音・・・」
「サトシって笛吹けたのね」
「どうして、サトシが・・・」
「アイリス?」
美しい旋律に耳を傾ける一同。
アイリスは驚愕し目を見開いた。
「この曲・・・私が吹こうとしてた曲だわ・・・」
「え?」
曲を吹き終わり、諭すが増えから口を話す。
ほっと息をついたサトシの顔はすがすがしかった。
「ぴかっちゅー!」
「ありがとう、ピカチュウ」
小さな手を一生懸命にたたくピカチュウにサトシが礼を言う。
演奏が終わって我に返ったアイリスがサトシに詰め寄った。
「どうしてサトシがこの曲を吹けるの?この曲は巫女にしか伝わってないはずよ」
「え?ああ・・・。アーシア島ってところでも、この曲が海の神様に捧げられてたんだよ。そこでこの曲を教わったんだ」
「・・・そう」
この曲は各地で神に捧げられている。
けれども、この曲を弾けるのは巫女だけとされ、とても大切にされている曲だ。
神聖な曲をほいほい教えてしまうアーシア島の民に憤りを感じながらも、邪気のないサトシに毒気を抜かれる。
「でも、俺やっぱ楽器は苦手だなぁ。うまく吹けないや」
「そんなことないと思うけど、」
「俺もすごいと思ったぜ!」
『私も今まで聞いたどんな演奏よりもすばらしいと感じたが、』
「「「え?」」」
聞いたことのない、脳に響く声に、思わず振り返る。
しかし、そこの人の姿はない。
変わりに、近くの湖の水面が揺れた。
水滴が落ちたかのように揺れたかと思った、次の瞬間、水が湖の中心にぽっかりと穴が開いたかのように吸い込まれる。
そこから白銀の影が飛び出してきた。
『久しいな、優れたる操り人・・・いや、我らが友人よ』