歴史修正主義者になりたくない
「あ、かわいい………」
学校帰りのことだ。通学路途中にある土産物屋の前で、椿は立ち止まった。
椿が見ていたのは桜柄の口紅だった。桜の花びらを思わせる淡い色で、化粧品に関心のない椿でさえ目を惹く一品だった。
お土産価格であったから、そこそこ値の張るものではあったが、手が届かない程ではない。
けれど、学校に付けていくわけにはいかないし、五条家の仕事をするときに付けるには派手なように感じた。
買っても宝の持ち腐れになってしまう気がして、そっと目を逸らす。
「お前こういうの好きなの?」
「えっ?」
帰ろう、と踵を返そうとしたところで、後ろから声が掛かる。振り返れば、そこには悟が立っていた。
スタスタと長い足で隣に立ち、「これ?」と言いながら、椿が見ていた口紅を手に取った。
「えっ、あ、いや………。柄がかわいくてつい見ていただけで………」
「買わねぇの?」
「買っても使わずに終わりそうで………」
「ふぅん……」
悟は椿と口紅を見比べて、そのままレジに並ぶ。椿が目を白黒させているうちに、悟は口紅を購入した。
梱包の類いを全て断って、ベリ、と包装を外す。
「じゃあ今使えよ」
「んむ、」
頬に手を添えられて、唇に口紅を当てられる。口紅を引かれて、唇に色を付けられる。
恋愛ドラマでありそうな展開だな、と口紅を塗られながら、椿はどこか他人事のように悟の顔を見つめた。
口紅を塗り終わった悟は、満足そうな笑みを浮かべ、椿の手に口紅を握らせる。
「悪くねぇじゃん。それやるから、ちゃんと使えよ」
「え、あ、お金はきちんと払いますから……」
「いーよ、別に。その代わり、俺のとこ来るときはそれ付けて来いよ」
そう言って、悟は「帰るぞ」と告げて帰路に着く。
掌に転がされた口紅と悟の背中を交互に見つめ、椿は困ったように眉を下げた。
欲しいと思ったのは本当だけれど、買って貰うつもりなんてなかったのに。そもそも、彼は「悪くない」と言ったけれど、本当にそうなのだろうか。
化粧品の隣に置かれた鏡に自分の顔を映す。淡く色づいた唇は美しい色をしていたが、それが自分に似合っているかどうかは分からなかった。
(でも、使わないのは勿体ないし、彼に言われたとおりにするしかないかな……)
ふと、柔らかな視線を感じた。その気配を辿ると、レジの前に立つ若い女性が、微笑ましげな笑みを浮かべていた。
一連の流れを見られていたことに気付いた椿は会釈をして、慌ててその場を立ち去った。