初恋フィルター 番外編
甘いものが好きな五条悟の好きそうなイベントであるバレンタイン。
性格は最悪だが、高身長で顔の良い悟は大層モテるのである。そのため、この日は贈り物が後を絶たない。
しかし、彼はこの日だけは何も受け取らない。悟に想いを寄せる相手はもちろん、例え相手がかわいい生徒達であろうとも。
彼曰く、「何が入っているか分からないから」であるという。
彼はその特別な生まれ故、幼い頃から命を狙われてきた。直接命を奪おうとする者も多かったが、毒物を使われることも多かったのだ。そのため手作りには忌避感があるのである。現在は反転術式もあり、毒を摂取しても重篤な問題にはならないが、わざわざ身体に良くないものを取り込むような趣味はない。
もちろん、その理由は信頼を寄せる相手には適用されない。それでも受け取らないのは、本命以外を受け取る気がないからだ。
本命―――――椿からのチョコのために、詰め込まれた任務を終わらせた悟は、彼のために作られた料理に舌鼓を打っていた。
彼は手作りの料理に警戒心があるはずなのだが、椿の作ったものはむしろ喜んで食べるのだ。毒物が入っているかもしれないなんて、疑いを持ったことすらないだろう。
「………君、私のものは疑った事ないよな」
椿がぽつりと呟くと、悟がこてりと首をかしげた。咀嚼中のため、不思議そうな視線だけが向けられる。
「いや、君は手作りは基本的に受け取らないだろう? 何が入っているか分からないからって。でも、私の作ったものは普通に食べるから」
「え? そんなの当たり前じゃん。椿はそんな卑怯な手段取らないもん」
「まぁ、食べ物を無駄にするようなことはしたくないし、するつもりはないけれど。それでも、私を脅して毒を入れさせるよう仕向ける事だって出来るだろう?」
椿が悟にとって特別な存在であると言うことは、呪術界全体に広まっている。そのため椿を利用して悟に危害を加えようとする者は多いのだ。実際、そういうことをしろと示唆されたことは多々あった。実行に移したことも、移そうと思ったこともないけれど。
「それでも食べるよ。椿が僕のために作ってくれたものだからね」
「………そうか」
「って言うか、そんな事になったら椿は自分で毒飲みそうでやだな〜。もしくは一緒に飲みそう」
「自分でもそう思うよ」
「あと、絶対バレバレだと思う。椿は嘘下手だし、隠し事とか苦手だし」
「否めないなぁ」
悟の言葉に、椿が苦笑する。
嘘はつけるし、隠し事も出来る。けれど、それが上手いかどうかは別だ。椿はきっと嘘をつけてもバレないようには出来ないし、隠し事をしてもすぐに気付かれてしまう。隠し事をしていて、バレなかった試しがないのだ。今も、昔も。
「こんな話をしておいてなんだけど、チョコレートケーキを作ったんだ。食べるか?」
「やった! 食べる!」
冷蔵庫に収められたケーキを取り出すために立ち上がる。悟が「手伝う」と言って皿の準備を始めた。
そんな悟の姿を見て、椿が頬を緩ませた。
彼は今日、数多の女性の誘いを蹴って、囁かれる愛を飛び越えて、椿の元に帰って来たのだ。悟のために着飾った、誰もが振り返るような美しい女達を振り切って。
彼が選ぶ愛はたったひとつ。空色の瞳が見つめるのはただ一人。彼の寵愛を一身に集めるのが、雑踏に紛れてしまうような女だと知ったら。
(君達は嘆き、きっと私を呪うのだろうな)
チョコでコーティングした愛を携えて悟の元を訪ねた女達。あわよくばと期待していた心は、きっといとも容易く打ち砕かれた事だろう。何故なら悟は、椿以外の女に興味がない。友人でも同胞でもない女に、気遣いなんて見せたりしない。
無下にされただろう女達に同情しないでもない。自分がそんな対応をされたら、きっと酷く傷付くだろうから。
けれど、それ以上に、選ばれたのは自分なのだという優越感が大きく占めていた。
(私は、思ったより性格が悪かったんだな)
ふふ、と声を出して笑うと、悟が不思議そうな顔でこちらを向いた。
けれど、椿が楽しそうだからか、悟の顔にも笑みが浮かんでいた。
「どうしたの、椿。何か面白いことでもあった?」
「いや、私は愛されているなぁと、改めて実感しただけだよ」
「そんなの当たり前じゃん。君と出会ったあの日から、僕の心は君のものだよ」
「ありがとう。私も君が大好きだよ」
椿が12のときから変わらない微笑みを浮かべると、悟は世界で一番幸せだというような顔で笑った。