かつて審神者だった少女






 虎杖達の絶叫により、彼らは周囲の視線を盛大に集めてしまい、怪訝な眼差しから逃げるように場所を移した。
 移動した先は人気のない公園だ。
 本当は交戦する可能性を考慮して周囲に被害が出ないような場所にしたかったのだが、相手は呪霊を視認することすら出来ない一般人である。交戦する可能性は限りなく低い。
 何より後輩との再会を喜び、その後輩に友人が出来たことを心から喜んでいるのが見てとれるのだ。必要以上に警戒することが憚られた結果である。
 そして何より椿に対する宿儺の対応だ。呪いの王として畏れられる存在が、彼女に対しては酷く気さくなのである。それこそ彼女が評していたように、友人に近しい雰囲気なのだ。
 椿が一方的に宿儺に懐いているような印象を受けるが、その気安い姿勢を許している時点で破格の対応だ。かの呪いの恐ろしさを知っている呪術師達は戦慄した。


「ね、ねぇ、椿先輩。その、宿儺と友達ってマジ……?」
「私はそう思っているよ。かれこれ2年以上の付き合いになる」
「こんなどっからどう見てもヤバい奴と!? 何でさっさと距離を置かないわけ!? あんたの危機管理能力は一体どうなってんのよ!?」


 虎杖の友人である少女―――――釘崎野薔薇が椿に食ってかかる。
 確かにこの見た目だものなぁと、宿儺の正体を知らない椿は苦笑する。
 椿は彼らが呪術師で、宿儺が呪いの王であると知らない。そのため彼らには怪物を友人と呼び慕っている奇特な人間に映っているのだろうと考えていた。


「………あんた、宿儺についてどこまで知ってる?」


 ずっと黙っていたもう一人―――――伏黒恵が、静かに問い掛ける。
 彼の視線は椿に向いているが、意識はベンチに腰掛ける宿儺に向けられていた。その手はいつでも式神を呼べるよう、犬の形を作っている。


「いやぁ、何も。彼が両面宿儺という名前で、木箱の中身の付喪神ということくらいかな。あと、ご飯を食べる事が好き」
「あんたそれマジで言ってるの???」
「こいつ、そんな可愛い存在じゃねぇよ!?」
「っていうか、飯食わせたんですか……」


 三者三様に驚いたり項垂れたり。どう見ても怪物にしか見えない宿儺を、一介の妖怪程度として捉えていると知り、脱力するしかない。その上、食事を与えたこともあるようで、その豪胆さには最早感嘆してしまう。
 どこにでもいる人畜無害な一般人にしか見えないが、もしかしたらとんでもない大物なのかもしれない。彼らは椿をどのように捉えれば良いのか分からなくなっていた。
 椿は椿で、情報は武器となることは知っていたが、逆もまた然りであると知っている。時に、"知らない"と言うことが身を守る事もあるのだ。"両面宿儺"については知らない方が良いのだろうと思って、特に調べたりはしなかった。
 知っていたら違った対応を取っていたかもしれないが、それは「たられば」の話である。


「……ん? あれ?」
「どうした?」
「何で椿先輩、宿儺のことは見えてんの?」


 虎杖の純粋な疑問に、伏黒達も「あっ」と声を上げる。
 椿は呪霊を認識出来ない。今の宿儺を、他の一般人も視界に映していない。なのに何故、宿儺だけをその目に映すことが出来るのか。


「術式だ」


 重厚感のある、低い声が耳朶を打つ。ずっと黙したままだった宿儺の声だ。


「その小娘は無意識に術式を発動している。術式の効果としては『物に宿る思念に形を持たせ、会話を可能とする』ものだろう」


 呪術師達が息を呑む。宿儺が突然会話に入ってきたことによる驚きによるものだ。
 椿もまた驚いていた。自身の力を、前世から引き継がれたものだと思っていたからだ。今世で異能を手に入れているとは考えが及んでいなかったのだ。


「つまり、私は、何かしらの異能を使って、君を顕現されているということか?」
「そうなるな。『思念励起』、『想念励起』といったところか」
「そんな力、使った覚えがないんだが……」


 困ったように、椿が眉を下げる。
 呪術師の端くれ達は、宿儺の発言に顔を見合わせた。


「無自覚で術式を発動させるって……。そんなこと出来るわけ?」
「っていうか、椿先輩、呪力あんの? 全然感知出来ないんだけど。俺が感知苦手なせい?」
「いや、正直俺も感知出来ない……。術式については、俺にも何とも……」


 五条先生なら分かるだろうか、と三人は難しい顔をする。
 彼らの反応を見て、椿は更に困ったように眉を下げた。


「彼らはああ言っているけれど……」
「それは貴様の実力が無さ過ぎるせいだな。そのせいで、術式を発動しても俺くらいでないと顕現すら出来ん」
「つまり私の力は微々たるもので、君の実力があってようやく、君が顕現されているということか?」
「そうだ。全く、宝の持ち腐れだな。その術式を用いれば、呪物に人型を取らせ、式神のように戦わせることも可能であろうに」


 つまらなそうに告げる宿儺の言葉に、椿が小さく息を呑む。それは、審神者の力そのものだ。
 喜びと落胆で胸がいっぱいになる。新たな生を迎えても、変わらないものがある喜び。自分の至らなさで、この世界に刀剣男士が存在していても、彼らを顕現できないかもしれないという落胆である。


「ふん、随分としけた面をしているな?」
「……新たな出会いの機会を、自分の実力不足で失うというのは切ないものだよ」
「くだらん感傷だな」
「厳しいなぁ」


 椿が苦笑すると、宿儺が鼻を鳴らす。
 人に近い形をしていても、異形は異形だ。仲間など居なくても平気なのかもしれない。
 けれど、椿はそれが面白くない。何せ、2年以上の付き合いで、椿には彼に対する情が生まれてしまっているのだから。


「でも、感傷的になるのも仕方ないだろう。長い付き合いの後輩は転校してしまうし、友人だと思っていた相手は何も告げずに居なくなってしまったのだから」
「おい、俺を勝手に友人枠に収めるな」
「悪いが断る。先に礼儀を欠いたのは君の方だ。こちらが君に合わせる義理は無い」


 そう言ってベンチに座る宿儺を見下ろすと、宿儺は盛大に溜息をついた。それから、剣呑な光を湛えた紅い目が、椿を射貫く。その瞳を椿が真っ直ぐに見つめ返すと、宿儺はもう一度深く嘆息した。


「…………俺の意志では無い」


 そして、絞り出すような声で呟いた。


「誰かに木箱を持ち出されたということか?」
「そうだ」
「それで東京にいるのか。そういうことなら、まぁ、仕方ないか」


 宿儺の本体は木箱の中身である。本体を持ち出されたのなら、宿儺に為す術はなく、自分の意志ではないというのは確かなのだろう。
 宿儺の望んだことではない。自分を嫌って去って行ったのではない。それだけ分かれば、椿は満足だった。ほっとして、椿は穏やかな笑みを浮かべる。


「事情を聞かずに先走ってしまった。君にも事情があったんだな」
「全くだ」
「すまない。今度また手土産を用意して会いに来るから、それで許してくれないか?」
「…………何を用意するつもりだ?」
「うーん、そうだな。無難に地元のお土産か? 何か食べたいものがあるなら、親戚の家の台所を借りることも出来るけど」
「では、旬のもので何か作れ。それで許す」
「分かった。少し間が空いてしまうかもしれないが、君が満足できるよう努力するよ」
「それは当然だな」


 ほのぼのと、和やかに会話を交わす呪いの王と人間に、呪術師達は絶句する。暴力の化身のような男が、平凡な少女を相手に心を開いているような素振りを見せているのだ。その反応は当然のものだった。


「そう言えば、君の本体はどこにあるんだ? ここの近くに祀られているのか?」
「いや、祀られてはおらんな」
「では、どこに?」
「ん、」


 宿儺の指が、虎杖を示す。


「業腹だが、そこの小僧の中だ」
「………………ん?」


 言葉の意味を理解しきれなかった椿が、不思議そうに首をかしげる。
 理解が追いつかない様子で目を瞬かせる椿に、虎杖たちはどう説明したものか、と頭を抱えるのだった。




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