歴史修正主義者になりたくない






 清庭椿は代々五条家に仕える呪術師の家系だった。あまり力は強くないため、術師が生まれることは殆どなく、椿自身も呪いを見る力は宿しているものの、その身体は術式を持って生まれなかった。そのため椿の家は呪術師の家系ではあるものの、それほど重宝されることは無く、使用人として働く者が多かった。
 椿は幼い頃からこの家の女中として仕事に就いていた。朝早くから行われる朝食の準備や昼食の下拵えに参加してから学校に行くのである。今日は休日なので、一日この家で仕事をこなす事になっている。


「手伝うよ」


 大量の野菜を切っていると、隣に少し年上の少女が並び立つ。包丁を握り、椿と同じように野菜を切っていく。
 素直に礼を述べると、ほんの少し距離が縮まり、耳元に声が落とされる。


「坊ちゃんが居なくなったって大騒ぎになった日、坊ちゃんと一緒に木に登ってたよね?」
「はい」
「…………誤魔化さないんだ?」
「バレたらお叱りを受けるつもりだったので」


 少女は意外そうな顔で目を瞠り、少し考えて、椿に訊ねた。


「あの日、なんで坊っちゃんと一緒に木に登ってたの? みんな大騒ぎしてたじゃない? 誰かに知らせようとは思わなかったの?」


 椿は一瞬手を止めて、再度野菜を切り始めた。
 あの日、椿は休憩時間中に、偶然木に登って屋敷の人間を見下ろす悟を見つけたのだ。初めのうちは誰か大人に知らせようと思っていた。けれど、屋敷の人間を見下ろす悟の顔は酷くつまらなさそうで、その目に子供特有の純粋な輝きが無くて。それが何だか悲しく思えたのだ。
 そのうち全てが嫌になってしまうのでは無いかとヒヤヒヤして。少しでもいいから、この世に引き留めるものを用意したくて。だから、あたたかいおやつを持って、彼に声を掛けたのだ。好物の甘いものでお腹を満たせば、少しは満ち足りた顔を見せてくれるのでは無いかと思ったのだ。


「…………坊ちゃんが、お戻りになるのを嫌がられているように見えたので」
「まぁ、確かに嫌だよね。缶詰状態でお勉強なんて」


 椿には、所謂前世の記憶がある。審神者という職に就き、刀剣男士なる神を束ね、戦い抜いた記憶だ。
 その同胞の中には、辛い過去を持つ者も多かった。あの日の悟が、そんな彼らに重なって見えて、居ても立っても居られなくなったのだ。
 同情なんてするものではないと知りつつも、手を伸ばさずには居られなかった。椿は、“失う”ということがどれほど恐ろしいことかをよく知っているから。


「…………本当にそれだけ?」


 少女の声が、低く響いた。ひそめられた声だから、そう聞こえただけかもしれない。けれど、ほんの少し寒気を覚える声だった。


「本当は知っているんじゃないの、彼のこと。例えば、」


 ―――――前世とかで。
 また、野菜を切る手が止まった。いつもの澄ました顔で、少女を見上げる。不思議そうな顔で首をかしげると、少女が一瞬怯んだ。


「輪廻転生って、信じてる?」


 あまりにも脈絡のない質問だった。意図も分からない。
 しかし、特に反感を覚えるようなこともなかったので、二つの質問の意味も分からないままに聞かれたことに答えていく。


「…………そうですね。あったら良いなとは思います」


 椿には、所謂前世の記憶がある。審神者という職に就き、刀剣男士なる神を束ね、戦い抜いた記憶だ。
 明確に前世であるとは言えない。椿が前世だと思っている時代と、ほぼ同じ時代を今世も生きているからだ。
 2000年代に生まれた椿は、審神者となるために2200年代へ赴いたのだ。大切なものを全て置いていって。
 そんな椿が、また2000年代を生きる事になったのだ。これを理由に、椿は審神者であった自分を、明確に前世とは呼べないでいた。
 けれど、あれが事実であれば良いと思っている。あの自分を、夢で終わらせたくないのだ。


「あるよ」
「え?」
「輪廻転生も、異世界転生もあるんだよ」


 少女の言葉に、椿は目を瞠った。


「休憩時間、少し話せる?」


 相手の少女に害意は感じられなかった。真剣な表情をしていて、ふざけている様子はない。
 特に断ることもないと思ったので、椿は小さく頷いた。




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