審神者と呪いの世界
帰り道。人混みの中を歩かせるには椿はまだ小さくて、悟がしっかりと両手で抱き抱えながら歩く。
腕の中の生き物は、小さくて、柔らかくて、あたたかい。悟ならば片手で捻り潰せてしまえるほどにか弱い存在だ。それなのに、腕の中の存在を失ったら、胸にぽっかりと穴が開いてしまうと分かるのだから、どうしようもない。
人と関わることで強くなったり、弱くなったり。人間というものは、何年経っても理解出来ない。生まれて二十年以上、一応人間として生きているけれど、それでもさっぱり分からないことだらけだった。
けれど、この小さな生き物が楽しそうにしていると幸せになるし、嬉しいと笑うと自分も嬉しくなるのだ。
大切な者が笑顔でいることが、自分を幸せにしてくれる。それはこの二十余年の人間生活で学んだ、何より大切で最大の成果だった。
「今日はどうだった? いっぱい勉強して疲れたでしょ?」
「大丈夫。楽しかった」
「悠仁達、大っきくて怖くなかった?」
「うん。悠仁くん達は、痛いことしない人だって、すぐに分かったから」
屈託のない笑みから紡がれる、悲しい言葉。
椿は悟に引き取られるまでに、五条家で虐待を受けていたのだ。否、地獄のような責め苦を味わわされてきたのだ。"五条悟の娘"というものの価値が分からない愚かな人間達によって。
保護した直後の椿には、あらゆる暴行の跡が見られた。身体の中身もズタズタで、毒を飲まされた形跡もあった。何度も血反吐を吐いたのか、食道や口内は悲惨なものだった。
だからなのか、椿には悲しい特技があった。自分を傷付ける人間と、そうでない人間を見分けるのが驚くほど上手いのだ。
だから悟はもちろん、恵や津美紀に怯えたことは一度もなく、今日初めて会った悠仁達にも柔らかい笑みを見せていた。
「…………そっか。うん、悠仁も野薔薇もいい子だよ」
「恵くんもいい子。お父さんも」
「本当? 椿もいい子だよー」
「んふふ。また行っても良い? いい子にしてるから」
「椿はいつもいい子だよ。また一緒に学校行こうね」
「うん」
噛み締めるように笑った椿に、悟は娘をぎゅっと抱きしめた。
椿が普通の学校に通うのは難しい。通える学校は、きっと高専くらいしかないだろう。自分が居り、自分の信頼出来る人たちに囲まれた高専以外には。そのくらい、椿は呪術界において重要な存在なのだ。何せ椿は、現代最強と謳われる五条悟の最大の弱みであるのだから。
(この子が友達を作って青春を楽しめるように、頑張らないとなぁ)
かつて自分が得たかけがえのない宝物を、この子も手に入れられますように。
腕の中の小さくて大きな幸せを、悟はもう一度、大切に大切に抱きしめた。