審神者と呪いの世界






「あれ、女の子がいる」


 高専の食堂。注文口に、かわいらしい少女が顔を覗かせる。少女は椿を見つめてきょとんと目を瞬かせていた。
 高専の食堂で食事を提供する仕事に就いていた祖父母にくっついて、幼い頃から高専に出入りしていた椿でも見覚えのない顔だった。
 今年は三人の生徒が入学して来たという噂を聞いている。少女はその一人だろう。
 椿も自分の入学式などでバタバタしていたため、高専に来ることが出来ずにいたので、新入生と顔を合わせたのはこれが初めてだった。


「ああ、こんばんは。今年から入学した呪術師さんですか?」
「うん、こんばんは」
「初めまして、清庭椿です」
「家入硝子。今年入学したの。よろしく」
「同い年ですね。よろしくお願いします」
「タメでしょ? 敬語とか要らないよ」
「そうか? なら、お言葉に甘えて」


 口調を崩すと、家入は満足そうに口元を緩めた。堅苦しいのが苦手なのだろう。それは椿も同じだったので、肩肘張らずに済むのは有難い。


「何回か食堂に来てるけど、あんたの顔初めて見たよ。って言うか、ここってバイトとか雇ってるの?」
「うちは代々高専の「窓」をしている家系なんだ。だから、一般企業のバイトとは少し違うかな」
「まぁ、こんなとこ、一般人は入れられないもんね」
「そう言うことだ。ところで、注文は決まってるのか? 決まっているならすぐに用意するよ」
「うん、よろしく」


 ぺらり、と一枚の紙が渡される。
 この食堂は張り出されたメニュー表から好きな料理を選んで、紙に料理名を記入する方式を取っているのだ。
 家入が注文したメニューはオムライス。
 メニューにもよるが、オムライスは焼き加減とソースを選択出来るメニューだ。焼き加減を半熟と固焼きから。ソースをデミグラスソースとトマトソースから選択出来る。
 家入は焼き加減を半熟。ソースをデミグラスソースでご所望だった。

 フライパンの熱でバターを溶かし、鶏肉を炒めていく。鶏肉の色が変わったら、粗くみじん切りにした玉ねぎとにんじんを入れ、さらに炒めていく。
 全体的にしんなりとしてきたらご飯を投入する。軽く塩胡椒で味を整えて、ウスターソースとケチャップを加える。全体が混ざったらチキンライスの完成だ。
 ライスをお皿に盛り付けたら、次はオムレツに取り掛かる。
 卵を溶き、牛乳と塩胡椒を加えて混ぜる。
 熱したフライパンでバターを溶かし、一気に卵液を流し入れ、菜箸で大きく掻き混ぜる。フライパンの底に膜が張ったら、フライパンを火から放し、卵を折りたたんでいく。閉じ目が下にくるように返したらオムレツの出来上がり。
 出来上がったオムレツをチキンライスの上に乗せ、スッと包丁を入れる。とろとろの卵が中から溢れるようにライスを覆う。
 そしてマッシュルームとしめじがたっぷり入ったデミグラスソースをかければオムライスの完成だ。

 付け合わせは水菜とレモンのサラダだ。
 食べやすい大きさに切った水菜をメインに、薄くスライスしたレモンと千切りにした大葉を加えて、お酢とめんつゆで作ったドレッシングをかける。その上に刻みのりと白いり胡麻をまぶして完成だ。
 シャキシャキとした水菜の食感が美味しいさっぱりとしたサラダである。
 濃厚なデミグラスソースのオムライスの箸休めにちょうど良いのだ。

 汁物は人気メニューであるコーンポタージュ。コーンの自然な甘さを感じられる一品で、まろやかな味わいのスープである。


「はい、お待たせ。デミグラスソースの半熟オムライスだよ」
「えっ、持ってきてくれたの? ありがとう」
「夜は人が少ないから出来るサービスだよ。どうぞ、召し上がれ」
「わ、美味しそう……。えっと、清庭さんが作ったんだよね? プロじゃん」
「ありがとう。あと、椿でいいよ」
「私も硝子でいいよ。じゃあいただきます」
「うん、味わって食べてくれ。私は仕事に戻るから、時間のある時にでも感想を聞かせてほしい」
「うん、頑張って」


 家入がスプーンを手に取ったのを見届けて、椿が厨房に入る。
 高専の夜は人数が少ない。呪霊は夜に現れる事が多く、任務も夜に行われる事が多いのだ。そのため夜に食堂を利用する者は昼間に比べて少なく、比較的ゆったりと食事を作る事が出来るのだ。
 家入のあとに注文に来たのは二人。椿以外の人が受け取って、すでに調理に取り掛かっている。
 椿は洗い物を済ませ、夜遅くに帰ってくる人達のための夜食作りに取り掛かった。


「椿ちゃん、夜食に筑前煮ときんぴらは作ってあるから、お米で何か作ってもらえる?」
「はい。なら、焼きおにぎりとかたぬきおにぎりが良いでしょうか?」
「あら、美味しそう。私は煮卵でも作りましょうかね」
「良いですね。田中さんの煮卵美味しいから、私も大好きです」
「あらぁ、嬉しいわ。今日は卵の残りが少ないから、また今度作ってあげるわね」
「やった。ありがとうございます」


 先に夜食作りに取り掛かっていた田中という初老の女性に従い、炊飯器の蓋を開ける。炊き立てのふっくらとしたお米を切るように混ぜて、ボールに取り分けていく。
 まず作るのは焼きおにぎりだ。ご飯の入ったボールにごま油としょうゆ、みりん、白いり胡麻、かつお節を入れてよく混ぜる。
 ラップに包み、三角形に握る。綺麗に成形したおにぎりをフライパンに乗せて、両面に焼き目がつくまで焼きていく。焼き上がったものを皿に移す。
 全てのおにぎりが焼き終わったタイミングで、田中から声が掛かった。


「椿ちゃん、さっきの女の子がお皿返しに来たから、受け取ってあげて」
「はい、分かりました」


 返却口に行くと、家入が椿の顔を見てほんのりと笑みを浮かべる。それに椿も笑みを返し、綺麗に完食されたお皿の乗ったトレイを受け取った。


「どうだった?」
「すっごい美味しかった。卵のとろとろ具合とか最高だったし、コーンポタージュもホッとする味で好きだったな。サラダもさっぱりしてて、私好みだったよ」
「ふふ、満足して頂けて何より。綺麗に食べてくれてありがとう」
「全部椿作?」
「他の人が作るときもあるけど、硝子のトレイに乗ってた料理は全部私が作ったよ」
「そうなんだ。本当にすごいね。ねぇ、明日もいるの?」


 予想外に、家入は椿の料理を気に入ったようだった。ほんのりと色付いた頬がかわいらしい。
 餌付けが成功して、猫に懐かれたような気分だ。何だかくすぐったいような心地がして、思わず笑みがこぼれる。


「明日もいるよ。私は週5でシフトに入ってて、月曜日と金曜日がお休み。土日は昼と夜に入っている事が多いかな」
「そうなんだ。じゃあ、明日も楽しみにしてる」
「ありがとう。あと、仕事で遅くなった人用と、学生寮用の夜食も作っているから、遅くにお腹が空いたら寮の冷蔵庫を覗いてみるといい。食堂の方にも用意しておくけど、そっちは基本的に補助監督さん達用だから」
「至れり尽くせりじゃん」
「頑張ってる人達を応援するのが仕事だからな」


 仕事中に話し過ぎたかな、と名残惜しいけれど、会話を切り上げることにした。


「そろそろ仕事に戻るよ。また明日」
「うん、仕事頑張って。また明日も楽しみにしてるから」


 ひらひらと手を振って、別れを告げる。硝子が手を振りながら食堂を後にしたのを見送って、皿を洗っている女性の元にトレイを運んだ。


「お願いします」
「はーい。ところで、さっきの子は新入生?」
「はい、今年入学したそうです。私もついさっき知り合いました」
「そうなの? てっきりお友達なのかと思ったわ。若い子は打ち解けるのが早いわねぇ」
「彼女がいい子だったからですよ」
「椿ちゃんもいい子よぉ」
「ありがとうございます」


 トレイを渡し、おにぎり作りの続きを再開する。焼きおにぎりをいくつか追加して、残り半分はたぬきおにぎりにするのだ。
 ご飯を入れたボールに天かすと青のりとめんつゆを入れて混ぜる。
 小口ねぎや七味唐辛子を入れても美味しいけれど、今日はねぎの残りが少ないので青のりだ。椿としては塩昆布やたくあんを入れても美味しいと思っている。次の時はそうしようかな、と考えながらおにぎりを握っていく。


「よし、こんなものかな」


 大皿二つがおにぎりで埋まった。
 三分の二を補助監督用に。残りを学生用に取り分ける。ラップで包み、保存用の袋に詰めていく。粗熱を取って、冷凍庫に入れる。
 残りの学生用のものは他の作り置きとともに紙袋に入れる。後で学生寮に持っていくのだ。
 使用した調理器具を洗い終わると、就業間近だった。


「椿ちゃん、そろそろ上がりよね? これ、学生寮に持って行ってくれないかしら? そのまま上がってもらっていいから」
「分かりました。では、お先に失礼します」
「お疲れ様。気を付けて帰ってね」
「はい、田中さんもお疲れ様です。また明日もよろしくお願いします」


 その場にいる料理人達に「お疲れ様」と告げて、食堂を後にする。
 通い慣れた学生寮に寄り、冷蔵庫に料理を詰めていく。今日はほとんどの学生達が出払っているのか、誰とも会うことが無かった。
 まだ4月も始まったばかり。新入生も入学したばかりだ。そのうち顔を合わせるだろう、と思いながら、椿は星が瞬く空を眺めた。




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