幸せの捜索願 番外編






 別れの時がやって来た。ほんの僅かなひとときではあるが、楽しい時間を過ごせた椿は星が瞬き始めた空の下で笑っていた。
前回の邂逅の時のような緊迫感も無く、ただ穏やかな時間を過ごせたからだ。


「少し暗くなって来てしまったな。時間の経過はあちらとこちらで同じなんだろうか」
「浦島太郎みたいな事になったら嫌だもんねぇ。僕らがあっちから帰ってきたときは向こうで過ごした分だけ、こっちでも時間が過ぎてたよ。だから、向こうでも星が見え始める時間なんじゃないかな?」
「そうなんですね。よかった……」


 五条の言葉に、椿がほっと胸を撫で下ろす。
 見送りのために一緒に門へ向かっていた虎杖達も、同じように安堵の息を漏らした。
 見えてきた門は、いつもと変わらないように見える。しかし、よく目を凝らせば、門の向こう側に呪力が渦巻いているのが分かった。


「向こうの世界の呪力……縁となるものを手繰り寄せながら向こう側に渡れば、ちゃんと帰れるよ。僕達がそうだったんだから」


 五条の安心させるような言葉に、椿が深く頷く。
 知人、友人、家族。その他諸々、在るべき世界の姿を思い浮かべていく。
 呪力を辿り、縁を繋ぎ、世界を渡る道を作る。
 すると、くらりと視界が揺れた。
 ふらつく体を、顕現した宿儺が咄嗟に受け止める。


「な、に……?」
「なるほど。縁の補強に呪力を用いたのか。ふらついたのは呪力不足のせいだろう」
「え、使ってたか……?」
「お前は無意識に呪力を使うきらいがある。それでは肝心なときに不足するぞ」
「うん………?」
「回らぬ頭で理解しようとするな。そのまま寝ておけ。だが、帰ったら覚悟しておけ」


 そう言って苦言を呈する顔がぼやけていく。
 頑張って理解しようと脳を回すものの、意識が遠のいていく。ふらふらと揺れる身体を抱き上げられ、あたたかな温もりに包まれてはもう意識を保ってなどいられなかった。
 けれど、最後にやり残したことがある。


「今日、たのし、かった……です……」


 別れの挨拶までは口に出来なかったけれど、小さく手を振って、本来交わることのない呪術師達に笑みを向けることは出来た。
 もう二度と出会う事はない奇跡の邂逅。それでも、最後に笑顔で手を振れたから、後悔なんてなかった。
 ぱたりと力を失った手が落ちる。
 椿が眠りに落ちたのを確認し、宿儺が元の世界に繋がる門へと歩き出す。


「そうだ。お前に聞きたいことがあるんだよね」


 歩み始めた宿儺に、五条が声を掛ける。
 その声に、宿儺は歩みを止めた。


「お前は椿に何を求めてんの?」
「特に何もないな。求められるほど、この娘は"もの"を持っていない」
「なら、何でその立場に収まっている訳? 性質が反転しているとは言え、お前の本質は変わらない筈だ。なのに、お前が大人しく子供の"かみさま"に甘んじている理由が見えない」


 振り返らないままだった宿儺が、チラリと五条を一瞥し、それから椿へと視線を落とした。


「散り際を見てみたいと思った。ただそれだけだ」


 椿には、特にこれと言った才能は無い。あるとすれば、"術式を持って生まれた"事だろう。それ以外は至って凡夫である。弟の恵には遠く及ばない。宿儺が求めるようなものは何一つないのである。他で全て事足りるのだ。
 けれど時折、輝くものを見つけた時のような高揚を覚える時があるのも、また事実。


「この娘の生き様は、既に散々見せつけられてきた。あとは死に様だけだ」


 宿儺から見た椿の生き方はあまりにも愚直だった。ここ以外には道は無いと言わんばかりに、荊を踏み越えて進んでいく。傷が付くのもお構いなしに。
 けれど、椿には前に進むしかない。ただひたすらに、地に這いつくばってでも。進む先が地獄だと分かっていても。
 諦めない事。それだけが己に出来る唯一のことだと、それだけを誇りに生きている。
 それは自分の命の燃やし方を、正しく知っている者の生き様だった。


「この娘の生き様は実に潔い。己の身を削り、命を燃やす。すぐに底が尽きると分かっていてな。この上なく哀れな在り方だが、この娘はその様にしか生きれんのだ」


 いっそ無様な生き方だ。あまりにも致命的な欠点だ。それを魅力に思うものも居よう。宿儺とてその生き様に何も思わないでもない。
 けれど、椿の生き様は完成され過ぎているのだ。生まれる前から己の在り方を知っていたかのように。


「ま、そんな娘だ。こいつの死に様など、愚かで惨めなものである事は必定だろう」


 だから、宿儺が求めるものは、その果てにあるもの。その身を削り、命を尽くし、その先に在るものだ。


「だが、ここまで滑稽な生き物ならば、何かの間違いで、ある種の奇跡を起こすかもしれん。もし仮に、それがあるとするならば」


 それは命の散り際以外にありはしない。
 神と成った呪いの王は、椿の花が落ちるのを、今か今かと待っている。

 若い呪術師達が引き止める間も無く、件の少女を抱えた神は門をくぐって元の世界へと帰って行った。
 不穏な言葉を残しながら去って行った男に、呪術師達は複雑そうな表情を浮かべる。
 しかし、それは言い換えれば"命を摘み取る気がない"という破格の発言でもあった。その事に、五条だけが気づいていた。


「………………まさかあいつに、そんな慈悲があったとはねぇ……」


 嘆息と共に呟かれた言葉は、誰に聞かれることなく、星が瞬き始めた空へと消えて行った。




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