幸せの捜索願 番外編






 呪術師の仕事は基本的に呪霊の存在が確認された地に赴いて行う事が多い。
 しかし、それだけが仕事では無い。現地に根付く習慣や降り立った土地の所感、呪霊の性質や特性、「窓」から齎された情報との誤差範囲。その他諸々をまとめ上げて報告する義務があるのだ。つまりは多少のデスクワークもあると言う事で、甚爾は高専の一角を借りて提出書類の作成に勤しんでいた。


「あ〜〜〜やってらんね〜〜〜〜〜」


 甚爾は書類仕事が得意では無かった。出来ないわけではないが、最前線で呪霊を祓う方が圧倒的に得意なのである。
 けれどやらない訳にはいかない。提出を怠ると目敏い連中が口うるさく文句を付けてくるのは目に見えている。それが自分に向けられるだけなら無視を決め込めば良いが、子供達に向けられるのは我慢ならない。なので甚爾は、嫌々ながらもきちんと書類を提出していた。
 けれど、気乗りしない仕事である。着実に終わりには向かっているものの、いまいちやる気が出ないのだ。


「……………腹減ったな」


 完全に集中力が切れてしまい、何となしに時計を見る。時間は丁度昼時だ。空腹も感じ始めた頃合いだったので、弁当箱を持って食堂に向かう。デスクで食べても良かったが、何せ娘の椿が初めて作ってくれたお弁当である。少しでも仕事から遠い場所で食べたかったのだ。


「げ、おっさん。来てたのかよ」
「うわ、嫌なもの見た……」
「おうおう、随分とご挨拶じゃねぇか。またぶん投げてやろうか?」


 甚爾の顔を見て、端正な顔を歪めた五条と夏油にニヤニヤと笑みを浮かべる。ちょっとした戯れにも良い反応を示すものだから、つい揶揄ってしまうのだ。
 けれど、お互いに現在の最優先は食欲を満たす事。口先だけの応酬にとどめ、食堂へと踏み入った。
 空いている席につき、甚爾は弁当を広げる。中身を見て、思わず感動した。


「え、すご。それ自分で作ったの?」


 昼食の乗ったトレイを持ち、席を探していた家入が甚爾の弁当箱の中身を見て驚きの声を上げた。
 お弁当の中身は梅しそ豚巻き、ちくわの磯辺焼き、きんぴらごぼう、焼き鮭、卵焼き、プチトマト、ブロッコリーの漬物だった。
 白米の上には大根の葉としらすのふりかけがかけられている。ちなみにこれも椿の手作りだ。


「………娘が作ったやつだ」
「娘って、椿ちゃん? マジで? こんなの料理好きの主婦が作るやつじゃん」


 すごいすごいと興奮気味の家入に釣られてか、五条達も興味を惹かれて集まってくる。
 二人も弁当箱の中身を見て驚いたような声を上げた。


「え、待って。あいつ小学生じゃなかった?」
「え、すご……。めちゃくちゃ美味しそう……」


 サングラスを外して弁当を食い入るように見つめる五条と、羨ましそうに眉を下げる夏油に気分が更に上向いた。
 椿の料理はいつも食べているけれど、お弁当というものはなんとなく特別感がある。自分のために作ってもらえたという優越感があるのだ。その感覚が、苦手な仕事も「お弁当があるから頑張れる」という気分にさせてくれる。これがなければ、書類仕事などやっていられなかっただろうな、とひっそりと苦笑する。


(………そういや、あいつも作ってくれたな)


 今は亡き妻のことを思い出し、ほんの少し感傷的な気分になる。けれど、そんな妻が残してくれた子供が、こうやって自分にお弁当を作ってくれている。それはきっと、とても幸せなことなのだろう。
 手を合わせて、「いただきます」と口にする。
 まず始めに、一番気になっていた豚巻きを一口。豚肉の旨味と香ばしさ、梅しその酸味が食欲を煽るようだった。
 卵焼きは他のおかずとの味を加味してか、ほんのり甘めの味付け。ふっくらとしていて、噛み締めるたびにじゅわっと旨味が広がる。
 ちくわの磯辺焼きは外はサクッと。中のちくわはむっちりとした弾力があった。
 シャキシャキのきんぴらは、いつもと違ってピリッとした辛味があった。食卓に並ぶきんぴらは津美紀や恵も食べることから唐辛子は入っていない。けれど、お弁当に詰め込まれたものは唐辛子の辛味が効いている。甚爾の好みに合わせたのだろう。まさしく、"自分のためだけに作られた"特別なお弁当だった。


「……………うめぇ……」


 それ以外に感想がない。出来立ての料理の方が美味しいだろうけれど、それでもそうとしか言えない。
 早起きして、わざわざ甚爾好みの味付けにしたおかずを小さな手で詰め込んで。大変だろうに、笑顔で「頑張れ」と言ってくれる存在が愛おしい。その愛情ごと胃のうちにおさめると、お腹だけでなく心まで満たされたような気分になった。


「くっそ、めちゃくちゃ美味そうに食いやがって……!」
「出来立ての方が美味しいはずなのに……!」
「実際、うめぇからな」


 五条と夏油が悔しげな声を上げる。涼しい顔で自分の昼食を食べている家入も、ほんの少しだけ羨ましげだ。
 ごちそうさま、と呟いて空になった弁当箱を片付ける。そのとき、カサリとかすかな音が聞こえた。見れば、弁当袋に二つ折りにされたメモ用紙が入っていた。

父さんにお弁当を作るのは初めてだから、張り切っちゃった。
いつもありがとう。大変だろうけれど、お仕事がんばって。椿
おとうさんがんばれ。めぐみ
おひるからもがんばってね!つみき

 中身は子供達の応援メッセージだった。短い手紙を読んで、甚爾は項垂れる。猛烈に、子供達の顔が見たくなったのだ。


(帰りてぇなぁ………)


 少し前の自分なら、絶対になかった思考だ。子供達に会いたい、家に帰りたいと思うだなんて。


(……………さっさと仕事終わらせて帰るか)


 子供達からの応援メッセージを財布に仕舞い込み、甚爾は席を立つ。
 午後からの仕事も、これなら頑張れそうだ。

 後日、椿に「材料費は出すからお弁当を作って欲しい」とお願いする最強達が見られたと言う。




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