幸せの捜索願 番外編






「あんたってさぁ、何で宿儺に友好的なわけ? いくらお姉さんの術式の一部になってるとは言え、元は呪いの王なのよ? 祓うべき相手でしょ? 呪術師としてどうなのよ?」
「あー、確かに。俺とか指を取り込んだだけで死刑にされそうになったし、それだけ危険な存在ってことだろ? 祓った方が良いんじゃねぇの?」


 4月より少し遅れて高専に入学した同級生、釘崎と虎杖の言葉に俺―――――伏黒恵は過去のことを思い返す。

 自分の名前と違って、一番古い記憶は、とても恵まれた家庭とは言えなかった。家には父も母も居なくて、狭いアパートで子供三人が身を寄せ合って暮らしていた。
 その状況が普通ではないことは察していたけれど、まだ幼かった俺は学校に通っていた姉二人よりは現状を理解し切れていなかったように思う。特に上の姉の椿は、今にして思えば、大人顔負けに事態の重大さを理解していた。
 母が蒸発したときに置いていったお金と、稀に帰ってくる親父が置いていくお金をきちんと家計簿を付けて管理し、スーパーではよく財布と相談をして商品を購入していた。
 けれど、いつその状況が終わりを告げるか分からないから、姉さんは節約を徹底していたし、よくご飯を抜いていた。当時はあまり食事に興味がないのだと思っていたけれど、本当は食事が大好きで、俺達に譲っていたと知ったときは、津美紀は盛大に泣いたし、俺もつられて泣きそうになったものだ。
 ストレスからか夜も遅くまで起きていることが多かった。そして気絶するように眠りにつくまで、ずっと俺達の顔を見つめているのだ。
 また、姉さんは俺にはない母の記憶があったから、家族が居なくなってしまう恐怖が心を占めていたのだろう。俺達と離れたくないと、大人が居ないことを隠すことに必死になっていた。
 もし施設にでも入れられることになったら、よほどの富豪でも無い限り、三人一緒に引き取ってくれる家庭などないだろう。幼いながらもその可能性に気付いて、姉さんはそれを恐れていたのだ。
 俺も津美紀もその可能性には辿り着かなかったけれど、姉さんがただならぬ空気を纏っていたから、姉さんに従って大人が居ないことを隠すことに協力していたのを覚えている。

 当時の姉さんは、俺が思っているよりも追い詰められていたのだろう。居るか居ないかも分からない神に縋って、毎日のように祠に手を合わせていたらしい。その結果、姉さんの術式で性質を反転させた呪いの王を神の列に加えることとなったのだ。

 宿儺を迎えてからの姉さんは、格段に明るくなったように思う。子供だけでは難しかった家事も手伝って貰って、頼っていい相手が出来たことで心に余裕が出来たのだろう。
 他にも親父を見つけてくれたり、呪霊を祓ってくれたり、俺や姉さんを呪術師として育ててくれたのだ。
 彼が呪いの王であり、人を害する存在であるからと、そう割り切るにはたくさんのものを与えられすぎていた。
 幼い俺にとって宿儺は、姉を救って、俺達に父を与え、知識を授けてくれた、真実神のような存在だったのだ。


「分かっては、いるんだけどな………」


 彼が危険であることは知っている。その存在が許されるべきではないことも理解している。
 祓う覚悟もある。けれど、実際にその段階になったとき、俺はきっと自分を呪わずにはいられないだろう。


「姉さんは俺達を掬い上げてくれた。そんな姉さんを助けてくれたのは宿儺だ。それは、誰がなんと言おうと覆らない事実なんだ」


 姉さんの献身によって救われた俺達。姉の小さな身体では俺達を背負いきれず、外に向けられた助けを求めて彷徨う手。その手を取って、姉の助けになってくれた宿儺。一つでも欠けていれば、今の俺達は存在しないだろう。
 例えそれが術式の効果であったとしても、それだけではないと信じたい。姉や俺達の存在が、彼に、他者に何かを与えたいという気持ちをもたらしたのだと、そう思いたい気持ちがあるのだ。そんな風に思ってしまうくらいには、俺は彼に絆されてしまっている。


「ただ呪い合うには、たくさんのものを受け取りすぎていて、何も返せずに終わることになったら、きっと、酷く後悔する」


 そうならないためにも、何かを返したいと思っているのだけれど、彼は人間の尺度では測れない部分が多いのだ。そんなことを喜ぶのかと、驚いてしまうことも多々あった。
 まぁそれは、おいおい探っていこう。今すぐに彼と敵対することはないだろうから。

 これが宿儺に対する全てだと、虎杖達に目を向ける。二人は暗い雰囲気を纏いながら顔を覆って俯いていた。


「「………………」」
「……あ? どうした?」
「「………………おっっっっっもい………」」
「はぁ?」
「いろいろとおっもいのよぉ!!!」
「伏黒お前ぇ、めちゃくちゃ苦労してたんだな……!」


 掻い摘まんで話した過去は、虎杖達にとっては重かったらしい。
 確かに苦労は多かったかもしれないが、それは俺ではなく姉の話だ。俺はずっと姉の庇護下にいたのだから。


「まぁとにかく、あんたが宿儺に好意的な理由は分かったわ。助けて貰った実績があるなら、情が沸くのも無理ないわ」
「俺らにはあんま優しくないけど、伏黒とか椿先輩には優しいもんなぁ」


 厳しいところも確かにあるけれど、確かに宿儺は優しいのだ。姉や俺に対しては特にそれが顕著で、彼にとって特別なのではないかと思ってしまう。慈しみたいと思うものが、自分にはあるのだと。

 いつか、宿儺を祓わなければならないときは来るだろう。出来れば一生来て欲しくないけれど、もしその時が来るならば、少しでも先の未来であってほしいものだ。
 ―――――いや。
 自分達以外に祓われる宿儺なんて見たくないから、共に地獄に堕ちられるくらいに強くなろう。それならばきっと、彼も満足してくれるだろうから。




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