審神者と呪いの世界






椿「子供が出来ないからって手を伸ばしてくる人間も居たけれど、まぁ好き勝手させるわけないよな」
撫百合「まぁ、そんな不敬な輩が……!? 今すぐ覚えている限りの情報を教えていただけますか?」
霞「撫百合さんが報復するとやり過ぎちゃうから、一端クールダウンしましょ? ね?」
都「背中に武器を隠し持っている霞さんが言うことかな???」


***


椿「呪術界を牽引しているのは確かに君達かもしれないけれど、呪術界が成り立っているのは窓の方々などの協力者あってこそだ。それを忘れてはいけないよ」


***


椿「恵! 助けてくれ!」
恵「椿さん!?」

恵「柄の悪い連中に追い掛けられていたみたいですけど、一体何があったんですか?」
椿「実は路地裏に連れて行かれそうになっている女の子を助けたら、八つ当たりで殴られそうになってな。一般人相手に立ち回るわけにはいかないから逃げていたんだ」
恵「椿さんの気持ちは分かりますけど、無茶はしないでください。っていうか、誰も助けてくれなかったんですか?」
椿「そうなんだ。私が助けてって叫んでも、誰も助けてくれないんだよ。多分、男と勘違いされてしまうんだろうな」
恵「確かに中性的な雰囲気はありますけど、そこまでなんですか?」
椿「所見だと男に間違われることの方が多いよ。だから、性別を知っている相手を頼るしかないんだ」


***


椿「へぇ、君が両面宿儺?」
椿「いつか倒さなくてはならないのは分かっているけれど、勝てるビジョンが見えないなぁ」
宿儺「俺を倒す? 随分と生温いことを抜かす女だ」

宿儺「中々の呪力を持っているようだが、お前は呪術師か?」
椿「いいや? 私は一般人だよ。高専とは協力関係にあるけど、それだけさ」

宿儺「愚かな女だ。俺に自由があったなら、真っ先に殺してやったものを」
椿「ふふ、殺されるのは嫌だなぁ。私は長生きしたいんだ」


***


転生した都先輩と

「はあああああああ!? 誰だよ、そいつ! 他の男とフラグ建ててんじゃねぇよ、お前は俺のおもしれー女枠なんだよ!!!!!」
「私を勝手に変な枠に収めないでくれ。あと、一人称が変わっているぞ」
「っていうか、そいつのどこが良いわけ!? 顔も平凡だし、背も低いし、どこにでも居そうな……」
「おい」
「っ!」
「私が心の底から尊敬している先輩だぞ。口の聞き方に気を付けろ」


 それは人に向ける目じゃなかった。
 グラグラと煮えたぎる怒りを腹の底に抱えているのに、その眼差しは氷のように冷え切っている。路肩の石ころを見つめる温度の方がよほど温かいだろうと思わせる、底冷えのするような視線だった。
 ここで対応を間違えたら嫌われる所の話ではない。一生口を聞いてもらえないとか、そんなかわいい対応で許して貰えるとは思えない。きっともう二度と、一切の情をかけて貰えない。完膚なきまでに叩きのめされて、完全に縁を切られてしまう。そんな予感を瞬時に感じ取った五条は恥も外聞もかなぐり捨てて、腰を折って叫んだ。


「ごめんなさい!!!」
「誰に対してだ」
「先輩さんごめんなさい!!!!!」


***


撫百合との邂逅

 美しい女だった。誰もが目を瞠り、釘付けになる程に。数多の美女を眼前に揃えられてきた五条でさえも驚く程に。
 濡れ羽色の艶やかな黒髪。透き通るような白い肌。桜色に色付いた唇。長い睫毛に縁取られた大きな瞳。いっそ精巧な人形と言われた方が納得出来るくらいに、その女は圧倒的な美貌を持っていた。


「貴方が、五条悟?」


 美しい女は、声までも美しかった。鈴の音を思わせる、軽やかで耳触りのいい声だった。
 頬に手を当て、ゆっくりと首を傾げる様は天女のようだった。その所作一つにさえも、目を奪われる。
 白魚のような細い指。淡く色付いた桜貝のような爪先。さらりと流れた髪。その隙間から覗く細い首。嫋やかさと香り立つような色香が混じり合い、学生達は落ち着きなく、そわりと視線を彷徨わせた。
 声を掛けられた五条はと言えば、心に決めた相手が居るからか、その美貌に驚きはしたものの、惑わされるようなことは無かった。むしろ、警戒心を露わにした、訝しげな眼差しを向けていた。


「…………そうだけど、僕に何の用?」
「…………そう、貴方が」


 見たこともない女だった。その身体には術式が刻まれているようであるから、おそらく呪術師の一族の人間だ。
 しかし、五条に興味があるようでは無さそうだった。
 女が俯く。長い髪が美しい顔を隠した。


「貴方が、あのお方に求婚なさっている不届き者なのですね?」


 ゾッとするような声だった。鈴を転がしたような声から一変。体の芯から冷えるような、底冷えのする低音が耳朶を打った。
 長い髪の間から覗く瞳は、恐ろしいほど血走っていた。


「椿様のお顔を曇らせる不届き者めがぁっ!!!」


***


虎杖「撫百合さんって見た目とのギャップ激しすぎない?」
釘崎「見た目詐欺ってああいう人のことを言うのね」
霞「彼女を桜に攫われそうな乙女だと思っていたの?」
満「そんなことされそうになったら全力で抵抗して幹ごとへし折りにかかるよ?」
ミズチ「そんなもので済むでしょうか?」
霞「枝という枝を切り落として根っこごと木を引っこ抜いて焼き尽くすくらいはすると思うよ」
都「だよねぇ」
虎杖(それはここに居る全員がしそう)
釘先(これが五条先生曰く“イカれ狂った奴らで作ったテーマパーク”……)


***


五条に簪を渡される椿

「…………私が意味を知らないとでも?」
「あー、やっぱり知ってる?」
「私の家は一般家庭だけど、親戚が親戚だからな。そのくらいの知識はあるさ」
「だよねー。ちなみに受け取ってくれる気は?」
「サラサラ無いな」
「じゃあ、普通にプレゼントって事にしてさ。それでも駄目?」
「一度でも受け取ってしまうと、何かにつけて色々プレゼントされてしまいそうで受け取りにくいな」
「わぁ、読まれてるぅ!」
「君は分かりやすいからな」


***


霞「五条さんって椿さんの愛を舐めてかかってるよね」
満「わっかります~! あの人、椿さんの愛情深さを見誤ってますよねぇ」
伏黒「…………椿さんの愛情深さは何となく分かります。でも、五条先生はめちゃくちゃ重いですよ?」
都「いや、あれはほんの上澄み。表面を浚ったくらいだよ」
ミズチ「椿さんの愛情を“底無し”と表現した方がいましたね。どこまでも沈んでいきたい、と」
虎杖「そんな風に言われるくらいなんだ………」
釘崎「まぁ、確かにあの人はいつも自分より他人優先なところはあるけど……」
撫百合「わたくしも椿様の愛に包まれて溺れてみたいものですわ………」
霞「私も沈んでみたいですね~。まぁ、私達じゃ受け止めきれないと思うけど」
釘崎「………そんなに?」
都「そんなに、だよ」
「「「あの人の愛は人如きに受け止められるものじゃない」」」


***


釘崎と恋バナ

「椿さん、恋バナしましょ」
「恋バナ? 私はもうそんな年齢ではないのだが………」
「恋バナに年齢なんて関係ありませんよ!」


 ―――――私の愛は、きっと刀の形をしている。


「椿さんは結婚する気ないって言ってるけど、何か理由があるんですか?」
「もちろんだとも」
「聞いて大丈夫なやつ?」
「構わないよ。私が結婚する気が無いのは、譲れないものがあるからだ」
「譲れないもの?」
「私には愛する存在があったんだ。彼等のためなら命を差し出すことさえ躊躇わない。むしろ彼等の糧となれるなら、魂だって差し出せる」

「きっと何度輪廻の輪を巡っても、忘れることなんて出来ない特別な者達。もはや魂に刻み込まれていると言っても過言では無い、私の愛の形。私にとって、彼らはそういうものだ」

「私は、彼等以上に誰かを愛することは出来ない。彼等以上の特別を作れない。でもそれって、私を愛してくれる人に対して、とても不誠実なことじゃないか?」
「…………どうして、そんなにはっきり言い切れるんですか? その人達以上に大切な人が作れないって」
「分かるとも。だって、それだけのものを、彼等は与えてくれたからな」


 ―――――だから世界を超えて、魂が輪廻を巡っても、彼等のことを覚えていた。今もなお、色褪せることなく宝石のように輝き続けている。

 椿は彼等に出会って狂わされた。その出会いは椿にとって、この上ない僥倖だった。何を置いても護りたいと願い、命を対価にするのも構わないと思える者達に出会えたのだから。
 それだけのものなのだ、彼等の存在は。この世界で一等輝くもの。得難い光。かけがえのないもの。唯一無二。
 彼等は椿にとって、命そのものなのだ。


「今の私があるのは、彼等との出会いがあってこそなんだ。それを受け入れられない相手なんて私からしたら論外だ。彼等あっての私を、それでも良いと言える度量があるならば、お互いに妥協が出来ると思うのだけれど、五条は一番でないと嫌だろう?」

「遊びで言ってくれていたのなら、どんなに楽だったか……」
「真剣だってのは、分かってるんですね」
「だから難しいんだろう?」
「椿さんは誠実ですね。五条先生とは大違いだわ」
「本当に誠実だったら、私はもう彼の前に現れないよ。そうした方がお互いの為だから」
「…………じゃあ何で、距離を置かないんですか? まぁ、五条先生が逃がすとは思いませんけど」
「それもあるけれど、友人としてなら、五条を好きだと言えるからだよ。私は結構寂しがり屋でな。友人が減ってしまうのが悲しいんだ」

「私は、誠実なんかじゃない。自分が、友人を失うのが嫌なだけなんだ」
「からかって言っているだけの方がずっと良かった。本気になんてならないで欲しかった。そうしたら、何の気兼ねもなく接することが出来るのに」
「私は自分勝手だ。応えることなんて出来ないのに、私が悲しいからと言う理由で、悪戯に五条を傷付ける」
「早く、私が最低な人間だって気付いてくれたらいいのに」


 悲しい笑みだった。今にも涙を零してしまうのでないかと言うほどに。


「五条家の連中が、五条が本気だと気付いてしまったんだ」


 一変。耳触りの良い声が、低く重く響く。


「五条家の連中は、“恋愛(あそび)と結婚は別物”だと思っている。けれど、五条が私を生涯の伴侶にしたいと考えていることに気付いて、私や周囲を彷徨き始めたんだ」


***


 五条にとって椿は初恋と言ってもいい相手だった。無論、「いいな」と思った相手は居たが、ここまで真剣に向き合いたいと思った相手は椿が初めてだったのだ。
 だから初めのうちは、椿に対する想いに気付かなかった程である。五条が鈍いというわけでは無く、あまりにも経験が無さ過ぎたのだ。
 どうして好きになったのかは、その感情に気付いてからも、いまいちよく分かっていない。
 顔は整っている方だが、中性的で、決して女性らしい顔立ちではない。そう振る舞っている訳でもないのに、歌舞伎の女形や宝塚の男役のような雰囲気だ。はっきり言ってしまえば五条の好みでは無かったし、もっと美しい人間は他にも大勢いる。伴侶に女性らしさを求めるならば、椿はそれに当てはまらない。
 けれど、五条は椿のふとした人間性が好きだった。所作の丁寧さだったり、ちょっとした気遣いだったり。本人すらも忘れているような、何気ない発言をきっちりと覚えていてくれるところ。
 あとは意外性だろうか。彼女は存外、無謀な人間だった。人に頼ることはあれど、積極的ではなく、自分に出来ることは全て自分でやろうとするのだ。
 もし仮に事件が起きて、その事件を解決する術を自分しか持っていないとなったら、椿は躊躇いなく行動に移す。そういう無鉄砲なところも放っておけなくて、つい視線が彼女を追ってしまう。
 普段はひっそりと大人しくしているくせに、何の前触れもなく突飛な行動を取る椿を、五条はどうしても心に留めてしまうのだ。その行動が誰かのためであることが多いから、尚更。
 椿はいつだって、誰かのために動くことが多かった。そういう揺るぎないところが、どうしようもなく好ましく映るのだろう。美しく見えるのだろう。
 けれど、彼が一等好ましく思っていたのは、親しい相手に見せる何気ない微笑みだった。
 普段は澄ましたような顔をして、表情もあまり大きく動かない。
 けれどごく稀に、咲み崩れるときがあるのだ。それは大輪の花ではない。ひっそりと咲く野花のようなものだ。そんな何でもないものが、何故だか五条の心の奥深くに突き刺さったのだ。

 椿が笑っていると、五条も嬉しくなる。人の笑顔を見て満たされるというのは、初めての感覚だった。
 椿の幸福は、何故だか五条の胸をあたため、彼を幸せにしたのだ。
 それに気付いたとき、誰かのためではなく、椿が椿の幸せのために生きていけたらいいと。それが自身のそばだったら僥倖だと、五条は思い至ったのだ。
 そしてようやく、彼は自身の胸に宿った尊い感情に名を付けることが出来た。

 ―――――ああ、自分は、椿に“恋”をしている。

 一目惚れではなかった。きっとたくさんの、色んな“好き”が降り積もって“恋”になったのだ。


「ん? どうした、五条」
「んーん、何でもない」


 ―――――いつか、隣に並び立ってくれると嬉しいな。
 そんな幸せな未来を想像し、五条は幸せそうに笑うのだった。


***


 椿が笑っていると、五条も嬉しくなる。
 人の笑顔を見て満たされるというのは、初めての感覚だった。


「君の幸福は、なんだか僕を幸せにするよ」


***


「誰かのためじゃなくて、椿が椿の幸せのために生きていけたらって。それが僕のそばだったら良いなって、そう思ってる」


***


(椿は何が好きかなぁ……。刀を見るのが好きって言ってたっけ……)
(そう言えば、うちに刀型の呪具があった気がするな……。興味あるかな……)

五条家にあったのは、かつて椿が打ち直した紅紫苑。
紅紫苑を見て、椿が美しい笑みを浮かべながら泣く。


***


五条「徹底してんなぁ……。抱き締め返してもくれねぇのかよ……」
椿「君に応えられないからな。君の伴侶は荷が重いんだ。君は孤高過ぎるから。夏油くらいでないと並び立てないから」
五条「まぁ、僕最強だからね。隣に立てる人間も限られてるんだよ。でも、椿も難しい?」
椿「難しいさ。だから、君が歩み寄ってくれ。私からそちらに行くのは、とても難しそうだから」


***


椿「数多の男性が使ってきたであろう使い古された言葉で私を口説こうと?」
五条「違う違いますこういう台詞にときめくって聞いたんです!!!!!」


***


五条家訪問

椿「まるで伏魔殿だな」
五条「まるでじゃなくて、そうだよ、僕にとっては」


***


椿「一生忘れたフリをするから、君達も忘れたフリか聞かなかったフリをしてくれると助かる」


***


満「クローンとかで良くない? 失敗したときも処分しやすいし、誰も傷付かないじゃん」
霞「満さん、もう少し倫理観を持った発言をお願いします」


***


五条「壁ドンとかときめく?」
椿「いや、私あれはよく理解出来なくて。どちらかと言うと、懐に入られた嫌悪感が凄いな」


***


釘崎「ヘイアッシーって言ったら本当に足になってくれるわよ」
椿「いつの語彙だい、それ。どこで仕入れてくるんだ、その知識。というか彼、文句言いつつ本当にやってくれそうだから困るんだよな」


***


霞「この力、審神者時代に欲しくなかったです?」
椿「確かに。私の術式は恐らく無限の霊力を生み出せるはずですから、政府に舐められることもなかったかもしれません」
霞「神職関係の役人には効果抜群だったでしょうねぇ……」


***


伏黒視点

 五条先生は、椿さんと居ると緩やかに笑う。
 あたたかくて、柔らかくて。多分、幸せだなって思って笑っているからだ。
 他の人ではこうはいかない。
 あの人の前では、何処にでもいる男性のように屈託なく笑う。


***


私の想いが君を護りますように。


***


多くに興味を持たない五条が椿に寄せる執着と愛情には戸惑う部分も多い。

椿「私も彼等に対してあんな感じだったのかな?」
霞「いやぁ、椿さんはあんなもんじゃ無かったです」
霞「椿さんの愛情は底無しです。与える方も、受け取る方も」

霞「与える方として見ると、本当に深いんです。感情の底が見えません。愛情を与えても与えても底から湧き出てくるというか、注がないと溢れてしまうんでしょうね」
霞「そして受け取る側として見ると、カラッとしてるというか、乾いてるように見えるというか、砂漠みたいな感じです。どこまでも染み込むんです。どんなに重いものを向けられても、平然と受け止めちゃうんですよ」


***


津美紀と女の子の日

椿「そう言えば、家入さんはどうしたんだ?」
五条「え?」
椿「子宮が機能していない私より、経験者に頼んだ方が良かったと思うんだが」

墓穴を掘った五条が頭を抱える。




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