幸せの捜索願






 最近の夏油の様子がおかしいような気がした私は、任務終わりの夏油と落ち合った。
 遠方の任務を終えた後で、本当なら休息を取って貰わないといけないのだけれど、彼はなかなか食えない相手だ。疲労が隙になることを願って、このタイミングで呪術の勉強がしたいと頼み込んだのだ。
 夏油は懐に入れた相手に甘く、それが子供ともなればことさら甘くなる。元来世話焼きな気質のようで、頼られると断れない人間だ。私の頼みなら疲れていても、きっと断られないだろうと分かっていて、そこにつけ込む形を取った。
 流石に罪悪感があるので、手土産に恵達のおやつに作ったお菓子を持ってきた。ささやかなもので申し訳ないが、手持ちのお金がないので勘弁して欲しい。その代わりたくさん作ったので、是非友人達と食べて欲しいと思っている。


「お疲れ様です。お仕事の後なのに、すいません」
「構わないよ。椿ちゃんは勉強熱心だね」


 落ち合った場所の近くにある公園に入り、二人でブランコに座る。幸いにも人は居らず、私達は気兼ねなく一つの遊具を占領した。
 夏油は年相応にやんちゃをしているようだが、その心根は善性に溢れている。
 彼は私が傷付くのを酷く悲しげに見つめる人だ。そのためか、私の命を繋ぐための知識を惜しもうとしない。


「夏油さんの術式について聞きたくて。呪霊操術というのは聞きましたけど、具体的にはどんなものなんですか?」
「私の術式について知りたいの?」


 夏油は自身の術式を“降伏した呪霊を自身に取り込んで操る術式”と説明してくれた。
 他の使い手については分からないが、彼に限っては取り込める呪霊に限りはなく、呪霊を取り込めば取り込むほど手数が増えると言うことだ。つまり普段からの積み重ねが強さに直結する術式と言うことである。
 彼は特級に位置する術師だ。特級呪霊も取り込もうと思えば取り込めるだろう。味方にすれば心強く、敵になればこれ以上ないほどに厄介な術式だ。
 けれど、一つ気がかりがある。


「…………黄泉竈食ひ」
「え?」


 そう、黄泉竈食ひのように感じてしまうのだ。
 呪霊は人間の負の感情が具現化し、意思を持った異形の存在だ。呪力のない一般人には見ることも触れることも出来ない、存在するけれど、その証明が出来ないもの。恐らく、現世よりも常世や黄泉と呼ばれる世界に近い存在だろう。そちら側に近いと思われる存在を取り込んで、彼は本当に無事で居られるのだろうか。


「黄泉竈食ひなんてよく知っているね」
「勉強しました」
「椿ちゃんは偉いね。それで、どうして呪霊操術の説明を聞いて黄泉竈食ひなんて言い出したんだい?」
「……呪霊って生きているものではないでしょう? だから、この世のものではない、あの世のものを食べているという認識になるのではないかと思って」
「…………なるほど」


 黄泉竈食ひ―――――黄泉の国の竈で煮たものを食べること。これを食べると黄泉の国の存在となり、再び現世へは帰れないという伝承だ。
 夏油は自身の優しさに潰されて、どこか遠くへ行ってしまいそうな雰囲気を持っている。最近の様子も相まって、それが現実になってしまいそうで怖いのだ。


「…………夏油さんの術式の説明を聞くに、呪霊を食べないという選択を取れないのは分かるんです。術式として刻まれているということは、その耐性もあるとは思います。でも、突然居なくなってしまいそうで……」
「椿ちゃんは心配性だなぁ。私は大丈夫だよ」


 これが、夏油の“隙”だ。全てではないだろうけれど、彼の核心に触れる一つなのは確かなようだった。
 彼はまた、私をはぐらかそうとしている。


「夏油さん、美味しいもの、いっぱい食べてください。戻ってこれなくなる前に、現世のもので、お腹いっぱいになってください」


 私達審神者は戦争をしていた。私達はたくさんの存在を抹消してきた。何百、何千、何万もの人間の存在を塗り替え、歴史を書き直し、無かったことにしてきたのだ。
 歴史改変の阻止という大義はあった。それでも自責の念に駆られて、潰れてしまう同胞を何人も見てきた。そういう人達は、とても優しくて、あたたかい人達ばかりだった。
 きっと、夏油もそういう人達の同類だ。いつか自分のあたたかい部分に手を掛けられて、殺されてしまう人なのだ。


「これ、良かったらどうぞ。チーズクッキーとココアクッキーです」


 恵達のおやつと一緒に、大量に作った手作りクッキー。幼い弟妹には好評で、父も手放しで褒めてくれた我が家の定番おやつ。宿儺からもそれなりの評価を受けている一品だ。
 私は多分、夏油を助けられない。彼を掬い上げられるのは、彼の心の深いところにいる人達だ。
 これは、そんな人達と繋がるための、ちょっとした架け橋になればいいと思って用意したもの。無理を聞いてくれた感謝を示す意味合いも強いけれど、ちょっとした話題作りにでもなればいいと思って持ってきたのだ。


「ありがとう。美味しそうだね。手作りかい?」
「はい。弟が甘いものがそんなに得意ではないので、どちらも甘さは控えめです。いっぱいあるので、皆さんで食べてください」
「ふふ、悟は甘いものに目がないから、全部食べられてしまいそうだなぁ」
「みんなで食べてください。クッキーが苦手なら、別のものでも良いから。みんなで食べたという楽しい思い出があれば、何かあっても、きっと戻ってこれるから」


 私達はたくさんの存在を抹消してきた。そんなものは存在しなかったと、歴史の隅にも残さずに踏みにじってきたのだ。そういう戦いの中に、身を投じていたのだ。
 大義はあった。信念はあった。それでも正義だと断言するには、たくさんの人を殺しすぎていた。
 自責の念に駆られて、潰れてしまう同胞を何人も見てきた。そういう人達は、とても優しくて、あたたかい人達ばかりだった。

 夏油もきっと、そういう人間だ。いつか自分で自分の首を絞めて、くびり殺してしまう人間だ。

 夏油と私は、友人ではない。
 同胞というにはまだ私には経験がなさ過ぎて、他人というには彼のことを知りすぎてしまっている。
 彼は遠い過去に存在する、あたたかい人達によく似ているのだ。

 私に彼を救うことは出来ない。
 けれど、引き留めることは出来るはずだ。彼の友人達が、彼を救うために必要な時間稼ぎくらいにはなれると思うのだ。
 だから、手を離したりはしない。彼がまだ、頑張りたいと思っているうちは。


「…………椿ちゃんになら、言っても良いかなぁ」


 これは誰にも教えていないことなんだけど、と夏油が眉を下げる。


「口は堅い方だと思います」
「じゃあ、内緒ね。呪霊って、吐瀉物を処理した雑巾みたいな味なんだよ」


 ―――――誰かを守るための力を得るために、そんなものを口にするのは、とんでもない苦痛なのでは……?
 その言葉を聞いた私は、きっと酷い顔をしていただろう。
 私の顔を見て、夏油は泣きそうな顔で笑っていた。



***



夏油「椿ちゃんにみんなで食べてってクッキーを貰ったんだけど、一緒に食べないか?」
五条「お、ちっさいのに気が利くじゃん。何味~?」
夏油「チーズクッキーとココアクッキーだって。弟くんが甘いもの得意じゃないから、甘さは控えめだそうだよ」
家入「へぇ、手作りなの? ホントしっかりしてるね」
五条「マジ? あんなチビでも料理って出来るんだ。ココアちょうだい」
家入「お前よりは出来るんじゃない? 私、チーズ欲しい」
夏油「どうぞ。……あ、チーズ美味しい」
家入「あ、猫だ。かわいい」
五条「俺うさぎ。……え、うま」
家入「チーズの塩気最高。次ココア食べたい」
夏油「はい。……あ、七海、灰原、こっち来て」
灰原「あ、夏油さん達! どうしたんですか?」
七海「……面倒事はご免ですよ」
夏油「違うよ。椿ちゃんにクッキーを貰ったんだ。彼女の手作りだよ。美味しいから二人も食べて」
灰原「いいんですか!? わぁ、いただきます!」
七海「……あの子、料理も出来るんですね。いただきます」
灰原「あ、これ鳥だ! かわいい!」
七海「こっちは魚ですね。……甘すぎなくて良いですね」
五条「俺はもっと甘くても良いけど、これはこれでありだわ」
家入「お前は甘党過ぎんだよ、糖尿病予備軍」
夜蛾「……お前達、こんなところに集まってどうしたんだ?」
夏油「椿ちゃんに貰ったクッキーを食べてるんです。先生もどうぞ」
灰原「椿ちゃんの手作りだそうです! 美味しいですよ!」
夜蛾「いいのか? 頂こう」
夏油「……ふふ」
夜蛾「どうした、傑」
夏油「いえ、美味しいなって思って」
灰原「今度お礼しないとですね!」
夏油「そうだな。……あの子は何が好きかな」
五条「さぁ? あいつなら何でも喜びそうだけど」
夏油「そうなんだよなぁ。……悟、彼女へのお返し、一緒に選んでくれないか? 私一人では難しいから」
五条「お、いいね。最高のお返し選んでやろうぜ!」
夏油「ああ、二人なら、見つけられるよね」




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