幸せの捜索願
学校から帰ってくると、珍しく父が恵達と共に私を出迎えた。
「ただいま」
「お姉ちゃんおかえり!」
「おかえり」
「おう、おかえり」
恵はご機嫌で、津美紀も嬉しそうだ。父が日常の中にいることが嬉しいのだろう。父の帰還から大分経つが、その気持ちは未だ消えない。かく言う私も、父の出迎えに胸が弾んだ。
「今日はどうしたんだ? 休みだったっけ?」
「午後からはな。あと、お前らに渡したいもんがあってな」
「渡したいもの?」
荷物を下ろし、手洗いを済ませる。机の上に今日の課題を出しながら訊ねると、父は隣の部屋から荷物を抱えて戻ってきた。
「ほら」
「「わぁ……!」」
恵に渡されたのは数冊の分厚い図鑑とかわいらしい犬のクッション。津美紀に渡されたのはパステルカラーのワンピースとパンプス、髪飾りだ。
恵は犬のクッションをぎゅっと抱きしめて、早速動物や爬虫類の載っている図鑑を開いて目を瞬かせている。
津美紀はワンピースを身体に当て、嬉しそうにくるくるとその場で回っている。
「ありがとう、お父さん! すっごく嬉しい!」
「ありがとう。でも、いきなりどうしたんだよ?」
「椿にやりてぇもんを見つけてな。でも、椿一人にやるってのはずるいだろ」
「お姉ちゃんには何あげるの?」
「あー……。ちょっと危ねぇから、触らねぇって約束できるならお前らもこっち来い」
父に手招かれて、私に渡したいものが置いてあるらしい隣の部屋に入る。部屋の隅に置かれたものを見て、私は息を呑んだ。
それは赤と黒の太刀だった。鞘尻から三分の二程が緋色で、少しばかり色味の違う紅色で、紫苑の花が描かれている。柄は猩々緋。目の覚めるような赤色が美しい刀だった。
その刀を、私は良く知っている。
「わぁ、すごい! 綺麗な刀!」
「お姉ちゃんに似合うな。お父さん、良く見つけたな」
「まぁな。俺も見つけたときは驚いた」
―――――ああ、夢みたいだ。
かつて、人を愛した刀が居た。
けれど、愛する人によって、その愛を憎しみに変えられてしまった刀が居た。もう人のためには戦えないと、そう言って還ること選んだ刀だ。
私の手で終わらせて、私が新たに作り直した大切な守り刀。
私はその刀に人を愛した彼らの存在を決して忘れないと誓い、弔いに用いた花の名を与えた。
その刀の名は―――――。
「それは特級呪具『紅紫苑』。お前の欲しがってたもんとはちと違うかもしんねぇが……」
吸い寄せられるように、私はその刀の前に立つ。震える手でその刀に触れて、目の前の現実が夢ではないと知る。
かくりと力が抜けて、思わず座り込む。家族の驚いた声が聞こえてきたけれど、その喧噪はどこか遠い。
視界がゆらゆらと波打って、息が詰まる。何か言わなければと思うのに、何も言葉が出てこない。
「おい、どうした。どっか痛ぇのか? お前も服とかの方が良かったか?」
父の慌てたような声が聞こえる。口からは嗚咽しか漏れなくて、とても言葉なんか出せなくて、必死に首を振って否定した。
嬉しいのだ、これ以上なく。どうしようもなく。
まさか、また会えるとは思っていなかった。前世は前世で、全く別の世界で、決して交わるものではないと思っていたのだ。
―――――私が輪廻を巡っても、世界を超えてしまっても。君達はまだ、私を主と認めてくれるのか。私の守り刀で居てくれるのか。
嗚呼、それはなんて、幸せなことなのだろう。
私が君達を忘れたことがないように、君達もまた、私を覚えていてくれたのだ。
「…………と、ぅさ……」
「! どうした?」
「……ぅれしぃ、ぐす、うれしぃ……! ぁ、ありがとう……っ!」
「……! ………そうか」
嬉しくて、嬉しくて、なのに涙が止められなくて。
結局涙を止めるのを諦めて、自然と涙が止まるまで、私は紅紫苑を抱きしめ続けた。
その間、家族達はずっと私の頭や背中を撫で続けてくれていた。