幸せの捜索願






 女には夢があった。とある男の伴侶になることだ。
 男の名を伏黒甚爾という。
 男はとある作品の登場人物で、何の因果か、女はその男が存在する世界に転生することになったのである。
 それは通常ならばあり得ないことだ。
 しかし、女には奇跡が起きた。
 そうであるから、女は自分を特別な存在であると認識した。

 作品内で、男は死ぬ運命にあった。けれど天に選ばれた自分なら、男を救えると確信していた。
 甚爾を救うために、女は呪術高専に入学を決めた。
 けれど、入学はなかなか上手く行かなかった。女の実家は呪術師の家系であったから、いろいろなしがらみがあったのだ。
 故に女の入学は酷く遅れてしまった。甚爾の運命の日を大幅に超えてしまうくらいに。
 しかし、甚爾は生きていた。生きて、高専に所属しているようだったのだ。

 自分が甚爾の運命を変えたのだと思った。自分がこの世界に生まれ落ちたから、甚爾は救われたのだと。

 彼の住んでいる場所は家の力を使って調べ上げた。古いアパートに家族で住んでいると判明した。
 彼は結婚歴がある。子供も居る。けれど女の影はなかった。

 やはり自分は特別なのだと確信を深めた。彼が再婚もせずに子供を育てているのは、自分という伴侶を待っているからだ、と。

 女は甚爾に会いに行った。出会ってすぐに恋が芽生えるとは思っていない。ゆっくりと育んでいくものだ。
 まずは子供達に気に入られることから始めることにしたのだ。子供達が自分を気に入れば、結婚を視野に入れやすい。
 女の夢は甚爾と結ばれることである。そのためならば、どんな労力も惜しまないつもりだ。

 しかし、そこには予想だにしないものが存在していた。作品に登場しない女の子供が、甚爾の娘として存在していたのだ。

 女はすぐにピンと来た。その子供は自分と同じような存在であるのだと。自分が受けるはずの甚爾の愛を、掠め取ろうとする存在であるのだと。
 かくしてそれは正解だった。何故なら、任務先で彼女に呪詛を贈ろうとしたその時、通常ならば絶対にあり得ない事態が起こったからだ。


「本来なら、お前のような存在など歯牙にもかけないのだがな」


 呪いの王―――――両面宿儺が報復に現れたのだ。


「だが、貴様は伏黒椿に害を為そうとした」


 何故、と恐怖に震えていた女は、与えられた答えを上手く飲み込めなかった。
 自分は特別だと思っていた。本来ならばあり得ない世界に生まれ落ち、愛する人の命を救った。
 しかし、それ以上にあり得ないことが起こっていた。あの両面宿儺が、人間に加担しているのだ。


「あの小娘は何をどう間違ったのか、俺の主となったのだ。俺を敬い、崇め、貢ぐ。その対価を支払わねばならん」


 何故。何故。何故。
 自分こそが特別な存在のはずなのに。あの子供の方が特別な存在だというのか。


「故に、奴の願いを叶えよう」


 どちゃどちゃと、指先から細切れになっていく。彼の力ならば、一瞬で終わるはずなのに、少しずつ、浸食するように身体の端から切り落とされていく。
 痛みと、恐怖で声が漏れる。逃げたいのに、足の指が落とされて、無様に転がることしか出来ない。


「奴と、その家族を仇なすものは、」


 削られていく。少しずつ、身体の中心に向かって。
 命が、刻まれていく。


「―――――斬る」


 殺される。
 特別な存在のはずなのに、何も出来ずに。


「―――――と、言いたいところだが、俺は呪術界と縛りを結んでいる。貴様のような虫ケラを一匹潰したところで不利益など被らんだろうが、万が一と言うこともある。故に俺が手を下すことは出来ん」


 そう言って、宿儺はあっさりと術式を解いた。
 宿儺が、女に背を向ける。
 けれど、助かったわけではない。入れ替わるように、奇妙なことを口走る呪霊が女を見て涎を垂らしていた。

 ―――――ああ、私は宿儺に殺して貰うことすら出来ないのか。


「そら、喰っていいぞ」


 特別でも何でもない女は、呪霊に喰われて呆気なく死んだ。




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