幸せの捜索願
甚爾は椿の言う少女に心当たりがあった。
甚爾は真剣に子供達に向き合うことを決めてから、フリーの呪術師として高専から仕事を斡旋して貰っていた。もちろん軋轢が消えたわけではないが、椿たちの存在が後押しとなり、高専から仕事を貰えるようになったのだ。彼女らが親の庇護無しに生きていくには、子供達は幼すぎるのだ。
そんなわけで、甚爾は高専に足を運ぶ機会があった。情報交換だったり、書類の提出だったり。時には五条や夏油達と組み手を行うこともある。
心当たりの少女と出会ったときも、たまたま高専に顔を見せたときのことだ。
ふと視線を感じてそちらを見ると、一人の少女が酷く驚いた顔をして甚爾を見つめていた。
初めは見覚えのない顔が高専内をうろうろしていることに驚いているのかと思っていたが、その目が徐々に熱っぽく潤んでいくのを見て、厄介なことになったと気付いたのだ。
甚爾は顔がいい。自分自身でもそのことを良く自覚していた。見目の良さで得をすることも多く、自身の顔を利用することも多々あった。
けれど、今回ばかりはそれが逆の効果を招いた。
甚爾が感じた嫌な予感は正しく、少女は猫撫で声で彼に声を掛けてきた。過去に引っ掛けてきた女性達と似たような顔で。
少女は甚爾に一目惚れでもしたのか、やたらと女性の影を探ってきた。フリーならば自分が隣の席に座ろうとしているようだった。
しかし、甚爾は結婚歴があり、三人の子供達がいる。今は子供達が一番大事であることを伝えて、急いでいる旨を言い残して、返事も聞かずにその場を立ち去ったのだ。
この出来後が、回り回って自分の娘を傷付けることになるとは思わなかった。
恐らく少女は、娘に嫉妬したのだろう。“女”が甚爾の傍に居るという事実に。
甚爾には理解しがたいことであるが、稀にいるのだ。どれほど幼い相手であろうと、そんなことはお構いなしに嫉妬をぶつけようとする存在が。
少女はきっと、この類いの存在だ。だから甚爾の傍に居る椿の存在が許せなくて、自分がそこにいるのが正しいのだと、椿がそこに居るのは間違っているのだと、憎悪をぶつけたのだろう。
「どうすっかなぁ、あの女………」
甚爾の最優先は子供達だ。呪術師として生きることを決めた椿が、少しでも長く生きられるように、早いうちから学べるものは学ばせておきたい。弟の恵も姉の力になりたいと、彼女の背を追っている。呪術の知識は宿儺から与えられているようだったし、その過程で自分の術式に興味を抱いているようだった。そのため彼にも高専の存在を教える気でいたし、実際に椿と一緒に通わせるのも良いかもしれないと考えていたのだ。
しかし、子供に危害を加えかねない生徒の居る場所に、彼女らを送り出すわけにはいかない。自分が教えられるなら良かったのだが、あいにくと甚爾に呪術の知識はさほど多くないのだ。
(死んでくんねぇかなぁ、あの女……)
甚爾は深く溜息をついた。術師殺しをしていた時ならば迷わず殺しただろう。けれど、今はそういうわけにはいかない。
だから甚爾は願うしかない。できるだけ早いうちに、自分達家族の預かり知らないところで死んでくれ、と。
翌日、少女が任務先で命を落としたという話を聞いた。