幸せの捜索願






 熱を出してしまった私は、五条により病院に連れて行かれた。五条から連絡の入った父に病院に来て貰い、そこで父に引き渡されたらしい。ぼんやりしていたから、あまり覚えていないけれど。でも、震える父に抱きしめられたのは覚えている。よほど、心配を掛けたようだった。
 診察を受けて、薬を貰って、父に抱えられたまま家に帰る。家で待っていた弟妹達も不安にさせてしまっていたようで、父に抱かれた私を見て、二人はそれはもう盛大に泣いてしまった。
 それが申し訳なくて、でも嬉しくて。風邪を移すわけにはいかないのに、二人を抱きしめたくてたまらなくなってしまったものだ。
 大好きで、愛しくて、かわいくて。駄目だと分かっているのに、思い切り抱きしめさせて貰った。もちろん、父のことも。

 どうして、こんなにも大切な家族のことを疑ってしまっていたのだろう。こんなにも、私は愛されているのに。
 風邪を引いていたから、気持ちが暗い方に向いていたのかもしれない。
 明るい方を向こう。私らしく居るために。


「椿」


 いつかの時のように、父が声を掛けてくる。きっと、あの日のことを聞くためだ。
 私が恵達の遊んでいる部屋を出たタイミングで声を掛けてきたから、きっとそういうことだろう。
 チラリと部屋の中を振り返ると、恵を膝に乗せている宿儺と目が合った。宿儺は面倒くさそうにしていても、何だかんだで二人の面倒を見てくれるのだ。
 恵と津美紀はあやとりで遊んでいて、二人とも楽しそうにしている。しばらく離れていても、問題は無さそうだった。
 その光景が微笑ましくて、口元に笑みを浮かべながら父を見上げる。父は複雑そうな顔をしながら私を見下ろしていた。


「わりぃな。あいつらと遊んでたんだろ?」
「別に構わない。あの子達と遊ぶのも好きだけど、父さんと過ごすのも好きだから」
「………そうかよ」


 父に隣の部屋に促される。中に入って、二人で向かい合って腰を下ろした。
 父は少し迷うような素振りを見せてから、私の目を真っ直ぐに見つめた。


「あの日のことが聞きてぇ。答えたくないなら答えなくてもいい」
「構わない。何が聞きたい?」
「何で黙って居なくなった?」


 私が誰にも何も伝えずに逃げ出したあの日、父は私を怒らなかった。風邪を引いていたからかもしれないけれど、父はただひたすらに私の身を案じ、心配した旨を伝え続けてくれた。
 今日も、決して怒ってはいない。ただ、私らしくない行動に疑問とか不安を持っているようだった。


「…………私は、私の選んだ選択が、正しいものかどうか分からなくて、不安だったんだ」


 初めのうちは、弟妹達を守ることに必死で、そちらばかりに気を取られていたから、自分の存在を蔑ろにしていた自覚はある。
 けれど宿儺と出会って、父が家に帰ってきて、私の心に余裕が生まれたのだ。そうして考えるようになってしまった。自分がこの家の異物であるのではないのかと。
 伏黒家に紛れ込んでしまった不純物が取った行動が、伏黒家を不幸にしてしまうのではないかと、いつだって不安だった。そんなときに恵が私の背を追って呪術師を志すようなことを言い出したのだ。やはり私の存在はこの家の疫病神なのだと、そう確信してしまったのだ。


(いや、恵は悪くない。私が不甲斐ないから、優しい恵が心配して、私の力になりたがったんだ)


 いつもの私なら、きっともっと力を付けることを考えていただろう。恵が心配しなくて済むように。
 けれどタイミングが悪かった。私は体調を崩していて、気持ちが後ろ向きになっていた。更に、世界を識っているような素振りを見せる少女が、私の存在を否定したのだ。それがトドメとなって、私は思わず逃げ出した。


「そんな不安を抱えているときに、声を掛けられたんだ」
「誰に」
「分からない。多分、高専の生徒だと思う。でも、初めて見る女子生徒だった」


 高専には何度も通っている。それでも初めて見る相手だった。
 五条は「途中入学の女」と称していたから、最近高専に通うようになったのだろう。


「その人に、私が“ここ”に居るのは間違っていると言われたんだ」


 ―――――「あんたが“そこ”に居るのは、間違っている」。
 少女の言う“そこ”とは、きっと“伏黒家“だ。彼女は私を伏黒家の異物で、排除するべきものだと認識していた。

 そんなこと、きっとないのに。前世の記憶があろうと、私は新しく生まれ直したのだ。
 私は、この家に生まれた。伏黒椿として生まれ落ちたのだ。父と母の娘として、津美紀と恵の姉として。
 私はきちんと愛されている。私が言われた言葉に、父が娘の前であることを忘れて、殺気立ってしまう程に。
 だから、私は異物なんかじゃない。排除されるべきものではない。彼女が何を識っていたとしても、たとえ彼女の識る世界に私が存在してしなくとも、そんなことは関係ないのだ。


「間が悪かったんだ。私が体調不良を抱えていて、気持ちが後ろ向きになっていて、そんなときにちょっとチクリと刺されてしまっただけだよ」


 何故うちの近くにいたのか。何故私に声を掛けてきたのか。彼女が一体どういう存在なのか。何もかもが分からない。はっきり言ってしまえば“不気味”の一言に尽きる。
 けれど、宿儺の“私の心を傷付けた”という表現のみで五条がすぐに思い当たるような人物であることは確かだ。何かしらの危険性を秘めた相手なのだろう。
 最初から私だけを狙っていたのならいい。私には宿儺がついているから、よほどのことがない限り害されることはない。伏黒家そのものに目を付けていて、偶然私が最初に目に付いただけだというのなら、警戒しないわけにはいかない。しばらくは、津美紀達の周囲も注意して見ておかなければ。
 ふと、父が腰を上げた。私の前に来て、背中に手を回される。


「………お前は俺の娘だ。誰がなんと言おうと、だ」
「分かってるよ、父さん」
「その女が何を思ってお前にそんなことを言ったのかは分からねぇが、そんなわけ分かんねぇ女の言葉なんざ聞く耳持つ必要ねぇぞ」
「ふふ、大丈夫だよ。ちょっと心が弱っていただけだから」
「………少しでも調子がおかしいと思ったら、すぐに言え。宿儺でも、高専のガキ共でもいいから」
「分かった。気を付ける」


 大きな身体に抱きしめられ、私は沁み入るような幸せを感じていた。
 このぬくもりがある限り、どんなことでも乗り越えていけると、心の底からそう思った。




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