幸せの捜索願
しばらく走り続けて、人里から離れた場所に降ろされる。喧噪から遠いこの場所は、酷く静かで心地良い。じくじくと痛む火傷跡に、冷たい水を掛けられたようだった。痛みを柔らかく包んでくれているようで、詰めていた息をようやく吐き出せた。
「で? お前は何がしたいんだ?」
「…………分からない」
「はぁ?」
「分からなくなってしまったんだ」
ずっとずっと、自分のしたことが、本当に正しいことだったのか分からなかった。
自分のエゴであることだけは分かっていた。誰かのためではなくて、全部自分のためにしたことだ。
けれど、彼らに不幸になって欲しいわけじゃない。むしろ、幸せになって欲しくて起こした行動だ。例えそれが独りよがりなものだとしても。
宿儺を縛り付けているのも、私にとって彼が必要だからだ。そこに彼の意志はなく、結局は『自分のための行動』に帰結する。
それはきっと正しいことではない。間違っていることだ。
いつだって相手の意志を尊重したいはずなのに、今の私にはそれが出来るだけの力が無い。使えるものはどんな手段を用いても使わないと、何一つ守れやしないのだ。例えそれが、相手の意志をねじ曲げるような最低なことであったとしても。
「彼女の言うように、私の存在がここに居るのは間違いで。間違った存在である自分がした選択が、正しいものだとは思えない」
意志をねじ曲げるなんて、かつての私がこの世で最も憎んでいた男と、全く同じ事をしている。あの男と同じように成らないように、いつだって首元に刃を添えていたのに。だというのに、何なのだろう、この体たらくは。彼らが居ないだけで、私はこんなにも落ちぶれてしまう。
「間違いだらけの私がした選択が、彼らを不幸にしてしまうんじゃないかって」
間違った道を歩もうとしたとき、首を落としてくれる存在が居ないというだけで、こんなにも簡単に道を外れてしまうだなんて。私はなんて、どうしようもない愚か者なんだろう。
「随分と愚かな思考に耽るものだ。“己”こそが至高であろうが」
天上天下唯我独尊。それを地で行く宿儺が、きっぱりと断言した。
その揺るがない価値観はあまりにも身勝手なのに、私の目には酷く美しく映る。
「虫けらの戯言など聞く価値もない。捨て置け。アレと俺の言葉を同列に並べるな」
自分の言葉を優先しろと、彼は言う。同じ位置に置くなと、不快感を滲ませて。
「仮にも俺の主であるならば、そう簡単にぶれてくれるな」
嗚呼、彼にはバレているのだ。受けた愛を、伸ばされた手の優しさを。見ず知らずの誰かの言葉で、大切な人達の心を疑ってしまった事実が。
「俺は俺の快・不快のみで動く。俺が“ここ”に居るのは縛りもあるが、俺の愉しみと成る者が見れそうだからだ。遅かれ早かれ、俺は唯一の好奇を見つけていただろう。お前の存在に関係なく、な」
「宿儺、」
「そも、お前一人の存在ごときが、世界を、俺を揺るがす者に成れるなどと烏滸がましいにも程があるぞ」
嗚呼、これはきっと、彼なりの励ましだ。
それは人成らざる者が精いっぱい人に寄り添った、あたたかな言葉だった。
「………宿儺、」
「………何だ」
「…………ありがとう」
自然とこぼれた笑みを顔に乗せると、宿儺はいつものように呆れた顔で肩を竦めた。