幸せの捜索願
宿儺の炎―――――『開』はみるみるうちに上達した。腕が吹き飛ぶ痛みを本能が嫌ったのか、恐るべきスピードで成長していくのが自分でも分かるほどだった。まだ完成には至らないけれど、数日のうちに腕がちぎれることはなくなり、今では指先の火傷程度で済んでいる。
けれど、少し困ったことが起こっている。腕は綺麗に治っているのに、万力で潰されたような凄まじい痛みが走るのだ。
幻肢痛の類いだろうか。それとも正しく幻肢痛なのだろうか。
脳に腕を失った衝撃が今でも残っていて、腕が完治したという情報が更新されていないようだった。
「ぅ、ぐぅ……、あ゛ぎ……っ」
恵達はすでに眠りに落ちている。すぐそばでのたうち回る訳にもいかず、這いつくばって寝室を出た。たったそれだけのことなのに、全力で走った後のように息が上がる。
思い切り悲鳴を上げて暴れ回りたい気分だ。けれどそんなことは出来ない。家族に聞かれるわけにはいかない。腕に噛み付いて悲鳴を噛み殺す。ブチブチと皮膚が破けたが、その程度の痛みでは紛らわせることも出来ない。
「ふぅ、ぐうぅ……っ! ん゛ぃ……っ!」
ガリガリと、床をひっかく爪先が不快な音を立てる。パキ、と軽い音がして、爪が割れたのが分かった。
「おい」
「んあ゛……?」
大きな手が、そっと私を抱き起こす。朦朧とする意識の中で視線を彷徨わせると、父が険しい顔で私を見下ろしていた。
ああ、起こしてしまった。罪悪感が沸いて、咄嗟に謝罪の言葉を継げると、父は更に眉間に皺を寄せた。
「…………どこかいてぇのか」
「……け、怪我は、ない……」
「なら何でそんなことになってる」
「わ、からな……。なお、てるのに、いたくて……」
「…………そうか」
どこが痛い、と訊ねられて、腕が痛むと返す。私の言葉を聞いた父は私を抱き寄せ、そっと腕に手を当てる。割れ物を扱うような手つきで優しく撫でられ、自分がガラス細工になったような気分に陥った。
くすぐったいくらいの、柔らかい触れ方だった。帰ってきたばかりの頃は力加減なんて出来ていなかったのに、今では優しい触れあいが出来る。
父には治癒の力なんてないはずなのに、不思議と痛みが引いていくようだった。柔らかく溶けていく苦痛に、私はほっと息をついた。
安心して脱力すると、急激に眠気がやってくる。大きくて強い父に身体を預けていると、ここは安全だと本能が囁くのだ。ここでなら眠りに落ちても心配ないのだと。
「……お父さん、」
囁くような声が、かろうじて耳に入る。不安そうに震える、恵の声だった。
「恵、起こしたか」
「ううん、喉渇いて……。お姉ちゃん、具合悪いの?」
「……いや、もう眠ってるだけだ」
ぐったりとしている私の姿を見て、私の身を案じているようだった。大丈夫だと、問題ないと伝えたいけれど、体力を奪われた幼い身体は言うことを聞いてくれない。声を出すのも億劫で、目を開けることもままならない。
「…………お父さん」
「……どうした?」
「俺も、お姉ちゃんの力になりたい」
父が、息を呑む。
恵の声はその幼さに見合わない、固い決意を秘めた声をしていた。
彼は、呪術師になるつもりなのだ。
―――――ああ、なんてことだ。私のせいで、彼まで地獄を歩もうとしている。