幸せの捜索願






「…………今日も出掛けんのかよ」
「恵、」


 その日は珍しく、恵が腰に抱きついて、ぐずるような素振りを見せた。
 最近、高専に入り浸っていたから、寂しい思いをさせてしまっていたらしい。背中にまで回った手は、少し痛いくらいの力が込められている。


「…………俺達より、好きなもん出来たのかよ……?」
「そんなことはない!」


 今にも泣き出してしまいそうな恵の震えた声に、思わず大きな声が出た。
 そんなことは、ない。あるはずがないのだ。私は彼らが大好きで、彼らを守りたくて強くなろうとしているのだ。
 けれど、もう少し現状を見直さなければ。彼らを守りたくてしていたことで、彼らから笑顔を奪ってはいけない。
 恵も津美紀も、まだ幼いのだ。姉がよそ見ばかりしているのは面白くないだろう。寂しいと、泣きたくもなるだろう。特に彼らは、“置いていかれた”経験があるのだから。
 間違えてはいけない。私の最優先は家族なのだから。

 今日の特訓に行けないことを高専に連絡し、改めて恵達を抱きしめる。今日は一日一緒に過ごせることを伝えると、二人は満面の笑みを浮かべた。
 澄ました顔をしていることの多い恵まで感情を顕わにしている。よほど、寂しい思いをさせてしまっていたようだ。


「……今日はうちにいんのか」
「父さん、」
「ま、たまにはいいんじゃねぇか? 根詰めるのも良くねぇしな」
「…………うん」


 私が呪術師になることに反対していた父は、口には出さないものの、高専に通っていることに思うところがあったらしい。私が家に居ることを知ると、ほんの少しだけ表情を和らげた。
 私の意思を尊重して呪術師になることを了承したからか、私の行動に口を出すのを控えていたのだろう。彼にも、相当気を揉ませていたようだ。
 今日は父も私達と過ごすことを決めたらしい。
 最近の父は実家のごたごたも落ち着いてきたのか、家に居る時間が増えてきていた。夜中に出掛けることもあるけれど、それは呪術師のような仕事をしているようだった。以前のような、後ろ暗さのある仕事ではないならそれでいい。


(いや、呪術師も後ろ暗い部分はあるな……)


 けれど、積極的に人の命を奪うような仕事ではないから、おそらく呪術師の方がマシだろう。非術師を守るという大義もある。


(まぁ、前よりは環境が改善されているし、小さな一歩かもしれないけれど、確実に前に進んでいるよな)


 家族全員が揃っていることに、津美紀達は子供らしく笑っている。はしゃいでいるのか、恵は父の背中によじ登り、津美紀は両手を広げて抱っこを強請っている。
 その光景が眩くて、美しくて、思わず目を細めた。
 この尊い瞬間を残しておきたくて、カメラを探す。義母が置いていった使い捨てのものが引き出しに入っていたはずだ。
 カメラを取り出して、パシャリと一枚。三人に声を掛けて、もう一枚。
 津美紀に手招かれて、私も含めた家族四人で写真を撮った。
 そのあとは四人ではしゃぎ倒して、体力の少ない恵がコロリと床に転がったことで、休憩を取ることになった。


「あん? 何だ、この本」
「ああ、それか。図書館で借りたんだ」
「お前ら本なんか読むのか」
「私は好きだよ。父さんも今度一緒に行ってみないか?」
「じっとしてんのはあんま好きじゃねぇんだがなぁ……」
「いいじゃん、行こう?」
「……行こ」
「……まぁ、たまにはいいか」


 津美紀と恵のおねだりに、父が苦笑する。けれど津美紀が満面の笑みを浮かべて喜んでいるのを見て、乗り気になったようだった。恵も本で得た知識を披露していて、実に楽しそうだ。
 この世界の幸せは、ここにある。この笑顔を、奪ってはいけない。




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