幸せの捜索願
私が考えついた答えは、『神の恩恵を受けられるのではないか』というものだった。
私の術式は『神格付与』。神格を与え、その見返りを受ける立場に立てる術式だ。それを私は、『神から授かり物を貰える』という言い換えが出来るのでは無いかと考えたのだ。神格を与えた相手の術式を借り受けることも可能なのではないか、と。
「我儘を聞いていただき、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「…………ああ、こちらこそよろしく」
私の挨拶に戸惑いがちに返事を返してくれたのは、五条達の担任だという夜蛾正道だ。傀儡操術という術式を持っているそうで、等級は一級だという。
今日は、呪術の特訓をしたいという私の我儘を聞いて、高専の一角を貸していただくことになっている。彼はその見張り兼監督役だ。
「お前の術式、攻撃力皆無じゃん。なに、呪力纏ってぶん殴るつもり?」
もう一人の監督役である五条が、私の頭をつんつんと突く。子供の相手に慣れていないのか、力加減が出来ておらず、幼い私にはそこそこ痛い。パシ、と手を掴んで動きを止めて、彼を見上げる。
「術式の解釈を、広げてみたんです」
「ほぉん?」
「上手く行けば、宿儺の術式を使えるかもしれません」
「………へぇ?」
サングラスの奥の空色が輝く。面白いものを見つけたと言うような笑みが浮かんでいる。
「宿儺」
「さて、どれから行く?」
「私は斬撃しか見たことがないから、それから試してみたい。どのようにやればいい?」
家から持ってきたペットボトルや近所で拾った太めの木の枝など、的を並べながら斬撃の使い方を教わる。
「食材に包丁を入れる要領でやってみろ。お前にはそれが一番イメージしやすいだろう」
「分かった」
呪力を練り上げ、宿儺に言われた通りにイメージする。けれど、呪力を身体から離すことがどうしても出来なかった。
呪力を身体に纏わせるのはそこまで難しいことではなかった。それは輪郭があったからだ。
けれど、呪力を身体から離し、輪郭のないものを保つのは難しい。
「ふむ……。一度斬ってみる方が感覚を掴めそうだな。呪力を擦り上げろ。自分の手を刃物だと思え。その状態で斬ってみろ」
「やってみる」
自分の手に纏わせた呪力を研磨する。鋭く、よく斬れるように。刀のように。
その状態で、ペットボトルに刃を当てる。ベコ、と空のペットボトルが凹んだ。擦り上げが足りなかったのか、見てくれは立派な刃だったが、刃物というより鈍器のような仕上がりだった。
もっと、磨き上げないと。そう、刀を研ぐように。
「……まぁ、最初はこんなものか。後は繰り返すしかないな」
「ああ。出来ないなら出来るまでやってみる」
ぽん、と頭に手を置かれる。気落ちしているように見えたのだろうか。
私は決して才能がある人間ではない。ひたすらに数をこなして、自信を付けるしかないのだ。
諦めないことには自信がある。何度折れても、立ち上がってみせる。それだけが、私の取り柄なのだから。
気合いを入れ直し、再度呪力を擦り上げる。もっと鋭く、もっともっと。
「―――――……そろそろ終いにしろ」
「えっ?」
「約束があったろう」
「もうそんな時間なのか……?」
宿儺に止められ、空を見上げる。空は赤みがかった色に変わってきており、そろそろ帰らなければ夕飯の時間に間に合わなくなる。今日は津美紀と一緒に夕飯を作って、夜は一緒に遊ぶ約束があるのだ。まだ特訓を続けたい気持ちはあったが、最優先は家族の安寧である。
その日は結局、ベコベコに凹んだペットボトルを量産しただけだった。
「今日は場所を貸していただき、ありがとうございました」
「いや、構わない。………一人で帰るのか。迎えがないなら送っていくが」
「宿儺と一緒に帰るので、大丈夫です」
「………そうか」
夜蛾の提案を辞退して、もう一度丁寧に頭を下げる。
五条にもお礼を言って、私は宿儺と共に高専を後にした。
「呪力という抽象的なものを固定するのは難しいな」
「確かに、お前の呪力は流動していたな。慣れるまでは実物を持って行うのも良い」
「そうしたいけど、刃物を持ち歩くのは法律で禁止されている。それに、死刑を免れたばかりの私が武器に成り得るものを携帯するのは拙い」
「はぁ―――――……。窮屈になったものだ……」
これも高専との要相談だろう。
けれど確かに、本物の刃物を持って行う方がイメージは固まりやすい。
(刀とか、欲しいなぁ………)
けれど、実物を手に入れるのは難しい。慰めになるか分からないけれど、図書館で図鑑でも借りてこよう。恵達も本は好きだから、彼らも誘おう。そう決めて、私は帰路を進む足を速めた。