幸せの捜索願
その日も、恵は津美紀と共に影で遊んでいた。自分の中の存在が気になるのか、最近の彼は自分の影を気にする素振りを見せることが多かった。
そんなとき、恵の傍には宿儺が寄り添っていることが多い。彼は恵が自分の興味を満たす存在として認めており、恵が呪術に関心を持っているのを見て楽しんでいるのだ。そんな宿儺に、恵も懐き始めている。
(父さんより、父親みたいだなぁ)
父は私の言葉を叶えてくれようとしているのか、危ない仕事は控えてくれているようだった。また、実家関連でのごたごたが長引いているのか、頻繁に出掛けている。以前のように帰ってこないということはないけれど、あまり家に居ないのだ。
父が忙しいというのは幼い弟妹も理解しているのか、時折寂しそうにするけれど、我儘を言ったりはしていない。聞き分けが良すぎる気がするが、不安になったりしていないか、少し心配だ。私もしっかり見ているつもりではあるけれど、彼らは迷惑を掛けるのを嫌っている節がある。津美紀は控えめに甘えてくれるけれど、恵はなかなか素直になれないようだ。
(宿儺相手でも良いから、甘えられるようになってくれれば良いのだけれど)
きっと、私よりも頼りになる。呪術について明るいから、恵に知識を与えられる。何より強いから、呪霊から恵達を守れるだろう。
(やっぱり、私が、ここに居る必要って―――――)
嫌な考えが頭に過ぎる。それを考えるのは、家族に対する裏切りだ。心優しい家族が、私を拒絶したことは一度も無い。
頭を切り替えるために家事でもしようと立ち上がる。部屋を出ようとした瞬間、背後で恵と津美紀の悲鳴が上がった。
「どうした!?」
慌てて振り返ると、恵の身体が影の中に沈み込んでいた。それを、宿儺が両手で受け止めていた。
恵は恐怖に顔を引きつらせて、大きく見開いた目を揺らめかせている。その揺らぎが大きくなって、その目から大粒の涙を流し始めた。
声を上げて、宿儺に手を伸ばす。宿儺はそれを受け入れて、影の中から恵を掬い上げ、その胸に抱き留めた。
恵の身体が完全に影から脱したのを見て、もう危険が無いと分かった津美紀が、安堵の涙を流した。
「う、うわぁぁ……、め、恵、びっくりしたぁ……!」
「ひっぐ、ぐす、つ、つみき、ごめ……っ」
「か、かみさま、めぐみをたすけてくれて、あぃがとぉ……!」
「す、すくな、ありがとぉ……」
「構わん。気にするな」
心臓が、痛いほどに早鐘を打っている。力が抜けてしまいそうになるのを必死で堪え、宿儺に縋り付いて泣く恵に駆け寄った。
恵を助けてくれた宿儺に礼を言って、恵と津美紀の髪を撫でる。
「恵、大丈夫か? 一体何があったんだ?」
「お、おねぇ、ちゃ、ん……!」
涙ながらの恵の話をまとめると、恵は影の中にいる存在に会ってみたいと思ったらしい。私の「影を泳ぐ魚」という言葉で、影の中に入れば、中にいるもの達に会えるのではないかと考えたようだ。けれど影の中は思ったより深く、驚いて泣いてしまったようだった。
「すまない、恵。私が変なことを言ったから。すまない、怖い思いをさせてしまった」
「ちが、ひぐっ……! ぉ、ねぇちゃん、悪くない……! お、おれが悪くて……」
「恵も悪くない。恵の気持ちは間違いじゃない。だから、自分を責めるな」
「珍しく良いことを言うではないか、小娘。そうとも、お前の考えは間違いではない」
機嫌良く、宿儺が恵を褒めそやす。あやすように髪を撫で、実に楽しげな笑みを浮かべている。
「いい。それでいい。その調子で成長しろ。なに、失敗など誰しもが通るもの。気にすることはない」
「でも……」
「おお、そうだ。向こうの奴らに影から出てきて貰うのはどうだ? お前ばかりが気を揉むのは釣り合わんからな」
「影から、出てきて貰う……?」
宿儺に涙を拭われて、大きな目を瞬かせる。
すると恵は、まるで最初からそれを知っていたように、小さな手で犬の形を作った。
「“玉犬”」
ずるり、と白と黒の大きな犬が、影の中から姿を現す。
これが、恵の力。禪院家の相伝術式―――――十種影法術。