幸せの捜索願
呪術師になることが決定し、私は改めて五条、夏油の二人と対面した。
彼らは学生ながら“特級”と言う、いわば最高位の術師と認められているという。
この二人は呪術界にとって無視できる存在ではなく、私の死刑延期が成されたのは、この二人の口添えがあったからだそうだ。
「俺らが言うのもなんだけど、呪術師になるんだって?」
「正式に高専に所属していない今なら、逃げられるかもしれないよ?」
―――――この流れ、一回やってるんだよなぁ……。
私の視線に合わせて膝を折った二人は、その整った顔を盛大に顰めていた。五条は苦虫を噛みしめたような表情を浮かべていて、夏油は困ったように眉を下げている。二人とも、私の将来を心配してくれているのだろう。
しかし、私はすでに覚悟を決めていて、“縛り”も結ばれてしまっている。
「大丈夫です。父さんともきちんと話し合いました」
「…………呪術界に売られたとかそう言うんじゃねえだろうな?」
「こら、悟! ごめんね。でも、本当にきちんと話し合えたのかな?」
「はい。父さんは私が呪術師に向いてないって、呪術師になって欲しくなかったみたいです」
私の言葉に、二人が信じられないとばかりに目を見開く。お互いに顔を見合わせて「まさか」と言わんばかりの表情をしている。
どうやら父は、この二人に相当嫌われているらしい。例の一件の構図を見るに、彼らとは敵対関係にあったようだから仕方ないことだが。
けれど、父はきちんと私を想ってくれている。信じられずとも、その事実は覆らない。
「…………信じられねぇけど、父親は反対してて、でも説得できた訳ね。宿儺も了承したって聞いたけど?」
「彼は暴れられれば良いそうです」
「「…………」」
私の言葉に二人は形容しがたい顔で、再度顔を見合わせた。
二人は私を見つめて、何か言いたげに口を開いては閉じている。
「うわ、絵面やば」
ふと、女性の声が聞こえた。見れば、かわいらしい少女が二人の青年を連れてこちらに歩み寄ってきた。
「硝子じゃん。灰原と七海もいるし」
「みんな揃って、どうしたんだい? 君達もこの子を見に来たの?」
「そ。宿儺の指を所持してて無事なんて、前代未聞だからね」
そう言って、少女が私を見やる。小柄な少女だが、そんな少女の半分ほどの大きさしかない私を見て、彼女は思いきり顔を顰めた。
「…………この子、いくつ?」
「知らね。お前、何歳?」
「6歳です」
「「「ろくさい!!?!?」」」
その場に居た全員が叫び声を上げる。驚愕し、唖然とした顔で私を見つめていた。
いち早く我に返った一人が、私の前でしゃがみ込んだ。両手で膝を抱え、出来るだけ身体を小さくしてくれる。
「こんにちは。僕は灰原雄です。お名前教えてくれるかな?」
「初めまして、伏黒椿です。よろしくお願いします」
「6歳って言ってたよね。小学1年生?」
「1年生です」
「そっかぁ。しっかりしてるね!」
「ありがとうございます」
灰原と名乗った青年は、警戒心を持たせない爽やかな笑みを浮かべた。年下の相手に慣れていそうだから、きっと兄弟が居るのだろう。
彼に続いて、少女と、もう一人の青年が灰原と同じように身を屈めた。
「私は家入硝子。よろしくね、椿ちゃん」
「……七海健人です」
「家入さん、七海さん、よろしくお願いします」
「…………クズ共よりしっかりしてない?」
「「硝子???」」
五条と夏油が家入に食ってかかり、家入が二人を煽る。そんな三人を笑顔の灰原が諫めていた。
喧嘩というよりもじゃれ合いのようで、和気藹々としている。
「…………こんな幼い子を、死刑にしようとしたのか」
彼らに混じらず、私の傍で膝をついていた七海と名乗った青年が、ぽつりと呟く。その表情は暗く、うっすらと失望の色が見える。
「それについては私もどうかと思います。縄でぐるぐる巻きにされて、意味が通じないと思われたのか、罵倒を浴びせられましたから。客観的に見て、彼らの方が処罰対象でしたよ」
「…………そんな人達がトップを務める組織です。呪術界ははっきり言ってクソですよ」
「みたいですね。でも、もう決めましたから」
地面を見つめていた瞳が、私の方に向けられる。
「長生き出来ないかもしれないけれど。やりたくない仕事を任されるかもしれないけれど。ここで逃げて、生き延びても、大切な人が居ない世界では頑張れない。私は自分が、そういう人間だと知っている」
自分の居ない場所で幸せになっていると言われても、私はそれを信じられない。大切な人には、自分の傍で幸せになって欲しい。
「だから、覚悟を決めました」
例え進む先が地獄であろうとも、一度決めたことは曲げたくない。
じくじくと浸食するような胸の痛みには、気付かない振りをした。