幸せの捜索願
(まさか宿儺を所持しただけで死刑判決が出るなんて思わなかったなぁ……)
御札が無数に貼り付けられた部屋で拘束され、一方的な糾弾を受けながら、私は死刑判決を言い渡された。詳しいことは罵倒の声ばかりが聞こえて分からなかったけれど、どうやら宿儺の力を利用するのは呪術規定とやらに抵触するらしい。
大前提として、私は呪術規定なんて知らない。宿儺がどういう存在なのかも知らない。そもそも呪術師でも呪詛師でもない人間に適応してよいものなのか。
(というか、小学生を拘束して罵声を浴びせるってヤバいな。時の政府とどっちがマシだろう……?)
私の死刑は幾人かの呪術師達の口添えで延期となった。その代わり呪術高専に所属し、呪術師にならなければいけないらしい。そういう契約を結んだとのことだった。
前世もなかなかのものだったと思うが、今世もなかなかに波瀾万丈だ。
母を亡くし、義母は蒸発。父も家に寄りつかない状態で、幼い弟妹の世話。そして極め付けの死刑判決。
―――――まるで世界が、私を殺そうとしているようではないか。
(いや、それは当たり前か)
私はたくさんの人を殺してきた。
否、殺してきただなんて生ぬるい。その存在を抹消してきたのだ。
改変された歴史の中で生まれた人間との生存競争。何百、何千、何万もの人間の存在を塗り替え、歴史を書き直し、無かったことにしてきたか。
私はきっと、長くは生きられないだろう。それは当然の報いだと思っている。
前世だけでは拭いきれず、今世にまで持ち越してしまった業。世界が私を殺そうとするのも当然だ。
けれど、後悔なんてしていない。死を迎える瞬間まで、力の限り走り続けてきた。そう在れと願い、命を燃やし、眠りについた。そんな私が、確かに居たのだ。そんな自分を、忘れたくない。忘れてはいけない。
「おい」
窓の傍に座り込んで、外の景色を眺めていた私に、父が声を掛けてきた。
父を見上げると、彼は険しい顔で私を見つめていた。
「なに、父さん」
「…………俺は、お前が呪術師に向いているとは思えねぇ」
私の傍に座り、父が思い詰めたような顔で呟いた。
「そうかな」
「呪術師は、長生き出来ねぇぞ」
「呪霊と戦うんだろう? 戦場に立つと言うことは、そういうことだと思うよ」
「それだけじゃねぇ」
呪術師の仕事は、呪いの祓除だ。非術師と呼ばれる“呪いの見えない普通の人々”を呪いから守ることも重要視されているという。
けれど、それだけではない。時には、人間も相手にしなければならないのだ。
「呪詛師は、人間だ」
呪詛師―――――呪術を用いて人に徒なす人間。非術師を呪い、殺害することを生業としている存在だ。
呪術師は呪霊や呪物だけでなく、彼らと戦うこともあるという。時には、殺し合うことも。
「お前に人が殺せるか」
「殺せる」
父の問いに、間髪入れずに私は答えた。
私はたくさんの人を殺してきた。自分の手を汚さずに。それを今度は、自分の手で行うだけだ。
逃げることは許されない。何も失いたくないのなら。
「……餓鬼が。生意気言ってんじゃねぇぞ」
「殺せるよ」
怒りを滲ませた顔で凄まれても、答えが変わることはない。
私は人を殺せるとも。父さんを、恵を、津美紀を、宿儺を失わないためならば。
「…………今なら、逃がしてやれるぞ」
「要らない。逃げた先に、父さん達が居ないなら」
きっと、何度も心が折れるだろう。何度も死にたくなるだろう。殺してくれと希ってしまうかもしれない。
けれど、みんなが居るなら頑張れる。何度でも立ち上がることが出来るのだ。
「私はきっと、大切なものがそばにないと、頑張れないんだ。逃げて、生き延びても、そういう生き方をしなければ、私はどうせ、長生きできない」
「……………………はぁぁぁぁぁ……」
腹の底から溜息をつき、父が項垂れる。ぐったりと力を無くし、顔色の悪い顔は、酷く窶れているように見えた。
「馬鹿野郎が………」
力無いその言葉は、父の愛がこれでもかと詰まっていた。
心臓に爪を立てられたような痛みを感じつつ、私は父の大きな身体をぎゅっと抱きしめた。