幸せの捜索願






「見つけた」


 学校から帰る途中、私―――――椿に声が掛かる。声のした方を見れば、特徴的なボタンのついた黒い制服の青年が二人、私を見下ろしていた。
 一人は美しい白銀の髪をした日本人離れした顔立ちの青年。もう一人は長い黒髪をお団子にした、涼しげな面立ちの青年だ。前者は完全に初対面だが、後者には見覚えがあった。父を見つけた専門学校にいた青年だ。


「あなたは、この前の……」
「覚えててくれたんだね。私は夏油傑。よろしくね」
「お久しぶりです。伏黒椿です」


 夏油と名乗った青年は、柔和な笑みを浮かべている。けれど、心を許しているわけではなく、ピンと張り詰めた空気を纏っている。もう一人の青年も、厳しい目で私を見つめていた。


「しっかりしているね。ちなみにこっちは五条悟ね」
「夏油さんに五条さんですね。それで、今日は一体何のご用でしょうか」


 学校の敷地内に不法侵入したことへのお咎めだろうか。それならば教師か警察が介入しそうなものだ。
 父が拳銃で、彼らを狙っていたことについてだろうか。けれど、その恨み言をぶつけるために来たのなら、こちらとしても物申したい。狙われるようなものを彼らが持っているならば、こちらだけに落ち度があるわけではないだろう。もちろん、彼らに落ち度がないのならば、こちらは素直に謝罪の意を延べるけれど。


「お前、高専に侵入したんだって? 誰にも気付かれずに。一体どうやったわけ?」
「こら、悟。こんな小さい子にその態度はないだろう」
「高専に入り込める奴がただのガキなわけないだろ」


 前者だったか、とほっと胸を撫で下ろす。前者も大概だが、命が掛かっている分、後者の方が罪が重いだろう。ほんの少しだけ、安心した。
 けれど、話しても大丈夫なものだろうか。宿儺曰く、前に侵入した学校は呪術師達の学び舎だという。彼らはそこの生徒のようだから、呪術についての理解は私よりもずっと深いだろう。だからこそ、宿儺について話すのは躊躇われる。彼は本来、人に害を為すものなのだから。
 ―――――出来るだけ、彼について触れずに話すほかない。隠し事をするのは心苦しいけれど。


「私の術式です。まだ勉強中なので、自分でも出来ることが把握し切れていません」
「嘘」
「え?」
「お前の術式、気配遮断とかそういうのないだろ? 嘘付くなよ。俺の目は誤魔化せねぇよ」


 ―――――そんなのありかよ。
 サングラスの奥の、美しい空色が憎らしい。真偽を見抜く目なんて、ずるいじゃないか。


「…………すいません」
「謝らなくて良いよ。けど、本当のことを言って欲しいな」


 警戒心を滲ませた優しい顔で、夏油が問いかける。
 嘘がつけないとなると、正直に答えるしかない。もちろん、全てを答えるつもりはないけれど。


「神様に、手伝って貰ったんです」
「神ぃ?」
「祠に祀られていたので、そう思っています」
「…………君自身もよく分かっていない相手に手伝って貰ったのかい?」


 宿儺が人に恐れられる存在であることは知っている。けれど、それくらいしか知らないのだ。それだけで“彼を知っている”などというのは烏滸がましい。
 ―――――私は、彼について何も知らない。

 宿儺は好奇心旺盛だ。あらゆる分野において造詣が深く、呪術については返答に窮する事はなかった。
 また、研鑽を苦に思わないタイプなのだろう。恵や私の術式にも興味を示し、更なる知識を欲している。
 面倒だという素振りを見せつつ、術式については嬉々として教えてくれた。それはひとえに、私達の術式の完成形が見たいからだろう。

 反面、自分のことを語ることは少ない。自分を至上としていることから、自分のことが嫌いだというわけではないのだろう。けれど、積極的に口を開くことはない。自分の情報を知られることで不利益を被るのか、単に知られたくない理由があるのか。
 彼についてはいずれ彼の口から聞きたいと思っていた。けれど、それは今ではないと思っていたのだ。まだ何も知らない段階で、見極めの途中なのだ。だから、もう少し仲を深めてから、彼を知りたいと思っている。


「早急に知らなければならないことでもない限り、彼が自分の口で語るまで。あるいは、聞いても問題ないことが分かったときに、自分から彼に尋ねます。だから、あなたたちが懸念することはありません」


 私の言葉に、二人は難しい顔をしている。
 夏油は私の見た目が子供だから、攻めあぐねているのだろう。気を緩めることはないけれど、私を害したいわけではないようだった。
 一方の五条は、探るような視線を向けている。憎らしい空色の瞳で、私の粗を探しているのだろう。


「何だ、俺のことを知りたいのか?」


 私の生得領域に潜っていた宿儺が、私の隣に並んだ。
 驚愕と警戒を顕わにする二人を前に、宿儺が私を見下ろしてニヤニヤと笑っている。この事態を愉しんでいるのだ。
 宿儺は強い。呪霊相手に手こずっているのを見たことがない。けれど、呪術師でも何でもない私は、五条達の実力が読めない。交戦したらどれほどの被害を被るか分からないのだ。


「宿儺、戻ってくれ。あなたのことを知りたいのは事実だけど、今はそれどころじゃない。彼らに敵意がないことを理解して貰わなければならないんだ」
「俺がこちらに居る時点で、それは不可能であろうがなぁ」


 ―――――そう思うなら何故出てきたんだ。
 いや、分かっている。宿儺はただ愉しんでいるのだ。私がこの事態をどう切り抜けるのか、彼らがどのような対処を取るのか、ただその反応を愉しんでいる。
 性質が反転しても尚、自我に影響がないのは、それだけ彼の我が強いからだろうか。


「スクナ……。両面宿儺か!」
「嘘だろ? 俺達が二人揃って特級呪物に気付かないなんて有り得ねぇ!」


 宿儺の名を聞いて、二人の顔から余裕が消える。それぞれがすぐに動けるように構え、今にも飛びかかってきそうだ。


「ケヒッ、いい顔をするなぁ、呪術師共」
「宿儺、煽らないでくれ。彼らは話をしに来ただけなんだ。私としても、戦うつもりはない」


 彼の前に立ち、両手を広げる。立ち塞がっているつもりだけれど、幼い身体では何の障害にもならない。


「待て、あいつ、呪いじゃない……!」
「はぁ!? どういうことだ! 特級呪物が呪いじゃないなんて……!」
「性質が変化してるんだ。今のあいつは呪いじゃない。退魔の力を宿してる」


 身振り手振りを交えて戦いたくはないと主張していると、青年達が驚きの声を上げる。本質を見抜く瞳が、宿儺の性質を読み取ったのだ。
 本来の宿儺は邪悪そのもの。呪術界では厄災として知られているという。そんな宿儺が、それとは真逆の力を宿していたら、驚くのも無理はない。


「…………この件はいったん持ち帰ろう。私達だけでは判断できない」
「…………そうだな」
「何だ、仕掛けてこんのか。つまらんな」
「うっせ! その子に何かしたら速攻祓ってやるからな!」
「怖がらせてごめんね。今日はもう帰るから」
「……はい、さようなら」


 出来ればしばらく、彼らの顔は見たくないなと思った。




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