審神者と呪いの世界
「×××!」
それは突然の出来事だった。
よく聞き取れない、あるいは意味を成さない言葉を発しながら、その少女は必死な顔で虎杖の腕を掴んだのである。
「×××だよな? 私を覚えているか? 姉上だ、分かるだろう?」
虎杖に姉は居ない。そもそも一人っ子である。よく聞き取れない×××という名前でもない。
京都校との交流会で出会った、東堂の同類であろうか。彼の何かしらに琴線に触れて、虎杖は彼から「ブラザー」と呼ばれているのである。
それとも単純に、他人の空似を間違えているのだろうか。それにしては確信があるように見えるのが気に掛かる。
「え、いや、えっと? 多分、人違いかなって……」
「こいつ、一人っ子ですよ」
「いいや、違わない」
やんわりと、曖昧な笑みで虎杖が否定する。一緒に居た友人の伏黒も、それに同調するように少女の言葉を否定した。
しかし、少女はきっぱりと言い切った。
そして、力強い真っ直ぐな眼差しで虎杖を見つめた。
「起きているんだろう? だったら、外の声も聞こえているはずだ」
その一言に、虎杖達が凍り付く。
この少女は、始めから虎杖に声を掛けていたのではない。虎杖の中にいる、邪悪な存在に声を掛けていたのだ。
何故、この呪力もほとんど感じられない少女が両面宿儺について知っているのだろう。
呪術師か、呪詛師か。どう見ても平凡な人間にしか見えないが、宿儺に接触を試みる相手だ。警戒して然るべきだろう。
伏黒と釘崎がそれぞれ構え、虎杖が捕まれている腕を振り払おうとしたとき。
「……………………姉上?」
呆然とした声が、ぽつりと落とされた。その声を聞き、少女の顔が一気に綻んだ。
「ああ、覚えていてくれたのか。久しぶりだなぁ、×××」
「………………は?」
普段の宿儺からは考えられない、間抜けな声が漏れる。
宿儺自身、この状況について行けていないのだろう。姿形も見えないのに、その動揺ぶりがありありと伝わってくる。
「え? 宿儺の知り合い?」
「っていうか、姉上って言わなかった? 私の聞き間違い?」
「俺にも、そう聞こえた………」
宿儺の動揺が感染したのか、虎杖達も困惑している。
訳が分からないといった表情で顔を見合わせていると、宿儺との再会を喜んでいた少女が、今度は虎杖達に笑みを向けた。
「ああ、自己紹介をしよう。私は清庭椿。君の中にいる男の姉―――――その転生体だ」
―――――以後、よろしく。
そう言って朗らかに笑う少女の言葉に、虎杖達は驚愕の表情で固まった。
彼らの凍結が溶けたのは、三十分後のことである。