幸せの捜索願






 父が帰ってきて1週間が経った。まだまだ私達との間には奇妙な空気が漂っているが、概ね上手くいっていると思う。津美紀を中心に、積極的に父に関わるようにしているのだが、父が私達を邪険にすることはない。ただ、父は酷く不器用で、私達への接し方をよく分かっていないようだった。
 けれど、決して悪い空気ではない。時折、父の方から私達に関わろうとする素振りを見せるときも出てきたのだ。それは良い傾向と言って良いだろう。
 一つ気がかりがあるとすれば、私達が布団に入った後、どこかに出かけていることだ。
 父を発見したとき、彼の手には拳銃のようなものが握られていた。彼は後ろ暗い仕事をしているのだ。うちに寄り付かなかったのは、それも関係しているのだろう。
 出来れば足を洗って欲しいけれど、そういう世界はなかなか抜け出すのが難しい。清算のために出掛けているのならば良いけれど、続けているのならば止めたいというのが本音だ。


「椿、」


 珍しく、父が声を掛けてきた。話があると言って、私を外に連れ出した。


「なに、父さん」
「…………お前は、何をどこまで知ってんだ?」
「何って?」
「あー………。宿儺のこととか、お前の力とか………」


 ―――――俺のこととか。
 最後に小さく付け加えて、父は思い詰めたような顔で俯いた。
 父は、宿儺が何者なのか知っているようだった。封印を施されるほどの厄災であることから察するに、そういう生業の者達には有名なのだろう。
 けれど私は、それ以上のことは何も知らない。彼が自分の口から語るならば聞きたいけれど、自分から聞こうとは思わない。私の神様で居て貰わなくては困るからだ。

 彼の名が宿儺であること。祠に祀られていたこと。私の力で顕現されていること。その対価に彼が私のお願いを聞いてくれていること。
 術式については宿儺が教えてくれたので概要程度なら知っている。呪霊や呪術師などについても、簡単な説明は受けたことを伝えた。まだまだ勉強中である、とも。


「父さんについては、何も知らない。でも、危ない仕事をしているのは分かる」
「…………そうか」
「あと、夜遅くにどこかに出掛けていることも」
「お前、気付いてたのか……」


 父が驚いたような顔で私を見下ろす。まだ彼は、危険の中に身を投じているのだろうか。折角帰ってきたのに、また居なくなってしまうのだろうか。


「父さん、この前みたいな危ないことをしているのか? また、居なくなってしまうのか……?」
「……いや、今は、してねぇよ」
「本当に?」
「……おう。夜出掛けてんのは、実家関係で、ちょっとな」
「…………危ないことじゃないなら、構わない」
「…………心配、させたか?」
「当たり前だろう。私の、父さんなんだから」
「そうか……」


 父から、柔らかい声が聞こえた。笑みを含んだ声だった。けれど私には、今にも泣いてしまいそうな、悲しみを含んだ声にも聞こえた。
 父の顔を見ようとして、出来なかった。父が、私の頭を撫でたのだ。
 初めて私に触れた手は、力加減が分からなかったのか、ほんの少し痛かった。けれど、包み込むような大きな手は、この世の何よりも私に安心感を与えたのだった。




17/67ページ
スキ